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フレイム・ウォーカー  作者: エスパー
魔女の森編
18/122

第二章 The encounter was a bad thing

「どういう事だよ、それ?」

 容赦なく殺す、という物騒極まりない言葉を平気で口にするシャルミナに、俺は少々不満のようなものを感じた。

 妙な敵愾心を向けられている側からすれば、事情がさっぱり呑み込めない。彼女はなぜ、あんな脅迫染みた台詞を口にするんだろう?

 例えばの話だ。眼の前に一本の道があったとして、そのど真ん中に立っている一人の兵士が、『ここから一歩でも先に進んだ奴は容赦なく殺す』、なんて口にしたとしたら、不思議に思わない奴はいないんじゃないだろうか。

 何で進もうとしただけで殺されなきゃいけないのか、とか、進むなと言うなら、じゃあこの先には一体何があるのか、とか。思う事は色々あるだろう。

「答えるつもりはないわ。あんたには関係のない事だし、知る必要もない事よ」

 訳がわからず問い掛ける俺に、しかしシャルミナの反応は冷たい。取り付く島が一切ないといった感じだ。

 ……いや、待てよ。確か彼女はさっき、近付いてほしくないと口走ったよな?

 この森の中で近付いてほしくないもの。或いは、近付いてほしくない場所。

 まさか……、と思う。

『ファレスタウン』でリネが聞いたという、『魔女伝説』と呼ばれる『風守り』の一族の話。

 それによると、この森林地帯のどこかに『魔術戦争』時代に造られた遺跡があり、それを守る役割を持った一族がいる、という話だった。そしてその一族は、女性だけが『魔術師』になる役目を担っていた、と。

 近付いてほしくない。

 先へ進んだら殺す。

 もしもこの二つの言葉が、この先にある何かを守ろうとしているが故に、発せられたものだったとしたら。

 牡丹色の髪の少女、シャルミナ・ファルメ。

 まさか、彼女の正体は……。

「なぁ、お前もしかして――」

 推測から導き出した結論を、口に出そうとした瞬間だった。

 鋭い風斬り音が響いた直後、俺の爪先数十センチの辺りが弾け飛び、草の生えていた地面が抉り取られた。と同時に、発生した爆風が俺の身体を横切り、背後の木々の間を通り抜けていく。

 ふと気付くと、五メートルほど先に佇むシャルミナが、いつの間にか右手を前に翳している。

 その光景を眼にした事で、俺の頭が遅れて状況を理解した。今の爆発は、シャルミナが俺の足許目掛けて鎌鼬(かまいたち)を放ったために、引き起こされたのだと。

「余計な詮索はしなくていいわ」

 今の攻撃で僅かに硬直している俺に、シャルミナは殺気を孕んだ眼差しを向けつつ、なおも冷たい口調で言い放つ。

「あんたに残された選択肢は二つよ。大人しく引き下がるか、私に反抗して細切れになるか。さぁ、どうする? どちらか片方、お好みの展開を選ばせてあげるわ」

「……ッ」

 獰猛な光を放つ、薄紅色の瞳が告げている。後者を選べば本気で殺す、と。

 険呑な眼付きのまま行く手を阻む少女。『魔術師』として並々ならぬ覇気を感じさせるその姿に、俺は素直に驚嘆させられた。

 そんな、ある意味堂々とした少女の振る舞いを眼にしたせいか、不思議と俺の頭が急速に冷やされていく。

 さっきまで感じていた焦りや緊張感が、徐々に形を失い、気付けば俺は溜め息をついていた。

 やれやれ、という意味が込められた溜め息を。

 これは随分前から自覚していた事だが、どうも俺は、他人と比べてトラブルに巻き込まれやすい性質らしい。

 数日前まで関わっていた、『テルノアリス』襲撃の件にしたってそうだ。あれも元はと言えば、俺が乗った列車がテロリストに占拠されてしまった事が、事件に関わるきっかけだったように思う。

