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フレイム・ウォーカー  作者: エスパー
グラステッド山脈編
120/122

幕間五 Here is the truth

 なぜキミは、王が偽物である事に気付いたのかね?

 改めて俺に問い掛ける大佐の顔は、純粋な疑問に満ちていた。

 が、生憎こちらには胸を張って返せる言葉が見つからない。なぜなら、『気付いた』と言うと少々語弊があるからだ。

 俺は確信を得たから行動を起こしたのではない。自らの推測に確信を得る為に、行動を起こしたに過ぎない。

 きっかけは、リーシャ様が口にした言葉だった。

 ――王襲撃は、それ自体に意味があるのではないか。

 そもそも今回の一件は、王襲撃直後にハルク様が行方を眩ませた為、彼が暗殺を企てた首謀者なのではないかと疑われたのが始まりだった。

 その時点ですでに王とハルク様は擦り替えられていた訳だが、当然その事に気付く者は誰もいない。故にハルク様の無実を信じる俺やリーシャ様にとって、『内通者』の行動は、彼に濡れ衣を着せる為に起こしたものだと考えられた。

 無論、ハルク様自身が『内通者』だった可能性も捨て切れなかったが、しかしそれだと尚更、王を殺害しなかった理由に説明がつかない。

 矛盾から湧き上がる疑問。そしてリーシャ様がくれた助言。この二つが、謎を解く鍵になったんだ。

 襲撃自体に意味がある。

 もしかしたら『内通者』にとって必要だったのは、王が襲撃されて意識不明に陥っているという『状況だけ』だったのではないか。

 そして、半日以上捜索を続けても、ハルク様の姿どころか逃走の痕跡さえ見つからない理由。

 それらを繋ぎ合わせていった結果、俺は自分でも疑いを持ってしまうような結論を導き出した。

 意識不明で床に伏せっているあの『王』は、ハルク様(にせもの)なのではないか、と。

 思えば最初から、肝心な事を失念していた。俺達が『内通者』と呼んでいる存在は、『精霊指揮者ゴースト・コンダクター』と関わりを持っている人間だ。ならば『内通者』自身が、何らかの特殊能力を持っていても全く不思議ではない。


 例えば、『魔術』。


 現実を捻じ曲げ、ありとあらゆる事象を生み出す特異な力。それを使えば、別の人間を『王』に仕立て上げる事も可能なのではないだろうか。

 荒唐無稽な推論だと笑われ、切って捨てられるかも知れない。だが、だからこそ確かめなければ気が済まなかった。

 だってそうだろう? 仮に俺の考えが正しかった場合、重傷を負って苦しんでいるのは、他ならぬハルク様なのだから。




「――アルフレッド!」

 やや遠くから名前を呼ぶと、彼は閉じていた(まぶた)をゆっくりと開いた。

 俺の姿を視界に捉えたのだろう。アルフレッドは城の外壁に預けていた背中を離し、腕組みを解いて軽く右手を上げる。

 王の寝室でのやり取りの後、リーシャ様と大佐にハルク様の件と元老院の召集を任せた俺は、伝言役を買って出てくれたシャルミナと別れ、城の一角へと下りてきた。

 寝室を出る前、『特別に入城を許可された』アルフレッドと合流するよう大佐に言われ、こうして指定された場所までやってきた訳だが、意外にもアルフレッドの顔に疲れの色は見えなかった。色々と頼み事をして走り回らせてしまったにも拘らず、だ。

「すまない、待たせてしまったか?」

「それほどでもねぇよ。苦労の度合いで言えば、大佐を探し出す事の方が大変だったぜ。どうもあのおっさん、バルベラの件で城やら軍本部やらを行き来してたらしくてな。見つけるのに少々手間取っちまった」

「そうだったのか……。そういえば、バルベラさんは?」

「さぁな。大佐が何も言わなかったって事は、まだ兵士連中と鬼ごっこを続けてるんじゃねぇのか? 四方を壁に囲まれてるこの街で、よくもまぁこんな長時間逃げ回れるもんだ」

 感心しているのか呆れているのか計り兼ねる顔付きで、アルフレッドは浅く息を吐く。と、何かに気付いた様子で少々眉根を寄せてみせる。

「てめぇの方こそ『魔――ファルメはどうした? 一緒に行動してたはずだろ」

 一瞬アルフレッドは何かを口走りそうになったようだが、何を言い掛けたのかまではわからない。どことなく触れてほしくなさそうな気配を察し、指摘しない方を選ぶ。

「大佐やリーシャ様と一緒に、元老院の動向を探りに行ってもらってる。集合場所は伝えてあるから問題ない。――それはそうとアルフレッド。頼んであった物、持ってきてるか?」

