第三章 熱狂 -Dragon flame-
昔、何かの書物で読んだ事がある。
伝説上の生き物として語られる『竜』と言う存在は、災厄の象徴として恐れられていると。
ある一節にはこう記されていた。『竜』とは地を這い刷り、その巨躯を振るって全てを圧砕する化物だと。
またある一節にはこう記されていた。『竜』とは天高く飛翔し、口から放つ灼熱の炎によって全てを焦土と化す怪物だと。
一度『彼ら』が暴れ出せば、どんなに栄えた都であっても、一夜にして消滅してしまう。
夢か現か知らないが、かつて俺が眼を通した書物では締め括りとして、そんな言葉が記されていた。
もちろん俺は、馬鹿馬鹿しい限りだと思いながら読んでいたし、内容に関してもほぼうろ覚えである感は否めない。
だが今、お前の心情はどうだ、ディーン・イアルフス。少しでも否定的な意見を抱えているか? 現実にはあり得ない夢物語だと、胸を張って言い切れるのか?
誰かにそう問い掛けられたとしたら、俺は間違いなくこう答えるだろう。
そんな事出来る訳がない、と。
ミレーナに拾われ、『魔術師』を志そうと決意したあの時から今日まで、恐らく俺は遭遇した事がなかった。
身体が凍り付いたようにすくむ程の恐怖を感じる、同種の能力を持った存在に。
自分と同じ『炎属性』の『魔術師』と戦った事は、これまでにも何度かある。その度に、相手が操る炎の熱さをこの身に感じたものだったが、『こいつ』の炎は明らかに次元が違う。
活火山の火口に立たされているかのような、途轍もない熱量。
燃やすと言うよりも、溶かすと言った方が正しく感じる程の、凄まじい破壊力。
死合再開。変貌したガラムはそう告げたが、正直この状況はそんな表現では生緩い。
一方的な、殺戮戦だ。
『ふははははははははははははははははっ!!』
瓦礫の隙間を疾走する俺の背後で響く、甲高い笑い声。嫌な予感がして、右手前方に出来ていた瓦礫の僅かな隙間に目掛けて、捻じ込むように身体を投げ出す。
直後、紅緋色の炎の波涛が、雪崩のような轟音を響かせながら俺のすぐ傍を走り抜けていった。
散在している無数の瓦礫を、辺りに転がったままの正規軍兵士の遺体を、全てを巻き込みながら炎は進んでいく。
瞬く間に一変した周囲の景色。表現し切れない恐怖と緊張感から、俺は思わず歯噛みする。
「……おいおい……、冗談じゃねぇぞ……! 夢でも見てんのか俺は……!?」
無茶苦茶だ、こんなの……。一体何なんだあの野郎は……!
今までの経験から考察する限り、ガラムは恐らく『人狼』一族と同じような『変身能力』を備えた人間だ。ただ『人狼』と決定的に違うのは、変化の元となる生物が現実に存在するとは考え難い生物だという点。
『竜』――。
それはどこまでも幻想的で、どこまでも神秘的な存在。
かつて眼にした書物に書かれていた通りなら、この世に生きる生物の中で、間違いなく最強と呼べる力を持っている事になる。
由々しき事態だ。つい何十分か前まで余裕ぶってた自分を、思いっ切り殴り飛ばしたくなるくらいに。
だけど、どうしても気になる事が一つある。
それは――。
『不思議でたまらねぇか? どうして俺がこんな姿に変貌出来るのかって事が』
「!!」
思考に囚われていた俺の耳に、楽しげなガラムの声が響いてきた。
どこにいるのかを確かめようと、瓦礫の陰から少しだけ顔を出した、その直後。
隠れる為に背を預けていた瓦礫の山が、爆音と共に弾け飛び、俺は前のめりに数メートル吹き飛ばされてしまった。
「がァ……ッ!!」
視界が二度程回転したが、どうにか踏み止まって顔を上げる。すると丁度、浮遊していたガラムが翼を畳み、地面に降り立つ所だった。
ズンッ、という重みのある着地音が、辺りに響き渡る。
『お前さんの疑問は無理もねぇ。この大陸には、「人狼」ぐらいしか変身能力を備えた人間はいねぇみてぇだからな』
「……まるで別の大陸には、変身能力を備えた人間が大勢いるような口振りだな」
立ち上がり、炎剣を生み出す俺に怯む様子も見せず、ガラムは笑う。
『ッハハァ。この期に及んでまだ戯言だと馬鹿にしたいってか? ……いい加減現実を見ろよディーン。俺は何一つ嘘をついちゃいねぇ。他大陸にも変身能力を備えた人間がいるのは一つの事実だ。俺がそのいい例さ』
一瞬訝しんだ俺の表情を愉快げに眺めつつ、ガラムは続けてこう言い放った。
『そもそも俺自身が、この大陸の人間じゃねぇからな』
「! な、に……!?」
この大陸の人間じゃない。という事は、ガラムは他大陸からの移民なのか……?