 今でさえ、こうして妙な『魔術師』の少女に絡まれている訳だし、我ながらしんどい役回りを演じさせられてると思う事頻りだ。

 自分自身の運の無さを、妙に可笑しく感じてしまい、思わず俺は笑みを零してしまう。

 すると、その笑みをどういう意味に受け取ったのか、相対しているシャルミナが、少々顔をしかめた。気に入らない、と言いたげな表情をしている。

「何が可笑しいのよ?」

「いや、別に。ただちょっと、自虐的な事考えてただけだよ。――ま、それはそれとして」

 覚悟は決まった。第一、この森を進む事を諦めたつもりは最初からない。俺は何が何でも、自分の目的を果たさなきゃいけないんだ。

 師匠を、ミレーナ・イアルフスを捜し出す事を。


「悪いけど、こっちも大人しく引き下がる訳にはいかねぇんだ」


 瞬間、俺は右手に炎を生み出し、それを一つの形へと造り変えていく。

 俺の掌で起こる現象を眼にした途端、終始険呑としていたシャルミナの表情が、一瞬で驚きに満たされた。

「! あんたまさか……、『魔術師』なの?」

「ああ、そうさ。もう一度自己紹介しとこうか? 俺は名前は、ディーン・イアルフス。『深紅魔法』の使い手だ」

 言いつつ俺は、右手に造り上げた『魔術』の力から成る武器を握り締める。

 それは、柄も鍔も刀身も、全てが紅い炎によって形成された剣。『深紅魔法』の技の一つ、『紅蓮の爆炎剣フレイム・ロングソード』だ。

 煌々と紅い光を放つそれを構えながら、俺は一度、自分の周囲を見回した。

 青々とした草木に囲まれた自然豊かな森の中で、こうして炎の力を扱うのは、俺自身初めての事だ。もちろん危険な行為だという事は百も承知だが、相手が『魔術師』である以上、どうやら今は、その危険を冒す必要があるらしい。

 ただ幸いな事に、シャルミナが鎌鼬(かまいたち)で周りの草木を薙ぎ払ったため、ある程度の炎の力を使う事はできる。まぁそれでも、大技を使うのだけは止めておくべきだろうが。

 と、そんな思考を続けていた俺は、不意にシャルミナと眼が合った。

 彼女の表情からはいつの間にか、他者を威圧する殺気が消え去り、まるで信じられないものでも眼にしているかのような、驚愕の色が濃く滲み出ている。

「『深紅魔法』に、イアルフス……!? どういう事? 何であんた、あの『英雄』と同じ『魔術』と名前を持ってる訳!?」

 シャルミナは、その薄紅色の瞳でジッと俺を見据え、理解不能だと言わんばかりに声を張り上げる。

 何だか意外な反応だ。ついさっきフルネームで挨拶した時は驚かなかったから、てっきりミレーナの事は知らないのかと思っていたが、どうやらそういう訳でもないらしい。

 ここまで来てしまえば(口を滑らせたのは俺自身だが)、もう素性を隠す意味はないだろう。

 観念、と言うか、むしろ納得した俺は、要点だけを掻い摘んで説明する。

「簡単な事さ。『英雄』ミレーナ・イアルフスは、俺の『魔術』の師匠なんだよ。それと同時に、『倒王戦争』で親を失った俺を育ててくれた、義理の親って訳」

「あんたが……?」

 俺の経歴が余程意外なものだったからなのか、シャルミナは僅かに言い淀むと、まるで言葉を失ったかのように、静かにその場に立ち尽くしてしまう。

 一方の俺はと言えば、驚いた表情のまま硬直している彼女を見て、何だか出端を挫かれた気分になった。身体は戦闘態勢に移行しようとしていたのに、さて、この状況はどうしたモンか。

「……なぁ、シャルミナ。とりあえず一時休戦にしねぇか? 俺も色々と、お前に聞きたい事があるからさ。なっ?」

「……」

 何とか膠着状態を打破できないかと思い、提案してみた事だったが、シャルミナは無言のまま答えようとしない。その表情は、何かを逡巡しているようにも見える。

 彼女の意志がハッキリしない以上、俺も完全に警戒を解く訳にはいかない。右手に握ったままの『紅蓮の爆炎剣フレイム・ロングソード』が、戦わせろと叫ぶかのように紅く煌めいた。

