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フレイム・ウォーカー  作者: エスパー
宵闇の剣編
102/122

幕間四 Perspective of azure master

「漸く一段落って所ですね……」

 随分と疲労感に満ちた声を耳にして、何となく物思いに耽っていたバルベラは意識を覚醒させる。声の主は、傍らで地面に腰を下ろしている牡丹色の髪の少女だ。

 シャルミナ・ファルメと名乗る彼女は、バルベラと同じ『魔術師』であり、ディーン・イアルフスが旅の途中で出会(でくわ)した、『烈風魔法』なる『魔術』を操る十代の少女だ。

 恐らく『魔術師』としての経験の浅さから、乱戦に慣れていないのだろう。傍目から見ても疲労困憊と言える様子の彼女は、両足を投げ出すようにして地面に座っている。

 とはいえ、彼女の辛さが全くわからない訳でもない。

 つい数分前、『宵闇の剣』の面々や『ゴーレム』の群れとの乱戦状態から、本当に漸く脱したばかりなのだ。シャルミナだけでなく、応戦していたギルドメンバー達は、各々が疲労の色を濃くした表情で地面や周囲に散乱したゴーレムの残骸に腰掛け、一時の休息を取っている。

 が、もちろん私は、彼らのような格好でへたり込んでなどいない。

 その辺の輩とは、踏んできた場数が違うのだから。

「この程度で音を上げてるようじゃあ、まだまだね。『魔術師』としては未熟もいいとこだわ」

 広げた扇子を口許に当てつつ、傍らの少女に苦言を呈してみる。すると案の定、やや弱々しい声が返ってきた。

「はぁ……。バルベラさんは、全然余裕って感じですね……」

「当たり前でしょ。私を誰だと思ってんの?」

「あはは……」

 未熟と告げた事に対して、何ら反論を返そうとしない少女に、バルベラは拍子抜けした気分になった。

 こういう時、あの金髪(、、、)なら一言でも二言でも嫌味を返してくるというのに、全く張り合いがなくてつまらない。

(……ま、あの女と比べる事自体、おかしいと言えばおかしいか)

 力無く笑っているシャルミナから視線を外すと、丁度もう一人、ディーンの旅の連れだと言うギルドメンバーの男が、周囲の瓦礫を器用に避けながらこちらへ近付いてくる所だった。

 左耳に、逆さまになった三角錐型のピアスを付けたこの男の名は、アルフレッド・ダグラス。シャルミナに比べれば色々と生意気な口を利く輩だが、それに見合うだけの経験を積んでいるのは確からしい。

「どんな感じ? 雑魚共の選別状況は」

 早速の状況確認をどういう意図だと受け取ったのか、アルフレッドは渋い顔を作りながら応じる。

「五割強は終わった、って所だな。何せご覧の通りの有り様だ。全ての『ゴーレム』を破壊したのは間違いねぇが、『宵闇の剣』の連中は散り散りにどこかへ消えちまって、身柄を拘束出来てねぇ奴が何人もいる。俺が戦ってたロッソって奴も、戦いの途中から姿が見えねぇままだしな」

 煩わしげに語りつつ、アルフレッドはふとバルベラの隣に視線を向け、実に事務的な口調で、

「てめぇが戦ってた奴は?」

 と端的に告げた。

 どうもこの二人、反りが合わないらしく、バルベラがディーン達に合流する前から、ずっとこんな調子らしい。現に今シャルミナの眉間には、少しだけ(しわ)が寄っている。

 なるほどディーンが嘆いていた通り、この二人の関係改善は全くと言っていいほど進んでいないようだ。

 ……だからどうした、とバルベラは適当に考えるのを止める。

「多分あんたと同じよ。――ホラ、さっき戦ってる最中に、雑木林を覆ってた霧が消えて、大きな火柱が見えた事があったでしょ? 私あの時、一瞬だけそれに気を取られちゃったんだけど……。現象が治まって気付いた時には、もうあの娘、いなくなってたわ」

「……そうか。やっぱあの火柱、イアルフスの奴が起こしたモンだったのか?」

 まるで答えを求めるかのように、アルフレッドは再びバルベラの方へ視線を投げてきた。

 煩わしさの証として、短く溜め息を吐く。

「随分簡単な質問ねぇ。今この近くにいる人間の中で、あんな事出来るの、あの紅髪(あかがみ)くんしか考えられないでしょうよ。……ただ……」

 そう……、ただ一つだけ、気掛かりな事はある。

 乱戦の最中、雑木林の奥に見えたあの巨大な火柱の性質は、ミレーナ・イアルフスが行使していた『深紅魔法』のそれとは、どこか違っているように感じられたのだ。

 例えるなら、闇の深淵のように暗く重苦しい、まさしく地獄の劫火と呼べるかのような炎。そして自らの記憶の中に、あんな禍々しい炎を操るミレーナ・イアルフスの姿は存在していない。

 全く同じ『魔術』を継承しているにも拘らず、果たして師匠と弟子で、あそこまで炎の質が変わってしまうものだろうか?

 あれは単なる錯覚だったのか、それとも……。

「ただ……、何だ?」

 我知らず、深い思考の中に沈んでしまいそうだったバルベラは、訝しげなアルフレッドからの問いで我に返らされた。

(……あーもう止め止め。何だってこの私が、あの女の事であーだこーだと思い巡らせなきゃいけないのよ、馬鹿馬鹿しい)

 内心で大きく頭を振り、僅かに芽生えた不審感を意識の隅へと追いやる。

「いえ、ただの独り言よ。大した事じゃないわ」

 そうだ、あんなものは別に大した事ではない。例えあれが『深紅魔法』とは別の力だったとしても、それは自身には全く関係のない事で、興味を持つべき事でもない。

 あの紅髪(あかがみ)の師匠は、金髪『魔術師』ただ一人。気に掛けてやるのは自分の仕事ではないのだ。

「さて、それじゃあ事後処理は他のギルドメンバーに任せて、私達は雑木林の奥に向かいましょうか。あの妙な霧も晴れたようだし、今度こそ集落に辿り着けるはずよ」

 そもそもこんな所で足止めを喰らったのは、あの妙な霧のせいだ。恐らく『魔術』による妨害だと思われるが、理由はどうあれ消えてくれたのなら好都合だ。

 先陣切って歩き出そうとするバルベラを、しかし背後から呼び止める声が響く。相手はもちろん、先程から不満げな表情を浮かべているピアスの青年だ。

「おい、ちょっと待て。人様を無理矢理巻き込んだ割には随分勝手じゃねぇか。何でこんな状況に陥ったのかくらい、いい加減説明したらどうだ。大体、本当にこの先にイアルフス達がいるのかよ?」

「あーもう五月蝿(うるさ)いわね……。ハイハイ、説明でも何でもしてあげるわよ。グチグチ文句言ってないで、さっさと付いて来なさいピアス男子」

「……てめぇ……」

 かなり不服そうな声を漏らしたアルフレッドは、立ち上がったシャルミナと何やら面白くなさそうな会話を交わした後、鬱陶しそうに溜め息をついて歩き出した。

 とにかく、さっさとディーンと合流して、リーシャからの依頼を終わらせるに限る。

 馴れ合うのは好きではない。

 どう考えても、一人の方が性に合っているのだから。

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