確かに意外な事実ではあるが、このご時世、何もそこまで驚く事じゃないのかも知れない。現に『ジラータル大陸』は、他大陸との貿易を精力的に行っているし、個人の事情でこの大陸へ移り住んだのだという話も少なからず耳にする。
ただし、それはあくまでも普通の人間の話。『竜』に変身する人間が流れ着いたなんて話は、ただの一度も聞いた事がない。
僅かに硬直する俺を尻目に、ガラムは語り続ける。
劇的な変貌を遂げた姿で、悠然とこちらへ歩み寄りながら。
『俺の生まれ故郷は、この「ジラータル大陸」から遥か南にある「フィラン大陸」って所でな。俺はそこで、「竜人」と呼ばれる「竜」の血と力を受け継ぐ一族の者として生を受けた。この大陸に来たのは、そうだな……。確か『倒王戦争』が終結した直後だったと思うぜ』
「……その頃か。ボルガに会って、『精霊指揮者』の一員になったのは」
『ご名答』
他大陸からの移民。
『竜人』と言う特殊な一族。
これらの話が事実なら、ガラムの変貌ぶりにも説明はつく。が、それなら尚更一つだけ、わからない事がある。
「一つ聞きたい。別の大陸の人間だって言うなら、あんたはどうしてボルガの仲間になった? 自分の生まれ故郷でもない別の大陸の争い事に、どうしてあんたが首を突っ込む?」
『決まってんだろ。同じだったからさ。あいつと俺の思想が』
「思想が、同じ……?」
『そうさ……。この世界を滅ぼしたいっていう思想がなぁッ!』
鋭く吠えると同時にガラムは、右手に生み出した巨大な炎の塊を投げ付けてきた。
「ッ!」
『ゴーレム』の分厚い胴体ぐらいはありそうなそれを左に跳んで回避し、即座に前進へと転ずる。背後で起きた爆発が熱風を運んでくるが、気にしない。
負けじと俺も左手に生み出した炎を、目眩ましとしてガラムの足許へ投げ返した。
爆発によって地面が弾け飛んだ瞬間を見計らい、上空を目指して跳躍する。初歩的な奇襲戦法ではあるが、打てる手は全て打っておくべきだ。
落下の速度を利用して、高く掲げた炎剣を勢い良く振り下ろす。
直後、爆煙の中から伸びてきた異形の右手が、炎剣の刀身を鷲掴みにした。
「なっ!?」
戦慄く俺を叱咤するかのように、『紅蓮の爆炎剣』が自身の能力を発動し、ガラムの右手に紅い爆炎を齎した。
だが『竜』の鱗を纏ったガラムの右手は、微動だにしない。それどころか平然と炎剣を握り締め、続け様に俺を地面へと叩き付けた。
「がッ……!」
鋭い衝撃が身体を襲い、意識が混濁しそうになる。
なんて奴だ……。素手で『紅蓮の爆炎剣』を掴んだのに、負傷している様子がない……!
変貌を遂げた事で、ガラム自身に強力な『炎耐性』が備わったのか。或いは全身を包むあの分厚い鱗が、炎を悉く寄せ付けないせいか。
いずれにしろ奇襲は失敗の上、大したダメージも与えられていない。早く次の手を打たなければ――!
