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無題――∀∃!

作者: イプシロン
掲載日:2026/05/25


    ∀


  本当の君を見ようと眼をとじた

  本当の君が見えなく頬をよせた

  それでも本当に感じられなくて

  神々に千回祈って百年を生きた


  氷雨(ひさめ)に打たれた若き日の君と僕

  あの印象を思いだして気づいた

  あれは僕自身の感覚だったのだ


  それが本当かしかと確かめたく

  あの世にいる君に逢いにいった

  君がいないと知って涙も枯れた


  僕は繭に閉じ籠って膝を抱えて

  本当のことをはっきりと知った

  僕は繭の内張りの銀幕を見たり

  恐ろしく薄い膜の向こうを見て

  そしてまた君の体温を感じてる

  ほら今も君の本当の姿が見える


  すべては繭の()せる(わざ)だけれど


  千年の月日が流れ去り今ここで

  僕は過去を思って未来を見てる

  太陽を八分ほど前に離れた光が

  今ここにいる僕を酷く苛んでる


  本当の君を見ようと眼を開いた

  本当に君が見え頬を擦りよせた

  どうすればその瞬間が来るのか

  エンキドゥーよ僕は知っている


  僕はいま蛇を探そうか悩んでる

  夏に降る天泣(てんきゅう)が涼しく粗酔(そよい)でる



    ∃!


  言葉を忘れてしまったなら

  見えるもの聞こえるもの

  触れるもの香るもの

  そして味


  言葉を忘れてしまったなら

  愛の呟きもいつか忘れさる

  言霊もやがては天へ還るだろう

  千年を過ぎても忘れないのは

  君の顔立ちと動く生きた映像だけ


  本当の君を見ようと眼を開いても

  本当の君を見ることは出来なかった

  けれど

  本当の世界をこの眼に焼き付けることは

  悪くないのかもしれない……

  そう思いながら僕は

  僕の銀幕を愛せるかと怯えている

  生まれてきたのを恨みはしないけど……

  そうして僕は雨に濡れながら笑っていた


  エンキドゥー

  今はもう

  君に名前がなかったことを知ってるよ



    †


  What I see belongs to no one.

  The sense of sight itself

  is mine.


  Knowledge and vocabulary from the outside

  belong to no one.

  Only the knowledge and words within

  are mine.


  What connects the inside to the outside

  are words made into letters and sounds.

  Within these two,

  we can only feel

  the voice that cannot be turned into words.


  The message dwelling in that voice

  cannot truly be conveyed.

  We can only release

  our ambiguous, nebulous kotodama—words of soul—

  into the midst of the mist.


  The message of such kotodama

  finds resonance

  only when sent back to myself—

  a message meant for me alone.


  Yet, the parent of that resonance

  is someone, or something, other than myself.

  One might call it ∃—existential being—

  or perhaps ∀—the totality of existence.


  I,

  connected to them by kotodama,

  might be called ∃!—a singular existence.


  No matter how much time passes,

  I remain one

  who cannot discard the "name" that is myself.


  To convey that "impossibility"—

  the impossibility of discarding one's name—

  to invoke the metamorphosis

  of that name, "I," into "love"—

  we live, here and now.


  †—The Dagger,

  is a magic blade wielded by the soul

  to share our "impossibility"

  through the clash of kotodama.


Neil Sedaka - Laughter in the Rain(ニール・セダカ「雨に頬笑みを」)

https://www.youtube.com/watch?v=htWi3Yq9474

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