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フレイム・ウォーカー  作者: エスパー
宵闇の剣編
100/122

第十三章 約束と、衝突と -Look away from the fact-

 ディーンが洞窟の外に出ていってしばらくすると、不思議な事が起きた。

 洞窟内の光源として燃え盛っていた松明の炎が、帯状に形成され、まるで何かに引き寄せられるように、次々と洞窟の外に向かって流れ始めたのだ。

 この光景には見覚えがある。

『テルノアリス襲撃事件』の際、ディーンが発動した『魔術』による炎の従属現象。

紅の詩篇フレイム・リーディング』と呼ばれる、『深紅魔法』の真髄によって引き起こされているもの。

 そんな力をディーンが発動したという事は……。

「洞窟の外に、敵がいる……?」

 現状に於いて、ディーンと敵対し得る人物。いくつか心当たりはあるが、最たる者は一人しかいないだろう。

 昨日『サランドロ』で遭遇した、セルティス・ブラッカーという女性剣士。傭兵集団『宵闇の剣』の団長として、何者かに依頼され、リネ達の命を狙っている彼女なら、ここにいても何らおかしくはない。

 無論、それ以外の可能性も考えられるが、今ディーンが一人で戦っているのは間違いない。

 だったら自分も――!

「リネさん」

「!」

 洞窟の外に向かおうと足を踏み出し掛けた瞬間、まるで制止するかのような声が背後から掛かった。と同時に、光源を奪われ漆黒に塗り潰されていた洞窟内が、なぜかぼんやりと明るくなる。

 不思議に思って振り向くと、アウィンの右手にはいつの間にかランタンが握られていて、それが煌々と明かりを放っている。

 ランタンの明かりが消えなかったのは、ディーンの能力が収束したからなのか。それともこのランタン自体に、何か特別な細工でも施してあるのか。

 いずれにしろ、光源を手にするアウィンは、なぜか厳しい表情を浮かべ、リネの事を食い入るように見つめている。

「……? あの、どうかしたんですか?」

「……このような言い方は不適切なのでしょうが、彼がこの場からいなくなってくれて良かった。これであなたと一対一で、話し合う事が出来る」

「えっ?」

 この場合の『彼』とは、どう考えてもディーンの事だろう。

 いなくなって良かったという、やや不穏な言い回しが、少しだけリネの警戒心を煽る。

「安心してください。何もあなたに危害を加えようとしている訳じゃありません」

 あくまで冷静な態度を崩さないアウィンは、リネを宥めようとするかのように、柔らかく微笑んでみせる。

 それでもリネは、すぐに警戒を解かなかった。

 いつもディーンがしているように、慎重に相手との距離を測りつつ、会話を続ける。

「じゃあ、どういう意味なんですか? 今ここにディーンがいたら、何か都合が悪い事でも――」

「それがあるのはリネさん……、あなたの方でしょう?」

「!」

 蒼い双眸に見つめられ、心を深く抉るかのように鋭く指摘され、リネは何も言えなくなってしまう。

 早く言葉を発さないと核心を突かれてしまう。何もかも全て、暴かれてしまう。

 そう思えば思う程、焦れば焦る程、唇が石化したかのように硬直していく。

「あなたはただ事実を認めたくないから、そうやって見ないフリ(、、、、、)を続けているに過ぎない。でも、本当は気付いてるんですよね?」

 ただ呆然とするしかないリネに向かって、ついにアウィンは口にした。

 ひた隠しにしてきたはずの、誰にも語らなかったはずの、とある事実を。


「あなたの持つ『治癒』の力が、弱まり始めていると」


 呼吸が、止まるかと思った。

 どうして彼女は気付いたんだろう?

 どうして彼女が気付けたんだろう?

