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フレイム・ウォーカー  作者: エスパー
宵闇の剣編
105/122

終章 抗う者達の協奏曲

「――結、局ッ!」

 太陽が完全に落ち切り、妖しげな光を放つ月が天空に浮かぶ時間帯。事後処理を行っているギルドメンバーの人達が用意した野営用の仮設テントが、光源のない『名も無き一族』の集落に点々と明かりを灯している。

 その内の一つ。今私が休息を取っているテント内で、興奮した様子のダグラスが、怒鳴り声を上げていた。応酬の相手になっているのは、かなり不機嫌そうな顔をしているバルベラさんだ。

「散々集落の中を捜し回ったが、イアルフスの野郎もリネ・レディアも、どこにもいねぇじゃねぇか! てめぇあの二人の居所知ってんじゃねぇのかよ!?」

「うっさいわねぇ! さっき説明したでしょ!? あの二人とは雑木林の中で逸れたまま一度も会ってないって! いくら私でも逸れた人間の事まで関知出来たりなんかしないわよ!」

 そう……。あれから雑木林を抜けて、廃墟と化したこの集落に辿り着いた時には、ディーンもリネも、行方を眩ませてしまった後だった。

 どこへ行ってしまったのかは全くわからない。

 集落の中に残されていたのは、戦闘によるものと思われる真新しい破壊の痕跡と、集落奥の洞窟内に安置された巨大な謎の壁画と、そして――。

「じゃあ何か!? 何の手掛かりもないまま、あの二人を捜せってのか!? 冗談じゃねぇぞ!」

「……あら。手掛かりならあるじゃない」

 激しい怒鳴り合いを続けていたはずが一変。バルベラさんは急に冷静さを取り戻したかのように、薄く微笑みながら、片手で器用に扇子を広げてみせる。

「多分あの二人の行き先については、『あいつら』が何か知ってるはずよ」

「セルティス・ブラッカー達が、ですか?」

 横から私が口を挟むと、バルベラさんはこっちを一瞥してから、間近にあった木製の丸椅子に静かに腰を下ろした。

 集落の中に残されていたもの。その中には痕跡や壁画だけじゃなく、生きた人間も含まれていた。


 それは、眼を覆いたくなる程の重傷を負ったセルティス・ブラッカーと、ロッソ、メフェリーの三人。


 全身に刻まれた痛々しい擦過傷や、紫色に腫れ上がった無数の打撲痕。幸い、発見が早かったおかげで何とか一命を取り留めた三人だったけど、あと少しでも遅れていたらどうなっていたかわからない。

 私は最初、ディーンがあの三人をあそこまで痛め付けてしまったのかと思った。

 けどすぐに、違うと思い直した。

 ディーンの基本能力が炎だからとか、相手の怪我に火傷があまりなかったからとか、そういう理由で判断した訳じゃない。

 単純に、ディーンはあそこまで酷い仕打ちをしない、と感じたからだ。

 例え相手が、どんな人間だったとしても。

「詳しい事情は知らないけど、あいつらが私達よりも先にこの集落へ辿り着いていた事は間違いないわ。ならここで起きた事も、ディーン達の行方も、あいつらなら知ってる可能性が高いって事よ」

 今はもう完全に落ち着いた様子で、バルベラさんはヒラヒラと扇子を扇いでいる。けれど気のせいか、彼女の横顔はどこか物憂げで、覇気が抜け落ちているように感じられた。

 現在セルティス達は、隣のテントで引き続き治療を受けている。この場にリネさんがいれば、三人の傷を治すのも簡単なんだろうけど……。

 ディーン……、一体どこに行っちゃったの? 無事、なのよね……?

 何となく重苦しい空気が、私達の間に流れている。ついさっきまで捲し立てていたはずのダグラスまで、今は固く口を閉ざしている始末だ。

「――とにかく、あいつらの意識が戻るのを待って、詳しい事情を聞き出すしかないわね」

 どれぐらい沈黙の時間が流れた頃か。不意にバルベラさんが口を開き、広げていた扇子を畳むと同時に勢い良く立ち上がった。

 その顔には、何分か前の暗さのようなものは一切浮かんでいない。仕切り直しとばかりに、畳んだ扇子で私達を差しながら声高に叫ぶ。

「それが済んだらあんた達! 私に付いて来なさい! 一緒に『首都』へ帰還するわよ!」

「はぁ!? 一緒にって、何で俺達が……!」

「文句は受け付けないわ。大体あんた達、ディーンの手伝いだったとはいえ、元々はリーシャの指示で動いてた訳でしょ? なら、同じ依頼主からの指示で動いてた私と行動を共にする事は、別におかしい事じゃないんじゃない?」