「当たり前だろ。……ったく、バルベラほどじゃねぇにしろ、人使いの荒い奴だなてめぇも」

「はは、すまない」

 やや不満げなアルフレッドが差し出したのは、小さく折り畳まれた一枚の用紙。これには城へ侵入する前、アルフレッドに調べてもらうように頼んであった情報が刻まれている。

 アルフレッドから紙を受け取り、共に小走りで敷地内を進む。

 目指すのは城の西側。一、二時間ほど前の侵入の際にも通った、城の色彩豊かな庭園だ。

 白い石畳と両脇に設置されている背の低い垣根が、俺達を庭園の中心へと誘う。

 やがて見えてきたのは、この庭園の象徴とも言える石像付きの噴水だ。中央には水の湧き出る杯と甲冑姿の兵士の石像が配置されており、彼らは皆背中合わせで四方を向いている。

 その噴水から程近い場所に、緑の蔦で覆われた石造りの建造物が、所狭しと乱立している区画がある。

 傍目にはどれも似たような形の物に思えるが、その中に一つだけ、周囲の物よりやや背の低い石室がある。高さ三メートル程のそれの正面には古びた格子状の扉があり、隙間から内部を覗くと、陽の光が届かない石室内は薄暗くなっている。

 この薄暗闇の中に、地下へと続く階段がある。それこそが、正規軍の調査によって存在が明るみになった、地下避難壕への入口だ。

 俺がその存在を知らされたのは、『テルノアリス襲撃事件(れいのじけん)』の時だった。

 かつてアーベント・ディベルグによって悪用された地下空間は、万が一『首都』で大規模な戦闘が起きた場合、貴族平民を問わず全ての住民を一時避難させる目的で、何十年も前に造られたらしい。

『倒王戦争』以降、そこまで大きな争いが起こっていない為、今でこそ一部の貴族にしかその存在を知られていないが、避難壕への入口は『首都』の各所に設置されているそうだ。

 その内の一つが、今眼の前に佇んでいるこれである。

 アーベントが起こした事件以降、地下空間への入口は軍によって全て封鎖され、立ち入り禁止区域となっている。

 ――はずなのだが。

「見張りの兵士がいない。それに……」

「封鎖用の鎖が全部外されてやがんな。って事は、間違いねぇんじゃねぇか?」

 どこか愉快げに格子の扉を開くアルフレッド。彼の鋭い視線は薄闇の先、奈落の底へと通じる階段に向けられている。

 城の内外が慌ただしくなり、見張りの兵士が他の場所に駆り出されているのはわかるが、なぜ厳重に巻き付けてあったはずの鎖や錠前まで外されているのか。

 つまり、アルフレッドの言わんとする通りだという事だ。何者か――いや、間違いなく『内通者』は、この地下避難壕に潜んでいる。

「ジン! ――と、ダグラス?」

 アルフレッドに倣って地下空間の方を見ていた俺は、聞き覚えのある声に振り返った。

 その瞬間、自分でも驚くほど身体がガチッと硬直したのがわかった。

 恐れていた事態が何の前触れもなく訪れた時、人はこうもわかりやすい反応を示してしまうのか。

 俺に声を掛け、近付いてきたのは確かにシャルミナだった。だが彼女は一人ではなかった。名前を呼ばれ、振り返るまで気付かなかったが、同伴者がいたのだ。

 見覚えのある銀色のベールを身に纏い、そこから覗くこれまた見覚えのある翡翠色の瞳でこちらを睨んでいる人物。どこか神秘さを感じさせるその姿は、まるで高名な占い師のようじゃないですか。

 なんて事をあれこれ思う間に。


「この大馬鹿銀髪剣士ーーーーーーーーーーっっっ!!」


 俺の左頬に、華麗な平手打ちが叩き込まれた次第であった。






 曰く、あのトレジャーハンター達があれほどタイミング良く現れたのは、彼女が占いで俺達の居場所を突き止め、助けに向かうよう頼んだからなんだとか。

 曰く、こうして城に入れたのは、大佐が門番に口添えしてくれていた(いつの間にそんな余計な事を以下略)お陰なんだとか。

 曰く、城内で俺を探そうとしていた所、偶然シャルミナと合流し(何でまた狙いを澄ませたかのようにそんな所へ以下略)、彼女から経緯を聞いてここへ辿り着いたんだとか。

 色々説明してくれたのは有り難い。有り難いがしかし、その場に正座させられて聞いていると、ただの説教にしか聞こえないのはどうした事だろう。

 ……まぁ、いずれこうなる事はわかっていたから、それが早まっただけの話だと思う事にしよう。早く終わらせないと、傍らで見ているシャルミナ達にも悪い。肩を震わせながら視線を逸らしているが、彼らは決して笑いを堪えている訳ではないはずだ。

「心配を掛けたのは素直に謝る、すまない。お前に連絡を取るよりも、『内通者』を追う事を優先するべきだと判断したんだ。そうしないと、いつまで経ってもこの騒動は収まらない。だから俺は――」