 破裂しそうなほど心臓の鼓動が高まり、頭が混乱して何も言い返せない。言葉を紡ぐ事が出来ない。

 彼女の言う通り、確かに見ないフリをしていた。

 前兆は……兆しはあったはずなのに、その事実から目を背け、誰にも相談せずにここまで来た。

 気の流れを読むという、『蒼司』一族の能力。

 アウィンがこんなにも簡単にリネの秘密を見抜いてしまったのは、その力があったからなのだろうか。

「……どうして、ディーンの前で言わなかったんですか?」

 冷静さを取り戻そうとどうにか絞り出した声が、洞窟内に反響していく。

 それに耳を澄ませているかのように、アウィンは少し間を開けてから口を開いた。

「ここへ来る途中、ディーンさんとあなたの会話を聞いていて、何となく思ったんです。あなたはご自身の力の事について、触れられたくない何かがあるのではないか、と。そしてそれについて、あなたが触れられる事を一番恐れている相手が、誰なのかという事も……」

「……」

「いつからですか? ご自身の力に、違和感を覚え始めたのは」

「……一週間と少し前くらい、だったかな」

 きっかけは、『サランドロ』から『首都』へ帰還した直後の事。

 元老院からの召集命令を受け、ディーンが一人で『テルノアリス城』へ赴いていた時。リネは街中で、不思議な雰囲気を放つ人物に遭遇した。

 初対面で、一目見ただけで、その人物はリネにこう言い放ったのだ。


『キミ、随分と珍しい力を持っているようだね』


 一瞬、言葉の意味が理解出来ずにいたリネは、その人物と擦れ違う間際に囁かれた台詞に、言いようのない不安を感じた。


『その力をどう使おうとキミの勝手だが、あまり使い過ぎない方がいい』

『さもないと――』


 さもないと……、『消えて』しまう。

 それが、リネの耳にいつまでも残り続けた、不吉な言葉だった。

 予言めいた意味深な言葉を残したその人物の正体が、『精霊指揮者ゴースト・コンダクター』の首領、ボルガ・フライトだった事は後から知った。

 そして、それをなぞるかのように、異変はすぐに起こった。

『首都・テルノアリス』を舞台にした、『精霊指揮者ゴースト・コンダクター』との戦闘。その最中に怪我を負ったジンを治療していた時。その違和感は初めて現れた。

 ほんの少し……本当に少しだけ、『治癒』の力が上手く働かない。その違和感は日を追う毎に、力を使う度に、少しずつ大きくなっていった。

『ブラウズナー渓谷』で、ジェイガを治療した時。

『首都』に帰還して、重傷を負ったジンを治療した時。

『魔術の館』で、怪我を負った職員の人達を治療した時。

 そして昨日の夜、『宵闇の剣』の人達を治療した時。

 まるで『治癒』の力が、徐々に形を失って消えていくかのように、リネの中で違和感は大きくなり続けている。


『「消えて」しまうよ?』


 そうして違和感を覚える度に、ボルガ・フライトが発したあの不吉な言葉が、脳裏に木霊すようになった。

 彼が言っていた『消える』とは、いずれ『治癒』の力が使えなくなってしまう、という意味で口にしたのか、それとも……。

「……お仲間に、ディーンさんにすらその事実を伝えずにいるのはやはり……恐ろしいから、ですか?」

「……それも、あります。でもそれだけじゃないんです」

 どこか労わるかのような表情を浮かべているアウィンに問われ、リネはゆっくりと首を横に振る。

 自分の身に起こっている異変が何なのかわからない。