 と、その時だった。


「見つけたーーーーーーーっ!!」


「!?」

 天から降ってきた妙に明るさを感じさせる声に、俺とシャルミナは同時に顔を上げる。

 その直後、空を覆っていた木々の隙間から落下してきた何者かが、俺達の丁度真ん中辺りの地面に、ダンッと草を踏み付ける形で着地した。

 俺に背を向けたまま、片膝をついて屈んでいるその人物は、どうやら女性らしい。

 後頭部で馬の尾のように纏められた、(あま)(いろ)の長い髪。布地の動きやすそうな半袖と短パンに身を包んだ服装は、あまり女性らしさを感じさせない。

 一体何者なんだと思っていた俺の眼に映ったのは、女性が両手で水平に抱えている、自身の身長とほぼ同じ長さの薙刀(なぎなた)だった。

 と、女性は即座に立ち上がるなり、シャルミナに向かって薙刀を差し向け、どこか楽しげな声で告げる。

「こんにちは、『風守り』の一族さん。また会う事ができて嬉しい限りだよ。どうだい? そろそろ観念してもらえると、こっちも有り難いんだけどねぇ」

「あんたもしつこい女ね。そういえば、今日は一人なの? いっつも連れ立ってる大事な相方さんは、道にでも迷ったのかしら?」

「う、うるさいな! あんたに関係ないだろ!」

 あからさまに口籠るって事は、多分図星を突かれたって事なんだろう。

 ……って言うか、さっぱり状況が呑み込めねぇ。また会った? 観念? 今日は? 相方? 俺は完全に蚊帳の外って事ですか?

 頭の中が疑問符だらけの俺は、対峙する女二人を前に、間抜けな顔で呆けているしかない。

 と、突然シャルミナの方が、天色の髪の女性をわざとらしく避けるようにして、俺に声を掛けてきた。

「ディーン、悪いわね。余計な邪魔が入ったから、話はまた今度にしましょ」

「うぇ!? あ、何? また今度ってどういう意味だよ?」

 その言い方だと、まるでもう一度俺の前に現れるつもりでいるように聞こえるぞ?

 思わず間抜けな声で聞き返すと、間に立っていた天色の髪の女性がくるりと振り返って、訝しげな顔をする。どうやら彼女は、今ようやく俺の存在に気付いたようだ。

「……って言うか、あんた誰?」

 こっちの台詞だバカ野郎。お前こそどこの誰なんだよ。

 俺は鬱陶しく思いながら、天色の髪の女性を一瞥した後、再びシャルミナの方に視線を投げた。

 ところがいつの間にか、彼女の姿はどこにも見当たらなくなっていた。もうこの周辺にはいないと表すかのように、僅かに吹き抜けた風が、地面の草花を優雅に揺らしている。

「あーーーーっ!! また逃げられた!!」

 同じく視線を戻した天色の髪の女性は、悔しそうに叫ぶと、薙刀の石突きの部分を地面に叩き付けた。

 何だか訳がわからないままだが、とりあえず戦闘は免れたと判断した俺は、右手の『紅蓮の爆炎剣フレイム・ロングソード』を静かに消滅させた。

 正直、眼の前の女性が現れなければ危なかったかも知れない。

 シャルミナは、俺と話すのを迷っているようだった。もし彼女が思い直して、再び襲い掛かって来ていたら。俺は森のド真ん中で、炎を使って戦わなければならなくなっていた。

 長く旅をしているとはいえ、こんな不慣れな場所で、『魔術師』相手に戦った事は一度もない。経験がない分、簡単に勝つ事はできないだろうし、況してシャルミナは、ここでの戦いに慣れているみたいだった。どう考えても、戦闘を回避できたのは僥倖だ。

 ……それにしても、シャルミナが残した最後の言葉が気に掛かる。あいつまさか、本気でもう一度俺の前に現れようとしてるのか?