『随分と悠長に寝そべってるな。今のはそんなに痛かったのか!?』
「!」
俺の頭蓋を踏み砕こうと、ガラムが左足を振り上げた瞬間、俺は弾かれたように起き上がり、その場から跳び退った。
直後、洒落にならない程鋭い音を立てて、岩盤が砕け、弾け飛ぶ。少しでも回避する事を躊躇っていたらと思うと、素直に背が震えた。
「くっそ……ッ!」
ガラムが地面から左足を引き抜くのを待たず、俺は背を向けて駆け出した。
戦闘放棄のつもりはない。第一、今のガラムからはそう簡単に逃げ切れるとは到底思えない。あくまでこれは、戦略的撤退だ。
周囲に散在している瓦礫の山に身を隠しながら、右へ左へ進み続ける。
こんな事をしても、恐らくすぐに見つかってしまうだろう。大した時間稼ぎにはならないのは百も承知だが、それでも数秒の時間が得られれば状況は変わってくる。
反撃の頃合いを見計らいながら、俺は姿の見えないジェイガ、ルーシィの事を考えた。
ガラムの強大な力を目の当たりにした直後から、二人とは散り散りになっている。
ルーシィは避難を促した俺の言葉に従って、どこかに身を隠してくれているんだろう。が、ジェイガは多分、俺と同じ事を考えて行動している。
時間稼ぎを混じえた上での、奇襲攻撃。
ただしあいつの場合、その時間稼ぎに俺を利用している節がある。つまりは、体の良い囮という訳だ。
相変わらず自分勝手な奴だよなぁ……。少しは協力して戦おうとかいう考えに至らねぇのかあいつは……。
一貫して個人主義。最早呆れを通り越して頼もしさすら覚えてしまうんだから、相当なもんだ。
苦笑しつつ、最後の準備を終えた丁度その時。俺の背後、数メートル程離れた位置で、紅緋色の爆発が続けて二度発生した。
痺れを切らしたガラムが、所構わず炎を放ち始めたのか。
そんな懸念が脳裏を掠めた瞬間。
『余所見してんじゃねぇよ』
「!?」
真横に積み上げられていた瓦礫の向こうから、絶望的な声が聴こえた。
反応し、身構えようとする俺を嘲笑うかのように、紅緋色の爆発が瓦礫を突き破って、無慈悲に襲い掛かってくる。
「ぐあぁああぁあああああぁぁぁぁああぁっ!!」
最初に起きた二つの爆発は、俺の注意を逸らす為のもの。
そう気付いた時には、視界が紅く染まっていた。爆炎が蛇のように纏わり付き、爆風が身を引き裂くかのように俺を吹き飛ばす。
地面を激しく転がった俺は、硬い何かに背中から衝突した。周囲に砂塵が舞っているという事は、恐らく建物の瓦礫だろう。
視界が明滅していて、上手く立ち上がれない。周囲の状況を把握するのさえ億劫だ。
『油断は禁物だぜ、ディーン。いくら炎の攻撃に「耐性」があるお前さんでも、喰らい続けりゃ無事では済まねぇ。それくらいの事、お前さんなら充分わかってるはずだよなぁ?』
「……くっ、あ……」
駄目だ……、脚に力が入らねぇ……っ!
重く地面を踏み締める音が、徐々に近付いてくる。すぐにでも立ち上がって対抗しなければ、追撃されるのは明白だ。
焦りを覚えて顔を上げるのと、ガラムが俺の目前で立ち止まったのは、ほぼ同時だった。
踏み付けられるか、それとも蹴り飛ばされるか。
どっちにしても最悪だなと、苦笑いが込み上げてきそうになった、その時。俺はガラムの背後に視線が吸い寄せられた。
視界に映ったのは、闇夜を思わせる漆黒の大鎌を掲げ、高々と跳躍する黒い影。
読み通り、この瞬間まで反撃の機会を窺っていたのだろう。その身の落下と共に、ジェイガはガラムに向けて大鎌を一気に振り下ろした。
ところが――。
『甘いぜ死神さんよぉ!』
猛るかの如く咆哮したガラムは、振り向き様に右腕を払い、ジェイガを真横に殴り飛ばしてしまったのだ。
途轍もない勢いで瓦礫の山に突っ込み、沈黙するジェイガ。衝撃音と共に砂塵が舞い上がり、彼の姿が見えなくなる。
「ジェイ――」
反射的に立ち上がろうとした俺は、立ちはだかったガラムの巨躯によって動きを封じられてしまう。と同時に、肥大化したガラムの右手が俺の首を鷲掴みにした。
「ぐッ……あ、が……ッ!」
『どうした「魔術師」。お前さん達の力はこんなもんか? あん?』
軽々と俺の身体を持ち上げながら、ガラムはどこか苛立たしげな声を発する。
宙吊りにされ、不様に足をバタつかせる事しか出来ない俺は、まるで網に掛かった魚のようだ。酷く滑稽な上、遠からず訪れる死という結果に対して、抗う術もない。
こいつ……っ、炎を操るようになっただけじゃなくて、『人狼』並みに身体能力が上昇してやがる……!