 不安もあるし恐怖もある。一体自分がどうなってしまうのかなんて、出来れば考えたくもない。

 けれど、そんな負の感情を全部呑み込んででもみんなに……特にディーンには、嘘をつき続けようと決めたのだ。

 不安を感じさせてはいけない人だから。

 一番大切な人だから。

「この現象がどういう意味を持ってるにしろ、みんなには余計な心配を掛けさせたくない……。それにあたし、ディーンと約束したんです」

 アウィンを真っ直ぐ見つめ、自分の思いを精一杯言葉にしながら、リネはかつての出来事を思い返す。

 あの荒野の遺跡で、ディーンと交わした言葉を。

 約束と呼ぶには一方的過ぎる、彼に向けて告げた、誓いの言霊を。

「あたしは絶対、ディーンの前からいなくなったりしないって。どこにもいかないって。ずっと……ずーーーーーーっと、ディーンの傍にいるよって。約束……したんです」

 ふと気付くと、視界がなぜか薄らとぼやけている。アウィンの表情が揺れて、歪んで、ハッキリと見えなくなる。

 その理由は、本当に簡単な答えだった。

 いつの間にか、両目に涙が溜まり、溢れそうになっているからだ。

(……何であたし、泣いてるのかな……)

 自分の感情のはずなのに、なぜか理解が及ばない。

 悲しむ必要も、辛く感じる事も、何一つないはずなのに……。

「だから、その約束を交わしたディーンさんには、不安にさせるような事は言えない、と?」

「……」

 瞳に滲んだ涙を右手で拭い、アウィンに頷き返す。

 そうだ、悲しむ事など何もない。

 ディーンがミレーナとの約束を守り抜こうとしているように、自分もディーンとの約束を守り抜くんだ。例えそれが、一方的なものだとしても。

 自分で言うのもなんだが、意地張っている子供みたいだ。……と、内心で苦笑していたリネは、ふとアウィンと目が合った。

 彼女は相変わらず厳しい表情を浮かべたままだが、それでもリネの気持ちを汲んでくれたのか、静かに頷いた。

「わかりました。リネさんがそう仰るのなら、私に止める資格はありません。いつかあなたが、自分の口で大切な人に告げるその時まで、私も口外しない事を誓いましょう」

「……ありがとうございます、アウィンさん」

「――ですが」

 安堵の息を吐き掛けた時だった。

 まるで、この話はまだ終わっていないと示すかのように、アウィンの口調がやや重いものに変わる。彼女は一旦目を伏せると、声を失ったかのように黙り込んでしまった。よくわからないが、その様子は何かを躊躇っているように見える。

 涙を拭った両目でアウィンを見つめていると、彼女はやがて顔を上げ、意を決したかのように口を開く。

「先ほど言いましたよね? 『デス・ベリアル』召喚の対抗策となる『対極召喚』を行う為には、こちらもある程度の準備といくつかの手順を踏む必要がある、と」

「……はい」

「『対極召喚』を行う為にまず必要となるのは、『精霊』を呼び出す為の、『寄代』となる人間です」

「……!?」

『精霊』を呼び出す為の、『寄代』となる人間。

 言葉の意味はわからないが、それでも、不穏な空気が漂っているのは明らかだった。

「……あなたの決意を聞いた上で、こんな事を口にするのは非常に心苦しいのですが……、あなたは『精霊術』と『光』の『属性』、二つの力をその身に宿す存在。恐らく今、この大陸の中で『条件』を満たし得るのは、あなたを於いて他にいない」

「あの……、何の話ですか?」

 話の流れが急過ぎて、理解が追いつかない。『条件』とは一体、何を指しているのか?