「――あんた、あの女とどういう関係なの? って言うかどこの誰?」

 思考に走っていた俺は、少々乱暴な口調で発せられた言葉にハッとする。気付くと天色の髪の女性は、いつの間にかすぐ傍に立っていた。

 透き通った青藤色の瞳が、真っ直ぐ俺を見つめている。なぜか少々、威圧的な眼差しだ。

 俺は女性の迫力に圧倒され、数歩後退りながら口を開いた。

「えっと……、俺の名前はディーン。自分で言うのも何だけど、別に怪しい人間じゃない。森の北側に抜けようとしてた途中で、偶然さっきの女に遭遇しただけだ」

「ふぅ~ん。でもさっき名前呼ばれてたじゃん」

 何だよ、結構鋭い所を突っ込んでくるじゃねぇか。少し、どころかかなり真剣に、シャルミナとの関係を疑われているらしい。

 別にやましい事がある訳でもないのに、俺は背中の辺りに嫌な汗を掻きながら弁明する。

「あれは単純に自己紹介したからで――って言うかその前に、あんたこそ一体何者なんだよ?」

 弁明ついでに反撃の糸口を見つけた俺は、これ見よがしにすぐさま聞き返した。

 すると天色の髪の女性は、大して焦る様子もなく、すんなりとこちらの質問に答える。

「アタシかい? そうだね、じゃあまず自己紹介から始めようか。アタシの名前は、レイミー・リゼルブ。大陸の各地を転々としてる、しがないトレジャーハンターさ」

「トレジャーハンター?」

 それって確か、遺跡とかに入って金品を強奪する……っていや、あれは墓荒らしか? 生憎俺は、その辺の知識が乏しいからよくわからない。

 まぁ何にしろ、初対面からあんまり良い印象を持てない感じだ。また妙な奴と知り合いになっちまったなぁ……。

「そのトレジャーハンターさんが、こんな所で何してんだよ?」

 適当に考えつつそんな質問をぶつけると、レイミーは少し困った様子で、頭を掻きながら言う。

「まぁ……その、色々と。連れを捜して森の中をうろついてたら、さっきの女を偶然見つけてね。それでとっ捕まえようとしたって訳よ」

「はぁ? 捕まえようとって、あんた一体、さっきから何の話を――」

 と言い掛けて、ふとある事に気付いた。何かとても重要な事が、頭の隅に引っ掛かっているように思う。

 何だっけ? としばらく考えてみた俺は、レイミーが口走った台詞のある部分から、その答えを導き出す事に成功した。

「あーーーーっ!!」

 俺の最大の忘れもの。頭の隅に引っ掛かっていた、とても重要な事。

 全ての点が一本の線で繋がった、という感じだった。どうして今の今まで忘れていたんだろう?

 俺にも一人、旅の連れがいるという事を。

「な……何、どしたの突然?」

 絶叫する俺を随分驚いた様子で見つめ、レイミーは首を傾げている。

 そんな彼女を尻目に、俺は思いっ切り肩を落として、一人弱々しく呟く。

「リネと別れたのって、どの辺りだったっけ……?」

 前後左右、どこもかしこも似たような感じで、草や木が生い茂っている。犬並みの嗅覚でもない限り、リネと別れた草むらへ戻るのは、恐らく不可能だろう。

 彼女と逸れるという、いつぞやにも体験した覚えのある展開に、俺は頭を抱える事しかできなかった。




 ◆  ◆  ◆




「……戻って来ないなぁ、ディーン」

 リネに身を隠しているように告げ、ディーンが姿を消してから、だいぶ時間が経過している。

 周りから絶えず聞こえてくるのは、野鳥の鳴き声や、風が草木を揺らす音ばかりで、一向に彼が帰ってくる気配はない。

「……もしかして、あたしを置いて先に行っちゃったのかなぁ?」

 ふと過った不安を口に出したせいで、余計に気落ちしてしまう。我ながら随分と単純な精神構造だ、とリネは静かに苦笑する。

『お前とはここでお別れだ』

 森の入口でディーンに言われた言葉が、頭の中で繰り返し再生されてしまう。

 彼は多分、冗談のつもりで言ったのだろうが、リネは結構真に受けてしまっていた。なぜなら、似たような台詞を吐いて、眼の前から姿を消した人間は何人もいたからだ。

 リネは普通の人間とは違う、特殊な力を持っている。その力のせいで、彼女は今まで謂れのない迫害を受けてきた。生まれながらに持っていたその力を見て、彼女を気味悪がり、『化物』と罵り、揶揄し、離れていく人間は大勢いたのだ。

 もちろん、出会った人間全てがそうだった訳ではない。しかし間違いなく、自分を受け入れてもらえなかった事の方が多い。

 だがここ数日の間に、リネはきっと、生涯忘れる事のできないような経験をした。

 ディーン・イアルフス。

『英雄』ミレーナ・イアルフスの弟子である彼に出会った事で、リネの人生は大きく変化したと言える。

 何もかもが衝撃的だった。

 自分の事を『化物』と呼んで蔑んだ人間に、全力で立ち向かってくれた事。

 孤独を怖れて彷徨っていた自分に、安らげる居場所をくれた事。

 悪態をつきながらも、こんな自分と一緒にいてくれた事。

 普段は結構冷たい上に無愛想だが、リネはちゃんと知っている。ディーン・イアルフスという少年は、本当はとても心根の深い、優しい人物なのだと。

 そんな彼がいたからこそ、自分は今、こうして存在する事ができている。

 だから――

「そうだよ。簡単に疑うような事考えちゃダメ。信じなきゃ、ディーンを」

 意識して言葉にする事で、彼への想いを強くする。たったそれだけで、何だか少し元気になれた気がした。

(やっぱりあたしって単純だなぁ……)