「言われなくてもわかってるわよそんな事。……ただ、どうしても先に終わらせておかないと気が済まなかっただけ」

 ふんっ、と拗ねたように顔を背けるエリーゼ。思わず苦笑し、勝手ではあるがそれを許しの合図と受け取り、立ち上がる。

 すると、残りの二人も顔を見合わせた後、ようやく真剣な表情を取り戻した。

「一段落ついたみたいだから報告! ジン、やっぱりあんたが睨んだ通りみたい」

 本筋から大きく逸れてしまった話題を修正するかのように、シャルミナの緊迫した声が響く。

「大佐さん達に付いて『王座の間』に行ってきたんだけど、元老院の一人が姿を現さなかったわ。不審に思って巡回兵を執務室に向かわせたら、(もぬけ)の殻になってたって」

「……そうか。ここの封鎖が解かれている事といい、どうやら確定事項のようだな」

 再び地下への入口に視線を向けつつ、呟く。初見でも思った事だが、先の見通せない地下へと続く階段は、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の潜む魔窟を脳裏に連想させ、微かな震えをこの身に齎す。

『内通者』という明確な敵が、進む先で待ち受けている。得体の知れない恐怖というものは、人間が抱く負の感情の中でも指折りの強さを持っているに違いない。

 短く息を吐き、己を律してから、再度エリーゼに視線を向ける。

「地下に進めば間違いなく戦闘になる。だからお前は――」

「わかってるわ。大佐達と一緒に、城で大人しく待ってる」

 俺が振り向いた瞬間から、何を言おうとしているのかわかっていたらしい。まるで自分に言い聞かせるかのように告げたエリーゼは、一歩だけこちらへ近付き、両手で俺の右手を握った。

 彼女の心地良い体温が、右手を介して伝わってくる。

「だけどジン、これだけは約束して。例えどんな事が起きようと、必ず私の許に帰ってくるって」

「……!」

「無傷でなんて贅沢な事は言わないわ。どんなにボロボロになってもいい。生きて帰ってくる事だけは、絶対に約束して」

 翡翠色の真摯な瞳で見つめられ、俺は自然と頬が緩むのを感じた。

 かつて大切な家族を失ってから、久しく忘れていた感覚だった。自分の帰りを待ってくれている人がいる。それがこんなにも温かく、心強く思える事なんだと。

 ならば、俺が成すべき事は一つ。

「……ああ、わかった。必ず生きて帰る」

 決意を言葉にすると、エリーゼは柔らかな笑みを溢した。どこか名残惜しそうに両手を放し、数歩後退る。

「何度も待たせてすまない。行こう」

 踵を返し、待ち兼ねていたように佇んでいるシャルミナとアルフレッドに詫びを入れ、即座に意識を切り替える。

 入口から地下へと続く長い螺旋階段には、一定の間隔で『橙灯(とうひ)』が設置されているが、地上に比べると圧倒的に薄暗い。

 まず俺が先頭を行き、シャルミナ、アルフレッドの順で後に続く。

 螺旋の先を目指す最中、背後のシャルミナがどこか物憂げな口調で話し始める。

「ねぇダグラス。今更なんだけどあの大佐さん、あんたに何か言ってなかった? 例えば、城で不審人物を捕まえた、とか……」

 肩越しに、尋ねられたアルフレッドの方を見やる。すると彼は、何の話だと言いたげに眉根を寄せていた。が、思い当たる節があったらしく、数秒ほどで顔付きが元に戻る。

「あーそういえば、敷地内で騒いでたトレジャーハンターを追い出しただの何だのって話を聞いた気がするな。……てめぇの知り合いなのか?」

「多分ね。……もうっ、やっぱり無茶してるんじゃない、あの二人」

 相槌を打った後、小声で独り言を呟くシャルミナ。やや不満そうにしてはいるが、レイミーとジグランの動向を知れて安心してはいるのだろう。

 彼らに救援を頼んだのはエリーゼだとはいえ、巻き込んでしまったのは俺の落ち度だ。この件が片付いたら、あの二人にも改めて礼を言っておかなければならないな。

 と、そんな事を考えている間に、階段の終わりが見えてきた。最後の段を下り切ると、そこから先は一本道の通路が何十メートルか先まで伸びている。

 丁度すぐ近くに光源となる『橙灯(とうひ)』が設置してあったので、その下まで歩み寄りながら、アルフレッドから手渡された例の用紙を取り出す。

 ガサガサと紙を広げる俺の横で、不思議そうにシャルミナが呟く。

「何なの? それ」

「軍が調査して製図した、この地下避難壕の見取り図だよ。『内通者』が逃げ込むとしたらここしかないだろうと判断したから、いずれ必要になると思ってね」

「! じゃあ、ジンがダグラスに頼んだのって……」

「そう、まさしくこの為だよ」

 城に侵入する前、俺はアルフレッドにいくつか頼み事をしてあった。その内の一つが、軍が調査して作っているであろうこの地下避難壕の見取り図を手に入れてもらう事だった。

 何せこの地下空間は『首都』全域に広がっているのだ。例え『内通者』が誰にせよ、その人物がこの空間を悪用している可能性は高い。恐らく元老院も、俺やバルベラさんの件がなければ、再度調査を行っていたに違いない。