苦し紛れにガラムの右手を掴んでみるが、分厚い鱗に覆われたそれは、全く動じる気配がない。
肺に酸素が供給され難くなってどれだけ経った? 何秒? 何分?
意識が朦朧として、思考が上手く働かない。身体の力が徐々に抜けていく。このままじゃ、俺は……。
『これで終わりだってんなら仕方ねぇ……。このままお前さんの首をへし折るまでだ』
圧倒的なまでの、処刑宣告。
不敵な笑みを浮かべながら、ガラムは右手に更に力を込めようとする。
しかし、その瞬間。突如横合いから飛来した黒い衝撃波が、ガラムの右腕、肘の部分に炸裂し、その動きを僅かに阻害したのだ。
今しかない――!
ほんの一瞬生まれた隙。首を締め付ける力が微かに緩くなった瞬間を、俺は見逃さなかった。
鈍り始めていた意識を奮い立たせると同時に、右掌から炎の塊を捻り出す。
狙うのは、無防備なその顔面だ!
「おぐっ……!?」
思いっ切り投げ付けた炎が、炸裂の証として紅い爆発を起こす。その一撃が、今度こそ完全にガラムを怯ませた。
死の拘束から解放され、俺は滑り落ちるかのように地面に着地した。酸素を漸く確保した事で、我慢する暇もなく激しく咳き込む。左胸の辺りが嫌な悲鳴を上げ続けている。
今のはマジでヤバかった……。あと数秒遅れてたら、窒息するどころか俺の首は――。
「ボサッとしてんな紅髪ィ!」
「!」
首を押さえつつ、叫び声のした方に視線を向けると、瓦礫の山から脱したジェイガが俺を睨んでいた。当然ながら無事では済んでいないようだが、どうやら叫ぶだけの元気は残っているらしい。
「……っ! わかってらぁ……ッ!!」
傷だらけのジェイガに鼓舞され、俺は息苦しさを抱えつつもどうにか応じた。
ガラムと距離を取る為、後方へと飛び退り、灼熱の炎を灯した左手を地面に押し当てる。
瞬間、乾いた地面に浮かび上がる、紅い炎の線。不可思議な形の文字列と、炎によって描かれた三角形型の『魔法陣』が、ガラムを取り囲む。やがて『魔法陣』の三つの頂点から火柱が発生し、同時に、出現した無数の炎の鎖が、瞬く間にガラムの身体を絡め取っていく。
「配列は力を。力は炎を。炎は破壊を。破壊は消滅を。我、導き出される理にて、劫火の柱を生み出さん」
陣を組み立てる必要のあるこの『魔法』は、発動までの手順が面倒な分、高い威力を誇っている。劇的な変貌した遂げた事でガラムの身体能力は強化されているが、これなら決定打を浴びせられるはずだ。
『……ククク』
「!」
言霊を詠唱し終えたその時、俺はようやくそれに気付いた。
やや俯いた状態で、肩を小刻みに揺らして笑っている、ガラムに。
『そうだよなぁ……、そうでなくっちゃなぁ……。まさにそれでこそってヤツだ。ククク……』
陣内のエネルギーが凝縮されていく間にも、ガラムは追い詰められた様子を見せず、ただただ酷薄に笑い続けている。
その姿はどこまでも不気味で、どこまでも恐ろしくて――。
『しくじるなよ、「炎を操る者」』
「!」
術式に集中しなければならない場面で、畏怖の念に支配されてしまった俺は、ガラムの声に、言葉に、耳を傾けてしまう。
顔を上げ、愉悦と殺意に満ちた表情で、『竜』の化身は言う。
『せっかくここまで雁字搦めにしたんだ。やるからには徹底的にやれ。俺を人だと思うな。慈悲も容赦も必要ねぇ。一撃で決めてみせろ』
「……ッ! 偉そうに……っ、ほざいてんじゃねぇ!」
全身に纏わり付きそうな恐怖心を振り払い、俺は両掌を地面に押し当て、叫ぶ。
「『深紅の爆裂波』!!」
発動の証として、『魔法陣』内の紅い炎の鎖が力強い光を放ち、炸裂すると同時に十メートルを超す紅い炎の柱が生まれ、拘束しているガラムを一瞬で呑み込んだ。
紅い炎の柱が、煌々と辺りを照らしながら、天高くまで昇っていく。
「……」
火加減は……恐らく出来たはずだが、それでも少々やり過ぎてしまったかも知れない。
あの強化された肉体の強靭さから考えると、本気の本気で燃やし尽くしても、余裕で原形が残るんじゃないかと素直に思える。
『竜人』。それがガラムの原点。あいつはその強靭な力を、今日この日、この瞬間まで隠し続けていた。
それはつまり、セルティス・ブラッカー同様、ガラムにも何か明確な理由があるからなのだろうか?