 思わず首を傾げそうになるリネに、アウィンはまるで、追い討ちを掛けるかのように、厳しい口調で言い放つ。

「あなたが『精霊』の『寄代』となって、『ホーリー・ディバイン』を現出させるのです。『妖魔』一族の末裔、リネ・レディアさん」




 ◆  ◆  ◆




 振り下ろされた黒い刀身が、薪割りの如く鋭く地面を裂く。

 後方に飛び退って漆黒の凶刃を躱していた俺は、僅かな安堵から短く息を吐いた。

 互いの間合いが開き、ほんの一瞬だけ訪れる休息。

 だが敵も、当然ながら待ってはくれない。

 ものの数秒で距離を縮め、俺に追い縋ったセルティスは、速度の乗った三連突きを容赦なく放つ。

 一撃目と二撃目は、紅い大剣を接触させる事で突きの軌道を無理矢理逸らし、回避する事が出来た。

 しかし三撃目。躱し切れるという慢心が生まれたせいか、ついに俺は最後の攻撃を逸らし損ねてしまった。

 闇夜を思わせる黒い刃が、俺の右肩を浅く抉り取る。

「ぐっ……!」

 痛みに悶えながらも、俺はどうにか左脚を振り上げ、セルティスの右肩に足刀蹴りを叩き込んだ。

 一瞬よろめいたセルティスの胴を狙い、右側から即座に水平斬りを放つ。

 しかし、あと数センチで紅い刀身が届こうかという所で、セルティスの身体は垂直に跳び上がり、こちらの攻撃を紙一重で回避してみせたのだ。

 思わず目を瞠る俺を尻目に、落下してきたセルティスは俺の左肩を踏み台にして、もう一度高く跳躍した。

 俺が背後を振り向くのと、セルティスが地面に静かに着地するのはほぼ同時だった。

 バサッという音と共に、黒いコートがやや遅れて纏まる。

「いいねいいねぇ♪ まだ若いのにこれだけ戦えるとは驚きだ。素直に称賛させてもらうよ」

「……そりゃどうも」

 随分楽しそうに話すセルティスの表情には、焦りや気負いといった感情が全く見受けられない。どうやら本当に、心の底から今の状況を楽しんでいるらしい。

 そんな余裕たっぷりな女剣士のお世辞を軽く聞き流し、俺は自分の手元に視線を落とす。

『深紅魔法』の中でも最強の威力を誇るであろう、『大紅蓮の炎帝剣(ブレイズ・アスカロン)』。

 その自負を証明するかのように、紅き炎の大剣は、セルティスの黒い長直剣と何度ぶつかろうと全く揺らぐ気配を見せない。自分の力で生み出した剣だというのに、その姿を他人事のように頼もしく感じてしまう。

 どうやら『紅の詩篇フレイム・リーディング』を使用したのは正解だったようだ。

 これならセルティスと互角に戦える。

 戦う事が、出来る。

「ほらほら、ボサッとしてたら怪我するよッ!」

 砂塵が舞い上がらんばかりの強さで地面を蹴り付けたセルティスは、獲物を追う狩人の如く、こちらに向かって猛然と疾走してくる。

 弾かれたように気を引き締め直した俺は、『大紅蓮の炎帝剣(ブレイズ・アスカロン)』を両手で握り、紅き大剣を三度大きく振るった。

 一振りする度、刀身から生まれ出る炎の波濤。まるで三日月のような形をしたそれは、直進するセルティスに次々と襲い掛かる。

 だが女剣士は一寸たりとも怯まず、どころかさらに前進する速度を上げ始めた。

 そして続け様に、

 一つ目の炎を袈裟斬りで打ち消し、

 二つ目を水平斬りで薙ぎ払い、

 三つ目を逆袈裟斬りで封殺する。

 さながら舞踏の演技を披露しているかのような華麗な動作の連続で、セルティスは瞬く間に俺の眼前へと辿り着いてしまう。

 再び放たれた袈裟斬りを炎の大剣で受け止め、俺は至近距離でセルティスと睨み合った。

 ギリギリと鬩ぎ合う紅と黒の刀身は、互いが込めた力の強さを現しているかのように、小刻みに震えている。

「ねぇ、ボウヤ」

 ボウヤ扱いは相変わらずか、と思いっ切り顔に出してやったが、セルティスはどこ吹く風といった様子で言葉を続ける。

「どうしてキミは、『魔術師』なのに人を殺そうとしないんだい?」

「!」

 思いも掛けない言葉だった。

『依頼主』とやらからこっちの情報を得ている以上、こいつが俺の信条としている事を知っていてもおかしくはない。問題なのは、なぜこの局面でそれを口にしたのかという事だ。