 見取り図を覗き込む俺とシャルミナの正面。腕組みをして佇むアルフレッドが、通路の先を見つつ告げる。

「んで、これまたお前の予想通り、どうもその見取り図はまだ未完成らしい。全体的な広さは大体把握出来てるそうだが、細かい部分となると調査不足の点が多いんだとさ」

「……そのようだな」

 アルフレッドの言う通り、見取り図のあちこちに『現在調査中』という斜線付きの表記が成されていて、間取りがわからない部分が見受けられる。

 それを確認した直後、アルフレッドがこちらへ視線を戻しながらこう言った。

「それともう一つ。『お前が気にしてた事』についてだが、図の二箇所に色分けして(しるし)が付けてあんだろ。そこが目的の場所だとさ」

 彼に促され見取り図を注視してみると、確かに赤と青の印が一つずつ付けられている部分がある。位置は図の右斜め上と、左斜め下だ。

 現在地は、見取り図のほぼ中央。地上から繋がる螺旋階段を下りてすぐの所である為、丁度二つの印の間という事になる。

「何、どういう事?」

 二つの印の意味を図りかねているらしく、シャルミナはやや首を傾げている。普段は凛とした雰囲気を発している彼女だが、こういう時は可愛らしい反応を見せる娘だ。

「シャルミナ。もしキミが犯人と同じ立場になった時、キミならこの避難壕のどこに身を隠す?」

「えっ? それは……やっぱり一番人が探しに来そうにない所、かな」

「そうだな。なら、『人が探しに来そうにない所』とは、どういう所だと思う?」

「んーと……」

 見取り図に視線を落とし、考え込むシャルミナ。だがものの数秒で、何かを思い付いたように顔を上げる。

「そっか! 軍の調査が一番進んでない所ね?」

「その通り」

 正解を言い当てられた事が嬉しかったのか、シャルミナの顔付きが眼に見えて緩くなる。が、すぐさま疑問に行き当たったらしく、また難しそうな顔付きに戻ってしまった。

「でも、色分けしてある片方がそうだとして、もう片方は?」

「今シャルミナが思い付いたものと逆の可能性だよ。調査が一番進んでいない所に身を潜めているに違いない、という発想を逆手に取って、『調査が一番進んでいる所』を相手が敢えて選んでいるかも知れない。灯台下暗しという訳さ」

 見取り図を仕舞いつつ、俺は通路の先へと視線を向ける。

「つまり現状、二箇所のどちらかに『内通者』が潜んでいる可能性が高い。だから俺達も二手に分かれて、二箇所を同時に攻める。捜索の時間を短くするには、これが一番良い方法だ」

「やっぱりな。そう言い出すんじゃねぇかと思ったぜ」

 呆れているような台詞に振り向くと、アルフレッドは自分の胸ポケットを軽く叩きながら続ける。

「もう一枚見取り図を用意してきといて正解だったみてぇだな。俺が気付かなかったらどうするつもりだったんだ?」

「その時はお前に地図を持たせるつもりだったさ。俺が順路を頭に叩き込めば、何も問題はない」

「大した自信だな。恐れ入るぜ」

 仏頂面で吐き捨てるように言いつつ、アルフレッドはズボンのポケットから一枚の銅貨を取り出した。僅かな明かりで鈍い光を放つ正円の表と裏には、それぞれ違う模様が彫り込まれている。

「表が赤、裏が青だ。好きな方を選べ」

「コイントスか。相変わらず好きだな、そういう決め方」

「うるせぇよ、さっさと選べ」

「表」

 苦笑しつつ返してやると、彼は右手に乗せた銅貨を親指で器用に上へと弾く。

 キィン、という音を上げて一旦舞い上がった銅貨が、忙しなく回転しながら落ちてくる。アルフレッドはそれを右手で掴み、拳を俺の方へと差し出した。

 ゆっくりと開かれる彼の右手。

 その掌には――。




 ◆  ◆  ◆




「――この先何が起こるかわからないから、一つだけ忠告しておくわ」

 二手に分かれる直前、アルフレッドに付いて行くよう俺が促すと、シャルミナは随分深刻な顔付きでこんな事を言った。

「相手は私達の五感を狂わせる『幻術』の使い手。どれ程の力量を持った奴なのかわからないけど、ここから先は全てを疑うくらいの覚悟を持った方がいいと思う。眼に見えるもの、手に触れるもの。現実がどんな風に歪められてしまうかわからない。だから、絶対に気を抜かないで」