「……なるほどな。妙にチョロチョロ動き回ってると思ったら、こいつを仕込む為の時間稼ぎだったって訳か」
乱れた息を整えながら立ち上がると、いつの間にかすぐ隣にジェイガが佇んでいた。彼の傍らには、上手い具合に身を潜めていたらしいルーシィの姿もある。
燃え上がり続ける炎の柱を前に、鍛治職人の少女は安堵した様子で口を開く。
「ディーン、大丈夫だった? 何度も助けようと思ったんだけど、その度にジェイガに止められちゃって……」
「ああ、気にすんなよ。大体そんな所だろうと思ってたからさ」
自分の予想が当たっていた事に何か釈然としないものを感じながら、俺は件の死神様に視線を向けた。
「それにしてもジェイガ。お前、いつから気付いてたんだ? 俺が『魔法陣』を設置してた事……」
何気なく尋ねてみると、ジェイガは若干面倒臭そうな表情で口を開く。
「ほとんど最初っからだ。どうせテメェの事だから、何の考えもなく逃げ回ってる訳じゃねぇんだろォって程度にしか思ってなかったがな」
「……それは褒め言葉なんだよな、ジェイガくん?」
「大体こんなもんがあんなら、もっと早い段階から使っとけよ」
「仕方ねぇだろ? この『魔法』は『術式』の関係上、一対一の戦闘には不向きなんだ。ある程度時間を掛けなきゃどうしようも――」
「! 紅髪!」
会話の途中で突然、ジェイガは叫んで大鎌を構え直した。彼の鋭い視線は、未だ燃え続ける炎の柱、その火中へと向けられている。
まるで磁力に吸い寄せられるかのように、俺は振り向き、そして眼を瞠る。
「……へへっ。マジかよ……」
現実は、どこまでも残酷だった。
思わず込み上げてくる卑屈な笑いを、俺は止める事が出来ない。
徐々に勢いを弱めていく炎の柱。その中心に平然と佇む、異形の陰。灼熱地獄を難なく受け切るその姿は、時に『人殺し』とさえ揶揄される事もある俺達『魔術師』を、涼しげに嘲笑うかのような所業だ。
桁が違う。違い過ぎる。
『だから言ったろ。しくじるなってよ』
炎が完全に姿を消した事で、顕わになるガラムの表情。そこにはどこまでも不敵で、どこまでも余裕に満ちた笑みが刻まれていた。
疲労感も、倦怠感も、声色から察する事は出来ない。
これが『竜人』という、人であって人でない者の力なのか……!
「……紅髪」
数十秒前と同じで、しかし声色の異なる呼び方で、ジェイガが徐ろに口を開いた。
この状況で今更何だ、と言い返そうとした俺を封殺するかのように、ジェイガは懐から取り出した二つの物体を、やや乱暴な手付きで投げ渡してきた。
どうにか落とさず受け取る事が出来たのは、折り畳まれた地図らしき紙と、少々古めかしい造りの方位磁針。
何で今こんな物投げて寄越すんだ、と顔に出ていたらしく、俺が口を開くより先にジェイガが告げる。
「そこのルーシィ連れて先に行け。こいつの相手は俺がする」
「なっ……!?」
視線も交えず放たれた言葉に、俺は耳を疑う。元々無茶な奴だとは思っていたが、正直ここまで無茶――いや、無謀な奴だとは思わなかった。
お前の眼は節穴か! この状況に至るまで、一体何を見てたんだよ?