 自分に対して苦笑しながら、(うずくま)っていたリネは立ち上がった。

 ディーンには隠れていろと言われたが、ただ待っているだけでは相手の負担が増えるばかりだ。少しでも早く合流したいのなら、自ら捜しに行かなければ。

 彼もきっと、自分を捜してくれていると信じて。

 慎重に辺りの様子を窺いながら、リネはディーンが走っていった方向に歩き出そうとした。

 すると、その時。

「止まれ、そこの女!」

「!」

 突然、背後から怒鳴り声に近い威圧的な言葉を浴びせられ、リネは思わず肩を震わせ、その場に踏み留まった。聞こえてきたのは男の声らしいが、相手は明らかにディーンではない。

 恐々振り返ると、五メートルほど離れた位置に、見知らぬ青年が立っていた。胡桃(くるみ)色の髪は、男にしてはやや長めで、癖っ毛なのか若干波打っている。眼付きが鋭く、有り体に言えば人相が悪い。

 さっきからリネの事を睨んでいる男は、両手に鋼鉄の籠手を装着していて、まるで格闘家みたいな構えを取ったまま、また鋭い声を張り上げる。

「答えろ! てめぇ、一体ここで何してる?」

「え、え〜っと……」

 何をどう説明したらいいものかと迷っていると、胡桃色の髪の青年は構えを解き、足早にこちらへ歩み寄ってきた。そしていきなりリネの胸倉を掴んで、怒鳴るように言う。

「答えろって言ってんだろ! ここで何してんだ!?」

「そ、そんな態度じゃ説明しようって気になれないよ! そもそもどうしてあたしが、顔どころか名前も知らない人に、状況の説明をしなきゃいけないの?」

 思わずリネもムッとして言い返すと、青年は拍子抜けしたような表情になって、胸倉を掴んでいた手を離した。

「チッ、仕方ねぇな。じゃあまずオレが自己紹介してやるから、てめぇもてめぇ自身の事を話せ。いいな?」

 リネから数歩距離を取り、偉そうに命令してくる青年。その傲慢な態度に、リネは思いっ切り不満な顔をしてみせる。

 だが青年の方は気に留める様子もなく、どこか自慢げに胸を張りながらこう言ってきた。

「オレの名前は、ジグラン・グラニード。この森のどこかにあるはずの古代遺跡を探してる、ちょっとは名の知れたトレジャーハンターだ」




 ◆  ◆  ◆




 今回ばかりは間違いなく、俺の責任だと言わざるを得ない。

 いくら『魔術師』に襲撃されて焦っていたとはいえ、長い間リネの事を忘れていたのは事実だし、彼女を一人置き去りにしてしまったのは、他でもない俺自身だ。それは弁明のしようもない。

 とにかく今は、リネを捜し出す事に意識を傾けるべきだ。一緒に旅をすると決めた以上、そう簡単に見放す訳にはいかねぇしな。

 ……とは言うものの、一体どうやって捜せばいいものか。

 しつこいようだが、この森の面積は途轍もなく広い。手掛かりもないまま無闇矢鱈に捜していては、こっちの体力までなくなってしまう。

「それにしても、お互い災難だね。こんな森の中で連れと逸れるなんてさ」

 思案していた俺は、僅かに苦笑しているその声で我に返った。

 視線を向けると、レイミーは持っていた鉄製の薙刀の長い柄の部分を、等間隔に三つに折り畳んでから、腰の辺りにあるホルダーに仕舞う。どうやら彼女が持つ薙刀は、可変式に設計された特別な作りの物らしい。

「俺の場合、災難って言うか自業自得って感じだけどな」

 さっきの顛末からこっちの事情を察したらしいレイミーに、俺は自虐的な言葉を返す。トレジャーハンターだと名乗る彼女の方も、その口振りから推測する限り、どうやら同行者と逸れてしまったようだ。

 が、レイミーは俺と違って、現状をさほど深刻に捉えていないらしい。どこか余裕を感じさせる彼女の表情が、それを大いに物語っている。

「まぁそう悲観的になりなさんなって。確かこの辺りには、人が住んでる集落があったはずだからね。あんたの連れも運が良ければ、そこに辿り着いてるかも知れないよ?」

「集落?」

 妙に自身ありげなレイミーの発言に、俺は内心で首を傾げた。この森に入る前、『ファレスタウン』で購入した周辺地図には、集落があるなんて記載されてなかったはずだけど……。

「あんた、この森の地理に詳しいのか?」

「ああ。この森には何度も足を運んでるからね。まぁさすがに細かい位置までは把握できてないけど、何があって何がないのかぐらいはわかるよ」

 疑っている訳じゃなかったが、思わず尋ねてしまった俺に対し、しかしレイミーは気にした様子もなくそう答えた。

 ……そういえば、レイミーはシャルミナと対峙していた時、互いの事をよく知っているような口振りだった。つまり彼女は、この森やシャルミナ・ファルメという少女の事について、詳しく語れる人間なのかも知れない。