 王の寝室で眼にした信じ難い光景は、今でも脳裏に焼き付いている。他者の認識を思うがままに阻害するあの力が、戦闘中に行使される場面を想像するだけで、素直に背が震えた。

 もしも振り下ろした刃が捉えたものが、敵ではなく全く別の誰かだったとしたら。『幻術』に惑わされ、敵以外の何かを傷付けてしまったとしたら。その時俺は、正気を保っていられるだろうか……。

橙灯(とうひ)』の明かりに導かれながら、通路を進み、広間を見つけ、また通路を進みを繰り返している内に、恐らく二十分以上は経過しただろうか。調査が完全に終わっていないせいか、途中見取り図と食い違う場所がいくつかあったが、どうやら目的の場所へは近付きつつあるらしい。

 静寂に包まれた地下空間に、俺の足音が不気味なほど大きく鳴り響く。

 通路を進めば進むほど、奥へ行けば行くほど、僅かずつではあるが、周囲の空気が冷たくなっていくように感じる。

 俺には『魔術』の才覚はない。『魔剣』を操るようになって、常人より多少気配に敏感になったとはいえ、それでも『魔術』の気配まで察知する事は出来ない。

 だがわかる。間違いなくこの先に、いる。

 周囲の空気を、冷気へと変えている存在が。

「……」

 数メート先は曲がり角で、通路は左に向かって折れている。見取り図上、その先は広間になっているはずだが、同時に『現在調査中』の文字が刻まれている。

 あの角を曲がれば、否が応でも辿り着く。

 今回の騒動を仕組んだ元凶に。

 永きに渡って現政権に潜み続けた、『内通者』に。

 曲がり角の直前まで歩を進めた俺は一旦立ち止まり、深く、静かに呼吸を整えた。背中の『魔剣』の柄に手を掛け、武器がある事を確認し、ようやく意を決する。

 俺が近付いている事は、恐らく相手も気付いているだろう。だが向こうから何の反応も返ってこないという事は、待ち構えているのだ。


『眼に見えるもの、手に触れるもの。現実がどんな風に歪められてしまうかわからない』


 シャルミナの忠告が頭を過るが、もう後戻りは出来ない。今この瞬間でさえ、『魔術』によって現実が歪められていたとしても、俺には抗う手段がない。

 進むしか、手はないのだ。

 例えこの先に、どんな罠が張り巡らされていようとも。

「――こんな所で何をしているんですか?」

 通路を抜け、広間へと足を踏み入れた俺は、歩調を変えずに中央付近まで歩み寄り、立ち止まった。

 その間俺の視界には、二つの人影が映り込んでいた。一人は地面に倒れ込み、一人はそれを見下ろすかのように佇んでいる。

 俺の言葉に反応を示したのは、無論佇んでいる人物の方だった。こちらに背を向け、今更言い訳でも考えていたのか、十秒近い沈黙と膠着状態を経て、漸く相手は振り返る。

橙灯(とうひ)』の明かりの下、やけに緩慢な動作でこちらに視線を向けたのは――。


 元老院の一人、レオナルド・ブレイクだった。


 斜めに切り揃えられた黒い前髪。他の部分も整髪剤で綺麗にまとめられている辺り、彼の几帳面さが窺える。ハルク様やリーシャ様と同世代であるせいか、身に纏う雰囲気が二人と似ているように思う。

「おお、良い所に来てくれたな」

 思わず面食らってしまうほど、本当に穏やかな表情を浮かべるレオナルド卿。まるで、友人の来訪を心の底から喜んでいるかのような振る舞いだが、この状況でその姿を見ると、誰しも少しは警戒心を抱くだろう。

 なぜなら彼は、鮮血の如く紅く染まったローブに身を包んでいるからだ。

 こちらの心情などお構いなしだとばかりに、レオナルド卿は続ける。

「見ろ、ハートラー。テルノアリス王だ。一体どういう手品か知らんが、寝室で安静にしているはずの王がこんな所に放置されている。見た所怪我を負っているようだ。悪いが手を貸して――」

「レオナルド卿」

 王を抱え起こそうとする彼の行動を、言葉を、一声で遮る。

 自然と荒くなってしまった語気を敏感に感じ取ったのか、レオナルド卿は一旦動きを止め、屈めようとしていた身体を元に戻した。

 彼の表情が、感情の掴み難い平淡なものへと変化する。

「その前に俺の質問に答えてください。あなたは一体、こんな所で何をしているんですか?」

「……見てわからないのか? 俺は賊の手掛かりを得ようとこの地下空間を調査していて、たった今偶然、傷だらけの王を発見したんだ。お前が来なければ、自分で王を抱えて地上に出るつもりだった。怪しまれる謂れはないはずだが?」

「護衛も付けず、行き先すら誰にも教えずに、ですか?」

「『内通者』はどこに潜んでいるかわからんからな。警戒するのは当然だろう」

「そうですか。なら、質問を変えましょう」

 俺は話しながら、相手との距離を目測した。

 間合いは約七メートル。剣士である俺にとっては致命的な間合いだが、向こうは違う。『魔術』という規格外の能力を操る者にとっては、この程度の距離など無いに等しいはずだ。

