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その赫眼、最恐につき  作者: 語彙力皆無マン
第1章 【龍神村の忌み子】
4/12

第四話   『離れ屋敷』

 

 離れ屋敷は、母屋から見て敷地の最奥にあった。


 背後は山の斜面がそのまま迫り、左右を古い板塀が囲んでいる。

 建物自体は小さくはないが、手入れが行き届いておらず、柱の節が浮き上がり、雨の日には軒のどこかから必ず雫が落ちた。

 昼間でも日当たりが悪く、夏でも朝方は冷える。

 そういう場所だ。


 私が初めてここに連れてこられたのは、七歳の梅雨の終わり頃だ。


 父上に手を引かれ、母屋を出た。

 母上は来なかった。

 見送りに出てきた母上の目が赤かったのを、今も覚えている。

 何も言わなかった。

 私も何も言わなかった。

 ただ、繋がれた父上の手だけを握り返した。


 離れ屋敷の前で、父上は立ち止まった。


「ここがお前の部屋だ。不便はないようにする」


「……母上には……会えますか」


 父上はしばらく黙っていた。


「なるべく、そうできるように努める」


 なるべく。


 その言葉の重さを、七歳の私はまだ量れなかった。



 部屋に入ると、すでに布団と小さな文机が置かれていた。窓には太い鉄格子。

 扉の外には、見知らぬ女が立っていた。


 付き人、と呼ばれているが、その実態が監視役であることは子供でも分かる。

 父上が簡単に引き合わせ、女は私に向かって一礼した。


 名を「宵」という。


 それ以上の説明はなかった。


 宵は寡黙な女だ。

 食事を運ぶ時も、掃除をする時も、必要なこと以外は一切口を開かない。

 感情が顔に出ない。

 怒っているのか穏やかなのか、そもそも何かを感じているのか、まったく読めない。

 ただひとつだけ確かなのは、彼女が常に私から一定の距離を保っているということだ。

 遠すぎず、近すぎず。


 いざとなれば間合いに入れる距離。

 その精度が恐ろしいほど正確で、私が動くたびに彼女の重心がわずかに変わる。


 最初の頃、私は何度か試した。


 急に振り返る。

 素早く立ち上がる。

 走るふりをする。


 そのたびに宵の右手が、無意識のように腰の刀に触れた。

 抜くつもりはないのだろう。

 それでも手が動く。

 身体に染み込んだ反射だ。


 三度目に試した時、宵が初めて口を開いた。


「次にそれをしたら、報告します」


 それだけだった。

 表情は動かない。


 私はそれ以降、試すのをやめた。


 ---


 離れ屋敷での一日は、単調だ。


 夜明けとともに宵に起こされ、顔を洗い、朝餉を食う。

 午前中は父上との剣術の稽古。

 昼餉を挟み、午後は部屋で過ごす。

 夕餉を食い、日が落ちれば外から錠が下ろされる。



 午後の時間が、一番長く感じた。



 することがない。

 本は読めない。

 読み書きができないから当然だ。

 外に出られない。

 話し相手もいない。


 宵はそこにいるが、会話にならない。

 仕方なく木刀を素振りするか、天井の木目を数えるか、格子越しに空を眺めるかのどちらかで時間を潰した。


 ある日の午後、あまりにも手持ち無沙汰で、私は宵に声をかけた。


「なにか、話せることはないか」

「ありません」

「なんでもいい。天気の話でも」

「……今日は曇りです」


「……それだけか」

「はい」


 会話にならない。


 それでも私は懲りずに話しかけ続けた。

 三日に一度、四日に一度。

 宵の返答は常に最小限で、表情も変わらない。


 しかし少しずつ、返事が来るまでの間が短くなっていった。それに気づいた時、私は妙な達成感を覚えた。


 ---


 母上に会えない日々が続く。


 長老衆が面会を禁じていた。

 忌み子に情を持たせるな、という理屈なのだろう。

 冷たい話だが、長老衆にとっては当然の判断なのかもしれない。

 父上が「なるべく、そうできるように努める」と言っていた言葉の意味が、ここへ来てようやく分かった。


 なるべく、というのは、簡単にはできない、ということだったのだ。


 格子越しに夜風が吹き込んでくる。

 行燈の炎が揺れ、影が壁に踊る。

 母屋はここから目と鼻の先なのに、そこにいる人間に会えない。

 その理不尽さを、私はどこへぶつければいいのか分からなかった。

 怒る気にもなれず、ただ格子に手を当て、風の通り道をじっと感じていた。


 この離れ屋敷での日々が、あとどれくらい続くのか。

 私には想像もできなかった。

 ただ、風だけは毎晩格子をすり抜けてきた。

 どこから来るのかも、どこへ向かうのかも分からない風が、変わらず頬を撫でていった。

ここまで読んでくださり、圧倒的感謝です…!本当にありがとうございます!

面白かった、ここがツッコミどころだ等々、皆様からの感想をドシドシお待ちしております!


ちなみに名前の通り『語彙力皆無マン』がお送りしておりますので、語彙力の無さはデフォルト仕様です。どうかご容赦くださいませ…!次話も頑張ります!

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