 純粋に疑問を感じていたからなのか。もしくは、何らかの意図があって発せられたものなのか。

 俺の表情からこちらの困惑を読み取ったのだろう。黒い刀身の向こうにあるセルティスの顔が、緩い笑みを湛える。

「何、ちょっとした好奇心さ。キミの事を『依頼人』から聞いた時に、キミが殺人を是としない『魔術師』だって耳にしたもんでねぇ。一体どういう志を持ってんのか、少し気になったんだよ」

「別に何でもいいだろ。あんたには関係のない事だ」

「冷たいねぇ……。いいじゃないか教えてくれたって。せっかくこうして一対一で戦ってんだから、さぁッ!!」

 叫ぶと同時に、一際力を込めて振るわれたセルティスの剣によって刀身が弾き返され、俺は後退を余儀なくされた。

 踏み止まった瞬間、俺の胴を狙って繰り出される黒い突き。

 俺は先程のセルティスに負けじと地面を強く蹴り、後方にさらに距離を取る事で死の一撃を回避した。

 着地した途端、刃のような鋭さを帯びた声が飛んでくる。

「人として当たり前の正義感? それとも命の重さとやらを重視する自分自身への陶酔? 立派と言やぁ聞こえは良いが、ワタシからすればお利口さんぶってるようにしか見えないね」

「……何が言いたい」

「自分の気持ちに正直になれって言ってんのさ。ボウヤだって聖人君子じゃないだろ? こうして戦う者として生きてる以上、殺意を抱く程の敵に遭遇した事もあるはずだ。なのにどうしてボウヤは、これまで戦った相手を誰一人殺そうとしなかったんだい? 『人殺し』と揶揄される『魔術師』が! 殺傷に特化した技術を持った異能者が! いつまで猫被って正義の味方ごっこやってるつもりだって聞いてんだよ!」

 率直な疑問を言霊に変えながら、女剣士は吠えるかのように叫ぶ。

 そういえばこいつの仲間、メフェリー達も同じように俺の事を揶揄していた。その事から考えても、同じ傭兵集団の一員として、こいつらには『魔術師』に対して何かしら特別な感情を抱いている節があると言える。

『人殺し』、か……。そう呼ばれる事に何の抵抗もないと言えば嘘になる。セルティスの言う通り、戦いの中で相手に殺意を抱く事も少なからずあった。

 だけど、それでも。

「俺は……、自分の師匠と約束したんだ」

「……約束?」

 怪訝そうな表情を浮かべ、セルティスは徐に構えを緩めた。

 本当なら、この隙に乗じて一撃喰らわせるのも一つの方法なのだろうが、生憎今の俺にはその手段は取れそうにない。

 まずは目の前の女にもわからせてやらなければならない。

 俺がどんな信念と覚悟の下、戦っている人間なのかという事を。

「あんたからすればバカみたいに見えるだろうけど、俺が『魔術師』になろうと……目指そうと思ったのは、師匠と約束を交わしたからだ。『魔術師』がただの『人殺し』なんかじゃなく、誰かを守り続けられる存在なんだと証明する。そう誓いを立てたからだ」

 無意識に、ほんの僅かだけ炎剣を握る力が強くなる。

 感情が徐々に高まり、ハッキリと熱を帯びていく。

「だから俺は、何があろうと『魔術』で人を殺さない。殺す訳にはいかない。自分の『存在意義』を貫く為に、俺は死ぬまで人を守る『魔術師』であり続ける。……だからあんたが何をどう言おうと、俺は自分の生き方を変えるつもりはない」