「『王座の間』で俺を取り調べた時の事、覚えていますか? 俺がジェイガの逃走を報告した時、あなたはこう言ったんだ」


『……やれやれ。ジェイガ・ディグラッドにしろディーン・イアルフスにしろ、こんな時にまで好き放題動き回るとは……。単独行動が過ぎる連中だな』


「それが何だと言うんだ?」

 こちらを見つめ返すレオナルド卿の瞳には、明らかに冷たい光が宿っている。恐らく彼は気付いているはずだ。

 俺の言葉が、何を意味しているのかを。そして、次に俺が何を問おうとしているのかを。

「なぜあなたはあの時点で、ディーンが一人になっている事を知っていたんですか?」

 告げた瞬間、レオナルド卿の眉間に、ごく僅かな皺が生まれた。

 周囲を包む冷気の強さが、さらに増していくのを感じる。

 それは歩く速度よりもゆっくりとではあるが、しかし確実に、この地下空間を侵食し始めている。

「ディーンと共に旅立ったものの、途中で逸れてしまったというシャルミナ、アルフレッドの両名は、『首都』に帰還してから城には近付いていないと言っていました。門前払いを受けたバルベラさんも同様です。ならばあなたは一体いつ、誰からディーンの動向に関する情報を手に入れたんですか?」

「……」

「答えは一つ」

 言いつつ、俺は背中の『魔剣』を抜刀し、切っ先を差し向けながら続けた。

 相手との対立を生み出す、決定的な言葉を。


「貴様が『内通者』だからだ、レオナルド・ブレイク」


 一切の迷いもなく発した宣言に対し、レオナルド卿が選んだのは沈黙だった。視線を逸らさず、表情を変えず、ただただ黙して俺を見つめ返していた。

 そんな膠着状態がいくらか続いた時。まるで冗談を言われて吹き出したかのように、突然レオナルド卿は顔を逸らして静かに笑い始めた。

 声を殺し、肩を震わせ、耐え忍ぶかの如く、彼は笑っている。

 やがて顔を上げた彼は、その身に纏う気配が悉く変わっていた。まるで舞台演劇の役者のように両手を広げ、酷薄な笑みを湛えながら口を開く。

「なるほど。発言には気を配っていたつもりだったんだが、まさかそんな所に違和感を覚えられるとはなぁ。正直お前を侮っていたよ、ジン・ハートラー」

 まだ言い訳を続けるかとも思ったが、彼は予想に反して素直に認めた。

 自身が裏切り者である事を。俺の違和感が外れていなかったという事を。

 両手を下げ、笑みを消したレオナルド卿は、やや首を傾げてみせる。

「しかし、それだけではただの推測に過ぎないだろう。俺が『内通者』だという証拠にはならんはずだが?」

「確かに証拠はない。だが、貴様の目論見を打破する事は簡単だったよ」

「ほう……。というと?」


「貴様の本当の目的は、この地下避難壕に隠されている『倒王戦争』の遺物の回収だ。違うか?」


「――!」

 告げた瞬間、レオナルド卿はあからさまに顔を(しか)めた。言葉にこそしなかったが、お前如きにそこまで見抜かれていたのかと、彼の表情が物語っている。

 襲撃そのものに、意味。

 そう。リーシャ様が何気なく口にしたその推測が、何よりも答えになっていたのだ。

 俺はアルフレッドに、この避難壕に関する情報と共に、あと二つの事を調べるように頼んでおいた。

 その内の一つが、『王族によって秘匿された、「魔術戦争」或いは「倒王戦争」時代に端を発する何らかの兵器の存在が、軍の過去の記録の中に残っていないか』だった。

 以前推測した通り、『内通者』の目的は現政権を自らの手中に収める事ではない。本物の王を殺害せず、誘拐している点から見てもそれは間違いない。

 ならば、考えられる理由とは何か。

 ここで重要となるのが、『内通者』が偽物を仕立て上げてまで、秘密裏に王を誘拐している点だ。

 殺害が目的なら、わざわざ誘拐する必要はない。さらに言えば、偽物を仕立て上げたという事は、王がいなくなった事を周囲に悟られたくなかったという事だ。

 つまり『内通者』が欲しかったのは命ではなく、時間と情報。王を連れ去り、彼から何らかの情報を引き出すのが目的だったのではないか。

 だとすればその情報の正体は、王族に関わる何らかの事象か、或いは物品。

「俺の仲間が軍の記録を調べ上げてくれたよ。この地下空間には、避難とは別の目的で造られた隠し部屋がいくつかあるらしい。そしてその目的とは、『倒王戦争で悪用された魔術兵器類の封印』。……そうだな?」