 そんな風に思って、俺はすぐさまレイミーに提案を持ち掛ける。

「なぁ、レイミー。ちょっと聞きたい事があるんだけど……」

「いいよ。聞きたい事があるのはお互い様だ。とりあえず、歩きながら話そうか」

 そう言ってあっさりと承諾してくれたレイミーは、森の奥に向かって足取り軽やかに歩き出す。

 何か同性だけど、リネとはまた随分と性格が違うな。年齢に差がある(多分、彼女は二十歳を越えていると思う)からなのかも知れないけど、レイミーは頼れる姉御肌って感じだ。

 そんな事を思って唸っていると、レイミーは俺を置いてズンズン先に進んでいく。俺は少々慌てて後を追い、彼女の右隣に歩み寄る。

「じゃ、まずあんたから質問させてあげるよ。何が知りたいんだい?」

 俺が追い付くと、レイミーは前を向いたまま、躊躇う様子も見せずにそう言う。

 俺はしばらく考えて、聞きたい事を頭の中でまとめ、もう一度口を開いた。

「あんたさっき、シャルミナと顔見知りみたいな会話してたけど、あいつとは前にも会った事があるのか?」

「シャルミナ……? シャルミナって、もしかしてさっきの女の名前?」

「他に誰が――ってあんた、あいつの名前知らなかったのかよ?」

 てっきり知ってるものだとばかり思っていた俺は、意外な答えが返ってきた事で、出端を挫かれた気分になった。

 思わず呆れ顔を作ってしまう俺を見て、レイミーはどこか申し訳なさそうに苦笑する。

「あんたと違って、自己紹介なんてした事ないからねぇ。そう言われると、確かに今までにも名前を聞く機会はあった気がするなぁ」

 随分呑気な発言だな、おい。こんな奴に話を聞いたりして、ホントに大丈夫なのか……?

 内心でもう一度呆れてみる俺を尻目に、短い草の生えた地面を踏み締め続けるレイミーは、どこか楽しげな口調で語り出す。

「で、何だっけ? ああ、思い出した。一応あの女……シャルミナとは顔見知りでね。会った回数は多分、もう十回を超えてるかなぁ? あの女には個人的な理由で、ちょっとした用があるんだよ」

「個人的な理由?」

 含みを持たせたような言い方に首を傾げると、レイミーは悪戯っぽくニヤリと笑ってみせる。

「あんたは知ってるかい? この森林地帯に古くから伝わる、『魔女伝説』の事を」

「まぁ、話ぐらいなら聞いた事はあるけど」

「そうかい、なら結論を言おう。あの女はね、その『魔女伝説』に出て来る、『風守り』の一族の生き残りなんだよ」

「!」

 心底面白そうな表情のレイミーの言葉で、俺はようやく確信を得る事ができた。やはり先ほど考え付いた結論は、間違いじゃなかったらしい。

 一人納得している俺の横で、レイミーは続ける。

「アタシらトレジャーハンターにとって、伝説っていうのは中身のわからない箱と同じでね。そこに入ってるものが何なのかを調べ、確かめる事に生き甲斐を見出していくものなのさ。もちろん、中身が空だったって結末もあったりはするが、それでも何かを見つけられた時の感動は、計り知れないものがある。今回もそれと同じさ」

 一度言葉を切ると、レイミーは青藤色の瞳を天真爛漫な子供のように輝かせながら、辺りの景色に忙しなく視線を投げる。

「この森林地帯のどこかにあると言われてる、古代の遺跡。『魔術戦争』時代に造られたとされる、歴史的な宝。それをずっと守り続けてきた存在が、他でもないあの女なんだ。だからアタシはあいつから、その遺跡の正確な位置を聞き出すために、ずっと行方を追い続けてるって訳さ。……まぁ運良く遭遇しても、毎度毎度逃げられちゃうけどね」

 と、若干悔しさを滲ませながら締め括ったレイミーは、ポカンとしている俺を見て、僅かに苦笑した。

 それにしても、彼女が目的としている内容は、トレジャーハンターと聞いて俺が勝手に想像していた下劣な内容と、少し違っているように思う。

 少なくとも、どこか楽しそうに語るレイミーの表情からは、遺跡を見つけて歴史的価値のある物品を盗み出そう、というような邪な考えは微塵も感じられない。ただ純粋に、発見する事に意義があると、そう言っているように見える。