「バカ言え! 出来る訳ねぇだろそんな事! 今戦力を分散なんかしたら、それこそ勝機を逃しちまうだろうが!」
「テメェにバカ呼ばわりされる謂れはねェ。第一、そりゃこっちの台詞だ」
「何ぃ!?」
憤慨して掴み掛ろうとした俺を無視するかのように、ジェイガは黒い大鎌を振るって衝撃波を飛ばした。どうやらガラムが、俺達の会話に構わず攻撃を行おうとしたようだ。
牽制の為の一撃を放ち、ジェイガは大鎌を構え直しながら続ける。
「さっきの『魔法』……『深紅の爆裂波』とやらの発動でハッキリしただろ。今の奴の身体は、強力な『炎耐性』を備えてやがる。……俺が気付いてねェとでも思ったか?」
「それは……」
確かにそうだ。驚異的な変貌を遂げたガラムの身体には、恐らく相当強力な『炎耐性』が付加されている。『深紅の爆裂波』を受けても平然としている事から、それは間違いない。
けど、だからと言って……。
「こんな所で引き下がれるかよ。俺にだってまだやれる事は――」
「『紅の詩篇』、とかってヤツか?」
「!」
俺の考えを容易く見透かし、ジェイガは氷のように冷淡な視線を俺に向けてくる。
まるで、敢えて俺を突き放し、戦場から遠ざけようとするかのように。
「相手の力を利用しようと、『耐性』に阻まれるなら同じ事だ。決定打が期待出来ねェんじゃ役立たずには変わりねェ。テメェが面倒臭ェ消耗戦をしたいってんなら話は別だがなァ」
「……っ」
「寝ぼけた事言ってねェで現実を見ろよ。テメェの目的は何だ。雑魚の相手をいちいち引き受ける事か? それとも余計な心配して時間を浪費する事か? 違うだろォが。そうやって余所見ばっかしてると、リネ・レディアを取り戻せなくなっちまうぜ。……それでもいいのかよ、『炎を操る者』?」
「……」
ガラムが反撃とばかりに放ってきた紅緋色の炎弾を、ジェイガは黒い衝撃波で相殺する。
爆音が大気を揺らし、爆風が俺達の間を走り抜けた。
「わかったらさっさと行け。足手纏いだ」
再び黒い衝撃波をガラムに向かって放つと、ジェイガは猛然と突進を開始した。
その姿は、どこまでも迷いがなく、どこまでも勇敢で……。
「ジェイガ!」
気付けば俺は、彼の名を叫んでいた。
だがそれは決して、制止しようとした訳じゃない。ジェイガの言葉に反論を投げ掛けようと思った訳でもない。
俺の心情を知るはずもないジェイガは、顔を顰めた状態で振り向いた。呼び止められ、出端を挫かれた事に苛立っているらしい。
「あんだァ? まだ何か――」
「死ぬんじゃねぇぞ」
「!」
真顔で、真剣に言い放った言葉が、ジェイガの表情を一変させた。
不満や憤りが消え去った彼の顔には、ただただ驚きの色が満ちている。眼を瞠り、やや呆然とするその姿は、多分俺が見た中で、一番ジェイガに似合わないものだった。
「……テメェに言われる筋合いはねェ」
ほんの何秒間か停止していたジェイガは、いつも通りの仏頂面を取り戻すと、そう吐き捨てて背を向けた。
だからこそ俺も、今度こそ本当に踏ん切りがついた。
俺達のやり取りを不安げに見つめていたルーシィの手を取り、ジェイガとは真逆の方向に走り出す。
振り返りはしない。
立ち止まりもしない。
鼓膜を激しく刺激する爆音が響き渡ったのは、その直後だった。
よぉ、生きてたかって?
ええ、死んでましたよ、色んな意味でw
ってな訳で二ヶ月ぶりの投稿です。みなさんお久しぶり!
相変わらず更新速度が安定しねぇなこいつと思われた方、まったくもってその通り。弁解のしようもございません。今後もこのような事が間々あるかとは思いますが、出来れば物語の最後までお付き合い願えればと思います。
さて、そんなこんなで第三章だった訳ですけれど、如何だったでしょう? バトル中心だったんであんまり話が動きませんでしたね。
一応『グラステッド山脈編』の大まかな流れと結末は決まっているのですが、細かい所はまだまだこれからなんですよねぇ。
書いてる最中に、「あ、こんな展開もありかも。……いや待て待て、こっちの方がいいか?」……なんて作業を延々繰り返しております故、不必要な文章がどんどん溜まっていく始末……。
こうして我が作品のプロットは破綻していくのですw
まぁ愚痴りましたが、小説を書くのは楽しいです、相変わらず。
この先どうなるかまではわかりませんが、今の所楽しいです、ハイ。
ぶっちゃけ次の作品の構想が色々浮かんできて、そいつらがディーン達の物語を邪魔していますw それくらい楽しいです。
あちらこちらへ寄り道しながら、それでも一応前に進みたいなぁとか甘い事を考えたりしていますが、これからも面白い話を書けるよう精進していきたいと思います。
色んな意味で長くなってしまいましたが、これからも更新続けていくので安心してね!w
それでは、また次回!ノシ