 炎剣を構え直し、強くセルティスを見据える。

 そう。この約束を守り抜く為にも、負けられない。負ける訳にはいかない。

 自らの意志を示した俺に対し、しかしそれでも尚セルティスは、その表情に嘲笑の色を滲ませる。

 滲ませ、いとも容易くこう吐き捨てた。


「詭弁だね」


「!」

 セルティスが即座に発したその言葉に、俺は腹の底に響くような衝撃を受けた。

 遠慮なくぶつけた思いの丈をあっさりと切り捨てられたから、ではない。今更になって、漸くセルティスの異変に気付いたからだ。

 思いを吐き出す事で感情が高ぶり始めていた俺と同じく、奴も徐々に自身の感情を露わにし始めていたのだ。

 暗く、重い、明かりの見えない闇夜のような、負の感情を。

「あーーーーッ、くだらねぇくだらねぇ! そんなもんただの理想論だろうが! 偽善ぶってるだけだろうが! 『魔術』で人を殺さない? 人を守る『魔術師』であり続ける? ハハハッ、笑わせんなッ! てめぇみてぇな餓鬼一人が粋がった所で、『魔術師』に対する世間の猜疑心は消えやしねぇんだよ!」

 ガンッ! という鋭い音が、地面に黒い刀身が叩き付けられた事で生み出された。

 肌を刺すかのような威圧感が、セルティスから惜しげもなく発せられている。

 この感情は、怒り……?

「てめぇの師匠は『英雄』だとか呼ばれてちやほやされてるようだが、そんなもんはただのまやかしだろ! 現にてめぇの師匠は『倒王戦争』で多くの人間を殺してる! 『魔王』討伐を言い訳にして、殺戮を楽しんでただけだろうが!」

「! 楽しんでた、だと……!?」

 セルティスの勢いに呑まれ掛けていた俺は、聞き捨てならない台詞を耳にして息を吹き返す事が出来た。

 殺しを楽しんでただって? ミレーナが? そんな事、天地がひっくり返ってもある訳がない。

 確かにミレーナが背負った罪は、一生消える事はないだろう。彼女もそれがわかっているからこそ、『英雄』と呼ばれる事を一度も誇らしげに語らなかったんだ。

 しかしだからと言って、ミレーナが快楽殺人者のように非難されるのは我慢ならない。

 俺だって、戦争当時のミレーナの事を全て知っている訳じゃない。

 だけどそれでも俺は、彼女と十数年間一緒に暮らしてきた。

 色々な表情を見てきた。

 色々な言葉を聞いてきた。

 その胸の内に抱える柵に、想いに、ほんの一瞬だけでも触れてきた。

 だから俺なら否定出来る。

 セルティスの心無い侮蔑の言葉を。悪意に満ちた雑言を。

「ふざけた事抜かしてんじゃねぇ! てめぇが師匠の……ミレーナの何を知ってる!? あの人がどれだけ苦しみ、どれだけ悲しんだかを知りもしねぇ奴が、好き勝手にほざいてんじゃねぇ!」

「あー知らねぇよ! 『人殺し』共の人生観なんざ知りたくもねぇ! まぁ所詮、悲劇の主人公を気取ってる程度のもんだろうけどさぁ!」

「てッ、めぇ……ッ!」

「ハハッ、そうさそれでいい! もっと怒れ、もっと憤れ! 憎しみの感情を募らせろ! その上でワタシに挑んで来な! そいつを思いっ切りブチ撒けても尚、ワタシを殺さずにいられるか見極めてやるよぉッ!!」

「――ッ!!」

 安い挑発だとわかっていても、セルティスの言う通り激しい負の感情は募っていく。

 こいつは俺の師匠を侮辱した。あろう事か、ミレーナが楽しんで人を殺していたとまで口にしやがった。

 こうなればもう、俺に出来る事はただ一つ。

「いいぜ……。ならあんたにも証明してやるよ」

 ギリッと、今まで以上に紅い柄を握り締め、難敵にして最早仇敵とも呼ぶべき女剣士を睨み付ける。

「俺はただの『人殺し』じゃない。誰かを守る為に戦う『魔術師』だってな!」

 烈火の如き怒号を合図に、俺達はほぼ同時に最初の一歩を踏み出した。

 疾走を開始してものの数秒。再び紅と黒の刀身が衝突し、鍔迫り合いの格好になる。

 が、それも長くは続かない。

 またもやセルティスが刀身を弾き返し、がら空きになった俺の腹へ、鋭く蹴りを叩き込んできた。

 回避は間に合わず、まともに喰らってしまった俺は、身体をくの字に曲げて後ろへ蹴り飛ばされてしまう。

「がはっ!」

 腹部を襲う圧迫感と、鈍い痛み。さらに無重力状態を体感する事約一秒。気付けば俺は、地面の上を激しく転がっていた。

 追撃が来る――!