「……」

 問い掛けても、レオナルド卿は答えない。黙り込み、身動(みじろ)ぎもせず、敵意に満ちた視線を送り続けている。

 やれやれ、答える気がないのなら仕方がない。答えたくなるまで、徹底的に追い詰めるだけだ。

「軍に残されていた記録によれば、それらの詳しい隠し場所と封印解除の方法は、この件を立案したクロスレイン家、しかもその当主にのみ口伝されると記されていたそうだ。つまり全ての鍵を握っているのは、現テルノアリス王であるファルディオ・クロスレインただ一人」

 思えば『テルノアリス襲撃事件(れいのじけん)』の際、この避難壕を隠れ家として使っていたアーベント・ディベルグも、その隠し部屋の存在を知って探していたのかも知れない。

 奴がここの構造をどこまで把握していたのかは不明だが、結果的に見つける事は出来なかったのだろう。仮に見つけていたとしたら、奴は間違いなく力尽くで兵器の封印を解き、事件の際に利用していたはずだ。

 意識がないのか、地面に伏したまま動く気配のない王を一瞥し、俺は言葉を続ける。

「だが表面上、元老院の一人として動いていた貴様には、王を連れ去る機会はあっても、隠し部屋の場所を吐かせる為の時間が足りなかった。だから貴様は、『魔術』を使って別人を偽物の王に仕立て上げ、本物の王を誘拐しようと考えた。ただそうなると、他の『魔術師』が『首都』にいては都合が悪い。なぜならシャルミナがそうだったように、『魔術』を見破られてしまうかも知れないからだ」

「シャルミナ……? ああ、いつぞやに報告のあった『風守り』の小娘か……」

 あんな格下に術を見破られるとは、いよいよ俺も落ち目かねぇ。

 途切れ途切れにしか聞こえなかったが、確かに奴はそう口にした。

 大切な友人を格下と表現するレオナルド卿の口振りが、剣を握る手の力を自然と強くさせる。俺が苛立っている事に気付いているのか、ここに至って奴は不敵な笑みを見せた。

「どうした、続けろよ。ご自慢の推理力を思う存分披露すればいい」

「……恐らく貴様は、『内通者』の存在が騒がれ始める少し前に、リーシャ様が『英雄』達に依頼を出した事と、ディーンが再び『首都』から旅立つ事を知ったんだろう。そしてそれらを上手く利用すれば、『魔術』を看破する危険のある邪魔な『魔術師』を、一人残らず『首都』から追い出す事が出来ると考えた」

「……」

「だから貴様は、『俺がジェイガの釈放と同行を申請した際に反対しなかった』んだろう?」

 そう。これこそが、アルフレッドに調べてもらったもう一つの事柄だ。

『ブラウズナー渓谷』での一件で捕縛されたあいつは、『精霊指揮者ゴースト・コンダクター』とすでに縁を切っていた。そんな状態であるジェイガが、もし何らかの理由で元老院に協力するような事になれば、王を誘拐する際に支障が出る可能性がある。

 あの時この男は、ジェイガ釈放の申し出を内心ほくそ笑んでいたに違いない。俺は知らず知らずの内に、敵に塩を送っていたのだから。

「そして目論見通り、『魔術師』は『首都』からいなくなり、『魔術』を見破る方法のない元老院は翻弄され、王襲撃という偽の事件が仕立て上げられてしまった。つまり、全ては『倒王戦争』の遺物を探し出す為の時間稼ぎとして、貴様が仕組んだ茶番劇だったという事だ」

 揺るぎない確信を胸に、俺はさらに切っ先をレオナルド卿(ないつうしゃ)へと伸ばした。

 全ては今、一つに繋がったのだ。

「違うか、レオナルド・ブレイク。反論があるなら言ってみろ!」

 静まり返った地下空間に、俺の怒号が響き渡る。

 刃を向ける者と、向けられた者。

 互いに何も語らず、膠着状態が十秒は続いた、その時だった。

「――ふっ」

 眼の前の男から、微かな息遣いが聞こえた。しかしそれは次第に大きくなり、邪悪な気配を纏った不快な笑い声へと変わり始める。

「ふははははははははははははははははははははッ! はははははははははははははははははははははッ!!」

 右手で顔を覆いながら、天井を仰ぐように笑い続けるレオナルド。

 反響する奴の耳障りな声に、思わず顔を顰める。すると奴は俺を蔑むように見つめ、尚も声を張り上げる。

「大正解だ、ジン・ハートラー! どうやら俺は本当に、お前という人間を侮っていたらしい。ほとんど手掛かりのない状況から、よくもまぁそこまで辿り着いたものだ。素直に感服するよ」