 先入観に囚われていた自分の考えを改めつつ、しかしふと、気になる事を思い付いた。

「あれ? 捕まえようとしたって事は、もしかしてシャルミナと戦った経験があるのか?」

「そりゃあるに決まってるだろ。あの女は頑として口を割ろうとしないんだから。それがどうかしたの?」

「あ、いや、『魔術師』相手によく今まで無事でいられたな、と思ってさ」

 俺と違って、レイミーは何の能力も持っていない、ただの人間のはずだ。それこそ、俺の友達である銀髪の少年ぐらい強ければ話は別だが、彼女の場合、とても『魔術師』と互角に戦えるようには見えないんだよな……。

 と、そんな風に思っていると、レイミーは豊かな膨らみのある胸を、自慢げに張りながら言う。

「アタシだって、伊達に修羅場は潜って来てないからね。それなりの実戦経験は積んでるつもりだよ。それにあの女、確かに殺気は凄いけど、本気でこっちを殺そうとはしてないみたいだし」

 付け足すように言ったレイミーの最後の方の言葉が、俺の耳に強く引っ掛かった。

 殺そうとしてない、だって?

「えっ……、ちょっと待てよ。それっておかしくないか? だって近くの街で聞いた話だと、この森に入った旅人が何人も殺されてるって言われてたぜ。その『魔女伝説』の『魔女』に」

 真顔で異議を申し立てると、レイミーは有り得ないと断言するかのように、俺の言葉を笑い飛ばす。

「殺す? まっさかぁ! あの女は遺跡に人を近付けさせないのが目的であって、殺すのが目的じゃないはずだよ。多分、追い払うための手段として、殺気を放つ事で威嚇してるだけなんじゃない?」

 ……どういう事だ? 『ファレスタウン』で聞いた話だと、旅人を食い殺したと言われているのは、牡丹色の髪の女だったはずだ。そして遭遇したシャルミナは、確かに牡丹色の髪だった。

 ……いや、ちょっと待て。街で伝説を聞いた時も思った事だが、そもそもシャルミナは『魔術師』だろ? 『魔術』で人を殺すならまだわかるが、『食い殺す』ってのはどういう事だ? それじゃあまるで、獣みたいな仕業じゃないか。

 何か話が噛み合っていない気がする。それとも、伝説や噂に余計な()(ひれ)が付いて、妙な広まり方をしてるだけなのか?

 考え込む俺を他所に、レイミーは軽快に歩きながら、明るい声を掛けてくる。

「じゃあ今度はこっちの番だ。さっき森の北側に抜けようとしてるって言ってたけど、どこかへ向かう途中だったのかい?」

 正直、考えがまとまっていない時に話し掛けてほしくないんだけどな……。

 若干不服に思いながらも、俺は思考を中断し、聞かれた事に答える。

「実は、一年ぐらい前に行方不明になった師匠を捜して、旅をしてる最中でさ。最近手に入れた情報だと、その師匠が『紺碧の泉アジュール・ファウンテン』に向かったらしくてな。で、後を追うために、この森に入ったって訳」

「へぇ~、『紺碧の泉アジュール・ファウンテン』にねぇ。あそこは綺麗な街だよ。紺碧(こんぺき)色の湖の上に立つ街並みが、何とも言えない気分にさせてくれる」

「行った事あるのか?」

「もちろん。一部では人気の観光名所だからね。ディーンこそ行った事ないのかい?」

「あ、ああ。大陸の北側の方は、ほとんど回った事がないんだ」

 人気の観光名所ねぇ……。『テルノアリス』で情報を手に入れた時にも思ったけど、今のレイミーの発言で余計わからなくなった事がある。

 そもそもミレーナは、そんな観光名所になるような場所に、一体何をしに行ったんだろう?

