第三話 『剣と父』
父上の稽古は、容赦というものがなかった。
夜明け前に起こされ、まだ霞む目のまま庭に引き出される。冬は霜が降りた地面に素足で立ち、夏は日が高くなっても休憩ひとつ許されない。
「構えろ」
「踏み込め」
「腰が浮いている」
指摘は短く、説明はない。
何度同じ失敗をしようと怒鳴ることはなかったが、だからといって待ってもくれなかった。
できるまでやる。
それだけだった。
最初の半年は、木刀を振ることすらろくにできなかった。
子供の細腕では重さに振られ、構えを作ろうとすれば足がふらつく。
父上の動きを真似ようとするたびに、どこかが崩れる。
「見て覚えろ」と言われても、見れば見るほど自分との差が際立つばかりだった。
それでも、やめようとは思わなかった。
剣を握っている間だけ、父上は私をまっすぐ見た。
他の時間は、どこかこちらを見ていて見ていないような、距離を置いた眼差しなのに、木刀を構えた瞬間だけ違う。
値踏みでも品定めでもない、純粋に剣士として向き合う目。
その眼差しが欲しくて、私は何度転んでも起き上がり、何度打ち据えられても構えを作り直した。
稽古を始めて二年が過ぎた頃、父上が初めて私を褒めた。
その日も夜明け前からの稽古で、日が中天を過ぎても打ち合いは続いていた。
私が仕掛け、父上が捌く。
また私が仕掛け、また捌かれる。
何度繰り返したか分からない。
疲労で腕が震え、足がもつれかけたその瞬間、私は無意識に踏み込んだ。
体重を乗せた一撃が、父上の木刀を弾いた。
一瞬の静寂。
父上が弾かれた木刀を拾い上げ、私を見た。
「……その踏み込みを忘れるな」
それだけだった。
表情も変わらず、続きの言葉もない。
しかしその言葉が、当時の私にはどんな長い賛辞よりも重く響いた。掌の血豆が、少しだけ誇らしかった。
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離れ屋敷に移ってからも、稽古だけは変わらず続いた。
庭に出る時間だけが、父上と同じ空気を吸える時間だ。
付き人の女は常に間合いの外で控え、私たちの打ち合いを無言で見守っている。
その視線が鬱陶しくないと言えば嘘になるが、稽古が始まれば気にならなくなった。
剣の前では余計なものが削ぎ落とされる。
それだけの密度が、父上との打ち合いにはあった。
父上は多くを語らない人だが、剣を通じてなら何かが伝わる気がした。
激しく踏み込んでくる時、柔らかく流す時、あえて隙を見せる時。
その一つひとつに意図があり、文脈があり、言葉では言わないことが詰まっていた。
私はそれを読もうとした。
読めた時、父上の目が僅かに細くなる。
それが嬉しくて、また読もうとする。
剣とはそういうものかもしれない、と子供ながらに思った。言葉より正直で、言葉より深いところに届く。
九歳になる頃、父上が初めて新陰流の「位」の話をした。
「新陰流には十の位がある。今のお前は下から数えた方が早い。だがそれでいい。位とは結果であって、目標ではない」
位とは結果。
では目標とは何か。
父上の言葉を頭の中で転がしながら、私は木刀の柄を握り直した。
血豆が潰れかけた掌に、じわりと汗が滲む。
「じゃあ、目標は何ですか」
父上は少し考えてから、言った。
「生き残ることだ」
その言葉の意味を、私はその時まだ半分しか理解していなかった。
剣士として生き残ること、という意味だと思っていた。しかし今になって振り返れば、父上が言いたかったのはもっと単純で、もっと切実なことだったはずだ。
この村で。
この掟の中で。
お前に生き続けてほしい。
不器用な人だ。
だからこそ、剣を通じてしか言えないことがあったのだろう。
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私が新陰流の天狗抄位に達したのは、稽古を始めてから約二年後のことだ。
十位ある位の下から四番目。
まだまだ先は長いが、同じ年頃の子供と比べれば異例の速さだったと、後になって付き人から聞いた。
父上は何も言わなかった。
ただその日の稽古が終わった後、いつもより少し長く庭に留まり、空を見上げていた。
私も隣に立ち、同じ方向を向いた。
何も話さなかった。
それでよかった。
夕風が吹き、父上の袴の裾が揺れる。
私の頬を同じ風が撫でていった。
この風がどこから来て、どこへ向かうのか。
その頃の私にはまだ分からなかった。
ただ、風は格子も塀も関係なく、どこにでも吹き込んでくる。
そのことだけが、なぜか無性に好きだった。
ここまで読んでくださり、圧倒的感謝です…!本当にありがとうございます!
面白かった、ここがツッコミどころだ等々、皆様からの感想をドシドシお待ちしております!
ちなみに名前の通り『語彙力皆無マン』がお送りしておりますので、語彙力の無さはデフォルト仕様です。どうかご容赦くださいませ…!次話も頑張ります!