 即座にそう判断し、転がる身体を無理矢理停止させ、どうにか起き上がる。

 その瞬間、頭上に漠然とした違和感を覚えた俺は、前方に思いっ切り身体を投げ出した。

 直後、隕石の如く落下してきたセルティスの黒い一撃が、地面を割ると同時に大量の砂塵を巻き上げた。

 前転して瞬時に身体を反転させた俺の視界に、砂塵の中からゆっくりと立ち上がるセルティスの姿が映り込む。

 かつて相対したジェイガ程ではないが、黒い刀身を振り翳すその姿は、宛ら死神のようだ。

 だが怯んでなどいられない。

 慄いている暇などない。

 奴が再び動き出す前にと、俺は『大紅蓮の炎帝剣(ブレイズ・アスカロン)』を横一文字に振るうと同時に、突風の如く駆け出した。

 前進する俺を置き去りにする程の速度で、三日月状の炎の波濤が突き進む。

 対してセルティスは、予想通り回避を選ばなかった。

 黒い長直剣を下から掬い上げる形で振るい、炎の波濤を難なく粉砕して見せる。

 その光景を俺は、地上からではなく空中から眺めていた。

 奴が剣を振り上げる直前、未だ辺りに漂う砂塵を隠れ蓑にして、俺は高く跳躍していたのだ。

 炎を、セルティスを跳び越して背後へと着地し、同時に渾身の突きを、奴の右肩目掛けて放った。

 吸い込まれるように伸びてゆく紅い刀身。

 だがやはり、セルティスの身体能力はこの上なく高いものだった。

 刀身が肩に触れる寸前で、セルティスの身体が大きく左に逸れたのだ。

 またもや回避されたかと思った瞬間。恐らくは、こちらの一撃がほんの一瞬早く、奴の服を掠めたのだろう。『大紅蓮の炎帝剣(ブレイズ・アスカロン)』の能力発動の証として、セルティスの右肩から紅い爆炎が噴き上がった。

「ぐっ……!!」

 小規模ながらも爆撃を受けたセルティスの身体が、明らかに揺らいだ。

 このまま一気に畳み掛ける――!

 思うが早いか大剣を引き戻した俺は、高く上段に掲げたそれを、一気に振り下ろした。

 狙うは、つい今し方、爆撃に晒されたセルティスの右肩。剣を振るう為の腕を封じてしまえば、相手の戦闘力をいくらか削り取れる。

 そう考えて放った一撃だったが、しかし、読みが甘かった。

 大きく揺らいだかに見えたセルティスが、素早く身体を反転させ、上段から襲うはずだった俺の一撃を難なく防いでしまった。

 右肩を負傷しているのは間違いない。現に今セルティスは、俺の攻撃を防いだ瞬間、微かに苦悶の表情を浮かべたのだから。

「ホント、憎らしいほど戦い慣れたボウヤだねぇ。『炎を操る者(フレイム・ウォーカー)』って『通り名』は伊達じゃないって訳かい」

「甘く見ると火傷するって言っただろ。悪ぃけどこのまま押し切らせてもらうぜ」

「……さぁて、そう上手くいくもんかねぇ?」

「……!?」

 セルティスが言い放った嘲笑とも取れる言葉に、俺は一抹の不安を覚えた。

 まるで予言のような不吉な言葉。悪しき言霊を口にすると同時に、セルティスは三度俺の剣を大きく弾き返した。

 まさにその瞬間。

 紅き大剣『大紅蓮の炎帝剣(ブレイズ・アスカロン)』の刀身が軋み、そして――

 俺の切り札が無残にも、粉々に砕け散ってしまった。

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