 まさか俺を置いていったのって、ただ一人で観光がしたかったから、みたいな理由じゃねぇだろうな……。

「そりゃ勿体ない。じゃあその師匠を捜すためにも、是が非でも『紺碧の泉アジュール・ファウンテン』に辿り着かなくちゃね」

「……ああ、そうだな」

「それはそうと、その師匠さんて、ディーンに何を教えてくれた人なんだい?」

「えっ? え~っと……」

 いよいよ答え辛い質問が飛んできてしまい、俺は毎度の如く言い淀んでしまう。話の流れとしてはおかしくないんだけど、問われる側としては困るんだよなぁ……。

「なんて言うかまぁ、色々」

「色々って、例えば?」

 誤魔化してるのに結構掘り下げてくるな、こいつ。色々って言ってんだからそれでいいじゃねぇかよ。

 できればこの話を膨らませたくないのだが、こっちを見つめるレイミーの眼力に圧され、俺は根負けして一言呟いた。

「『魔術』、とかかな」

 ミレーナに教わった事は、他にも挙げればいくつかあるが、最たるものは、やはりこれに尽きるだろう。

 と、俺がその言葉を口にした途端、今まで軽快に歩き続けていたレイミーが、ピタリとその場で立ち止まった。

 あまりにも突然だったので、俺は彼女を少し追い抜かしてしまう。

「ど、どうした?」

「……って事はディーンって、『魔術師』なの?」

「ああ、一応。炎系統の『魔術』を使える」

 先ほどシャルミナには明かしてしまったが、俺は普段から、自分の素性をあまり大っぴらに伝えない。なぜなら俺の師匠ミレーナ・イアルフスは、名前を知らない者はほとんどいないと言われる、かなりの有名人だからだ。

 そんな彼女からその姓と、『深紅魔法』という『魔術』を受け継いだ俺としては、素性を明かした時に騒がれるのが凄く苦手だ。

 まぁミレーナを尊敬してるって言うのは確かなんだけど、こればっかりは許容できそうにないんだよな……。

「やったぁっ! なんて巡り合わせなんだろ! こんな所で『魔術師』に出会えるなんて!」

 あれこれ考えていた俺を差し置いて、レイミーはその場で嬉しそうにピョンピョン跳び跳ねている。

 さぁ! こういう展開になったら、もう嫌な予感しかしないぞ!

「あのさ、ディーン! あんたに頼みたい事があるんだ!」

「……『風守り』の一族を捕まえるのを手伝ってくれ、って言いたいのか?」

「さっすがぁっ! よくわかってんじゃん!」

 できればわかりたくなかったけどな。我ながら、察しが良いってのも考えもんだ。

 レイミーに背中をバンバン叩かれながら、俺は深く溜め息をついた。

 多分断ろうとしても結果は同じだ。俺がうんと言うまで、レイミーは俺にまとわり付いてくるだろう。初めて会った時の、今ここにはいないあの迷子さんみたいに、な。

「わかったよ。協力――」

 する、と渋々言い掛けた俺は、思わず言葉を詰まらせた。

 台詞を噛んだ訳じゃない。柔らかく心地良い風が吹き抜けた時、妙な臭いが鼻先を掠めたからだ。

 会話が途切れる事を悪いと思いながらも、俺はすぐ傍にいるレイミーに問い掛ける。

「なぁ、レイミー。何か今、変な臭いがしなかったか?」

 尋ねると、レイミーもその臭いに気付いていたようだ。黙ったまま頷き、進行方向右側の方を指差す。

「風は向こうから吹いてる。多分、臭いの元はこの方向にあるはずだよ」

「……」

 俺は黙ったまま、レイミーが指差した方向に向かって歩き出した。レイミーも俺の後に続いて、黙ったまま歩き始める。

 五メートルほど進んだ。臭いはさっきより強くなっている。

 十メートルほど進んだ。臭いはさっきより酷くなっている。

 十五メートルほど進んだ。辺りには何匹もの(はえ)が飛び回っている。

 臭いはキツイなんてものじゃなかった。手で鼻を覆っても、誤魔化せるような臭いじゃない。

 と、ほんの数メートルほど前方の草木が、なぜか黒く変色していた。

 不思議に、そして不気味に思い、ゆっくりとそこに歩み寄って、黒く変色しているものの正体を確認してみる。

 十秒ほどの時間を掛けてそれを観察した俺は、恐らく当たりだと思われる答えを、誰に伝える訳でもないのに口にした。

「血……だよな」

 黒く変色して草木を覆っているものの正体は、辺りに飛び散った後、乾いて黒く変色して固まった、(おびただ)しい量の血だった。

 まさか、と思う。少し離れた位置にいるレイミーは、俺とは違う方向に視線を向けて、石像のように固まっている。その表情は暗く険しく、とてつもなく気分が悪そうだ。

 俺は彼女の視線を追うかのように、同じ方向を見つめた事で、ようやく原因となっている物を探し当てた。

 悪臭となっている物の、根源を。

「何だよ……、これ……」

 得てして、良い予感は当たらず、悪い予感は当たってしまう。

 視線の先にあったのは、黒く変色して固まった大量の血の海に沈む、腐敗した人間らしきものの肉片だった。

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