「ぬっ……」

 尤もらしい理由を真っ向から突き付けられて、さすがのダグラスも反撃の糸口を掴みかねているらしい。何かを言い返そうとして結局は口を噤む、を何度も繰り返している。

 まさに絶好の機会、とでも思ったのか、バルベラさんは畳み掛けるかのようにこう続けた。

「それに忘れてない? ディーン達を捜すよりも重要な役割が、今のあんた達にはあるはずでしょう?」

「! バルベラさん、まさか……」

「そのまさかよ」

 唖然とする私に向かって、バルベラさんはニヤリと笑って告げる。

「ここで面倒な事後処理を手伝わされるよりは、よっぽど面白そうじゃない。『内通者(ネズミ)』捜しの方が♪」




 ◆  ◆  ◆




 月――。

 太陽と相反するその存在は、『魔術』に於いて重要な役割を持っている。

 自身の満ち欠けによって、『魔術』そのものの力を増幅させるという、不可思議な影響力を。

「漆黒。それは全てを無に帰す色。暗黒。それは全てを覆いし闇」

 月明かりの下、身の丈十メートルにも及ぶ巨大な木々に囲まれた林の中心には――新緑の芝生に覆われた地面には、若紫色の妖しげな光を放つ『魔法陣』が描かれている。

 円の内側に沿って配置されているのは、不可思議な形をしたいくつもの文字列。見る角度によって、単なる記号とも数字とも読み取れるそれらは、淡く明滅を繰り返している。

「封滅、封呪、封印、封殺。縛り付けしその烙印を、我が魔の御手にて打ち払わん」

 円の中心にいる『私達』を囲むように配置された五芒星が、より強く若紫色の光を発し始める。

 瞬間。眼の前に背を向けて佇んでいた男が、『魔術師』がこちらを振り返る。

 ノイエ・ガルバドア。

『黒煉魔法』の使い手たる、『英雄』の中心人物と呼ばれる賢者。

 彼の手には、大柄なその身体とほぼ同じ大きさの、漆黒に染まった大鎌が握られている。

「黒き刃の洗礼よ。黒き煉獄の力よ。この者の深淵に封じられし想いを、今こそ引き摺り出すがいい」

 言霊を、呪文を唱え終えた瞬間、ノイエがゆっくりと振り被る『漆黒の大鎌(ダーク・デスサイズ)』の形状が、音もなく変化した。

 ただでさえ大きく禍々しかった刃の部分がさらに肥大化し、柄の部分がさらに長くなっている。使い手がノイエでなければ、恐らく振るう事すら容易には出来ないだろう。

「『黒煉の洗礼刃(ダークネス・ブレイド)』」

 仕上げとなる『魔法名』を静かに告げ、ノイエが動く。

 鮮やかな弧を描く華麗な袈裟斬りによって、文字通り私の身体は真っ二つに斬り裂かれた。

 けれど不思議な事に、絶叫を上げるような激しい痛みは襲ってこない。

 傷と呼べるような外傷もなく、一滴たりとも血は流れていない。

 それでも確実に、私の身体には変化があった。


 より正確には、思い出す事すら困難だったはずの、私自身の記憶に。


「――――――気分はどうだ、イアルフスよ」

 どれくらい時間が経った頃だろう。

 ただ呆然とその場に立ち尽くしていたから気付かなかったが、いつの間にか地面の『魔法陣』も、ノイエが手にしていたはずの漆黒の大鎌も、忽然と姿を消している。

 不意に一陣の夜風が、緩く私の髪を揺らして、虚空の彼方に消えていった。

「……ああ、最悪。今まで何やってたのかしらね、私……」

 厳格な表情のノイエから視線を外し、意識的に笑ってみる。

 自虐的な意味を込めて。

 無様な醜態を晒し続けた自分への、嘲笑として。

 記憶を……『本当の自分』を取り戻したからこそわかる。やはり、あの時の決断は間違っていたのだ。

 信じてやるべきだった。

 傍にいて、見守り続けてやるべきだった。


 どうしようもないくらいに手が掛かる、それでいて同じくらいに大切な、あの馬鹿弟子の事を。


「……ねぇ、覚えてる? 私が自分の記憶を失くしてしまいたいと願った時の事……。情けなく懇願する私に、あんたが言った言葉を……」

「……忘れる訳などない。忘れる訳がなかろう」

 寡黙な男の短い返答には、ある意味では優しさが、またある意味では厳しさが、せめぎ合うかのように混在していた。

 例え記憶を失くしてしまっても、そんなものは一時の逃避にしかならない。

 かつてボルガ・フライトと馬鹿弟子の秘められていた関係を知り、苦悩し、現実から逃げ出した愚か者に、眼の前の男が告げた言葉だ。

 その通りだった。現実は、どこまでも私を追い掛け、追い詰めてきた。

 せめて真実が明るみに出るのを防ごうと、何も告げずに置き去りにしたはずの、大切な存在すら巻き込んで……。

「贖罪を望むのか、ミレーナ・イアルフスよ」

「当たり前でしょ。腐っても……、私はまだ『魔術師』よ……!」

 悲嘆に暮れている暇はない。そんなくだらない事は後回しだ。

 一度逃げたと言うのなら、もう一度立ち向かえばいい。

 戦う気力が失せたと言うのなら、もう一度奮い立たせればいい。

 そうしなければ、きっと私は、永遠に巡り逢えないままだろう。

 今もどこかで、運命に抗おうとしている馬鹿弟子に……。ディーン・イアルフスに!

「……では行くとしよう。貴公が望む場所へ、我と共に」

 返事を待たずに身を翻し、ノイエはまるで、夜空に浮かぶ月を目指すかのように歩き始める。

「全く……、どっちが馬鹿かって話よね」

 自虐でも嘲笑でもない笑みが、唇の端に自然と浮かぶ。

 もう歩みは止めない。前へ進み続けるんだ。

 私は『深紅魔法』の使い手、ミレーナ・イアルフスなのだから。

話数三桁突入! そして漸く『宵闇の剣編』終幕!

いやぁー色んな意味で長かった! 我ながらよく最後まで持ってこられたな俺!w



とまぁ自画自賛はこれぐらいにして。

何だか色々なものを置き去りにして次の編へ続いてしまった気がしないでもないんですが……。

ミレーナさんの記憶に関しては突っ込みどころ満載ですよね、自分で言うのもなんですけど。

やっぱりこの構成力の甘さがプロとアマの差なんでしょうか。

まぁ色々と差があり過ぎて挙げ出すとキリがないんでこの話は止めときましょうww


そんな訳で『宵闇の剣編』はこれにて終幕となります。

次回から『グラステッド山脈編』が始まります!

乞うご期待!w

では!ノシ

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