「心にもない戯言を吐くのはやめろ。貴様のような人間に言われても虚しくなるだけだ」

「おや、これもバレたか。何から何まで聡い小僧だな」

「……っ」

「おっと! 不用意に動かない方が身の為だぞ。――お前ではなく、王のな」

「!」

 相手の挑発に乗せられ、思わず斬り掛かりそうになってしまった俺は、レオナルドの不穏な発言によってどうにか踏み止まった。

 いつの間にか奴の右手には、奇妙な形をした漆黒の剣が握られていて、その刃が倒れている王の首筋近くに差し向けられている。

 奇妙な形と表現したのは、刀身部分の事だ。所々枝分かれした刃が直角に折れ曲がり、別の小さな刀身をいくつも作り出している。等間隔という訳でもなければ、大きさが揃っている訳でもない。

 あんな形の剣、まず鞘に入らないだろうし、そもそもあれでは刃として成り立たないんじゃ――。

「ここまで来て王の命を失いたくはないだろ。政府の飼い(いぬ)としては尚更だ。なぁ?」

 相手が握る凶器に意識を奪われ掛けていた俺は、悪意の言葉を耳にして視線を戻した。

 あの剣に殺傷能力があろうとなかろうと、王を盾にされた状態ではこちらが不利な事に変わりはないのだ。

「貴様……! 仮にも元老院の一人として……、政府を支えてきた貴族の一人として、恥ずかしくはないのか!」

「フン、この期に及んで良心に訴えようと言うのか。全く、不毛な努力だな」

 その顔に深い嘲笑の色を滲ませ、レオナルドは左手を前方(おれ)へと差し向けた。

 何らかの攻撃――いや、『魔術』。

 即座にそう判断し、身構えようとした瞬間だった。

身体は、重く(アーツ・ホールド)

 囁くようにレオナルドが告げると、突然『立っていられなくなった』。

 咄嗟に剣を地面に突き立てて支えにしようとするが、それでも身体は重くなっていく。まるで全身が鉄の塊にでもなってしまったかのようだ。

意識は、混濁する(マインド・パラライズ)

 続けて紡がれた途端、今度は頭部に打撃を受けたかのような衝撃が走り、視界が大きく歪んだ。

 最初から理解していたはずだったのに、こうも容易く……。この現象こそが、レオナルドの操る『魔術』なのか……!

「不様だなぁ、ジン・ハートラー。『ギルド』に所属している人間の中でも指折りの実力者と言われるお前がこの体たらく。さぞ悔しいだろう、何も出来ない自分が」

「貴っ……様……ッ!」

「良いねぇ、憎しみに満ちた眼だ。だが牙を剥くだけなら誰にでも出来る。剥いていながら何も出来ないのでは、傍観者と変わらない。くくっ、これを不様と言わずなんと言う」

 皮肉たっぷりな顔で笑いつつ、レオナルドは王の首筋から剣を退き、踵を返して歩き始める。

「悪いがお前の相手をしている暇はない。漸く仕上げに取り掛かれる所なんだ。歯向かう実力がないなら、そこで大人しく寝ていろ」

「仕上げ、だと……? まさか……、貴様……」

「とうとう見つけたぞ、彼の戦争の遺物を。俺がどれだけこの時を待ちわびたか、お前などにはわかるまい! これで全てを終わりに出来る……! 煩わしい城での生活も! 忌々しい貴族共との接触も! 全てを無に帰す時が来た!!」

 足早に広間の中心点へ向かうレオナルド。奴は右手に握る漆黒の剣を逆手に持ち替え、乱暴に歩みを止める。

 この避難壕には、過去の兵器を封印した隠し部屋がある。

 もしもその隠し部屋が、『この広間のさらに下にある』のだとしたら。

 あの奇妙な形の剣は、まさか……!

「気付くのが遅かったなぁ」

 録に立ち上がる事も出来ない俺の方を振り返り、レオナルドは愉悦に塗れた顔で続ける。

「お前は『これ』を武器だと思ったようだが、残念ながら違うんだよ。『これ』こそが、忌まわしい封印を解除する為の『鍵』なのだ」

 ザンッ、という音が響き、逆さまになった漆黒の剣が地面に突き立てられた。

 と同時に、レオナルドが奇妙な言葉を紡ぎ始める。

「我が御手に握られしは、(つるぎ)にして(つるぎ)にあらず。枷を砕け。戒めを解け。汝、今こそ役目を果たし終えん。扉を開け、封印の代行者よ。今ここに、内在せしものを解き放て」

 それはまるで、地獄の釜の蓋が開くかのように。レオナルドの言霊に呼応して、広間の床が二つに分かれた。

 震動と轟音が地下空間を揺るがし、天井からは僅かな砂が至る所から落ちてくる。この震動は、地上にも異変として伝わっているのだろうか……?

「くっ……! 止めろ、レオナルド……ッ!」

 狂わされた五感を引き摺ったまま、俺は疾走を開始した。

 剣を握り、肉薄する俺をせせら笑うかのように、レオナルドが振り返る。

 奴の背後。開かれた隠し部屋から現れたのは――。



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