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その赫眼、最恐につき  作者: 語彙力皆無マン
第1章 【龍神村の忌み子】
3/12

第三話   『剣と父』

 


 父上の稽古は、容赦というものがなかった。



 夜明け前に起こされ、まだ霞む目のまま庭に引き出される。冬は霜が降りた地面に素足で立ち、夏は日が高くなっても休憩ひとつ許されない。


「構えろ」

「踏み込め」

「腰が浮いている」


 指摘は短く、説明はない。

 何度同じ失敗をしようと怒鳴ることはなかったが、だからといって待ってもくれなかった。

 できるまでやる。

 それだけだった。


 最初の半年は、木刀を振ることすらろくにできなかった。


 子供の細腕では重さに振られ、構えを作ろうとすれば足がふらつく。

 父上の動きを真似ようとするたびに、どこかが崩れる。

「見て覚えろ」と言われても、見れば見るほど自分との差が際立つばかりだった。


 それでも、やめようとは思わなかった。


 剣を握っている間だけ、父上は私をまっすぐ見た。

 他の時間は、どこかこちらを見ていて見ていないような、距離を置いた眼差しなのに、木刀を構えた瞬間だけ違う。

 値踏みでも品定めでもない、純粋に剣士として向き合う目。


 その眼差しが欲しくて、私は何度転んでも起き上がり、何度打ち据えられても構えを作り直した。


 稽古を始めて二年が過ぎた頃、父上が初めて私を褒めた。


 その日も夜明け前からの稽古で、日が中天を過ぎても打ち合いは続いていた。

 私が仕掛け、父上が捌く。

 また私が仕掛け、また捌かれる。

 何度繰り返したか分からない。

 疲労で腕が震え、足がもつれかけたその瞬間、私は無意識に踏み込んだ。


 体重を乗せた一撃が、父上の木刀を弾いた。


 一瞬の静寂。


 父上が弾かれた木刀を拾い上げ、私を見た。



「……その踏み込みを忘れるな」



 それだけだった。

 表情も変わらず、続きの言葉もない。

 しかしその言葉が、当時の私にはどんな長い賛辞よりも重く響いた。掌の血豆が、少しだけ誇らしかった。


 ---


 離れ屋敷に移ってからも、稽古だけは変わらず続いた。


 庭に出る時間だけが、父上と同じ空気を吸える時間だ。

 付き人の女は常に間合いの外で控え、私たちの打ち合いを無言で見守っている。

 その視線が鬱陶しくないと言えば嘘になるが、稽古が始まれば気にならなくなった。

 剣の前では余計なものが削ぎ落とされる。

 それだけの密度が、父上との打ち合いにはあった。


 父上は多くを語らない人だが、剣を通じてなら何かが伝わる気がした。


 激しく踏み込んでくる時、柔らかく流す時、あえて隙を見せる時。

 その一つひとつに意図があり、文脈があり、言葉では言わないことが詰まっていた。

 私はそれを読もうとした。

 読めた時、父上の目が僅かに細くなる。

 それが嬉しくて、また読もうとする。


 剣とはそういうものかもしれない、と子供ながらに思った。言葉より正直で、言葉より深いところに届く。


 九歳になる頃、父上が初めて新陰流の「位」の話をした。


「新陰流には十の位がある。今のお前は下から数えた方が早い。だがそれでいい。位とは結果であって、目標ではない」


 位とは結果。

 では目標とは何か。

 父上の言葉を頭の中で転がしながら、私は木刀の柄を握り直した。

 血豆が潰れかけた掌に、じわりと汗が滲む。


「じゃあ、目標は何ですか」


 父上は少し考えてから、言った。


「生き残ることだ」


 その言葉の意味を、私はその時まだ半分しか理解していなかった。

 剣士として生き残ること、という意味だと思っていた。しかし今になって振り返れば、父上が言いたかったのはもっと単純で、もっと切実なことだったはずだ。


 この村で。

 この掟の中で。

 お前に生き続けてほしい。


 不器用な人だ。

 だからこそ、剣を通じてしか言えないことがあったのだろう。

 

 ---


 私が新陰流の天狗抄位に達したのは、稽古を始めてから約二年後のことだ。

 十位ある位の下から四番目。

 まだまだ先は長いが、同じ年頃の子供と比べれば異例の速さだったと、後になって付き人から聞いた。


 父上は何も言わなかった。

 ただその日の稽古が終わった後、いつもより少し長く庭に留まり、空を見上げていた。

 私も隣に立ち、同じ方向を向いた。


 何も話さなかった。

 それでよかった。


 夕風が吹き、父上の袴の裾が揺れる。

 私の頬を同じ風が撫でていった。

 この風がどこから来て、どこへ向かうのか。

 その頃の私にはまだ分からなかった。

 ただ、風は格子も塀も関係なく、どこにでも吹き込んでくる。


 そのことだけが、なぜか無性に好きだった。

ここまで読んでくださり、圧倒的感謝です…!本当にありがとうございます!

面白かった、ここがツッコミどころだ等々、皆様からの感想をドシドシお待ちしております!


ちなみに名前の通り『語彙力皆無マン』がお送りしておりますので、語彙力の無さはデフォルト仕様です。どうかご容赦くださいませ…!次話も頑張ります!

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