第二話 『格子の向こう側』
綱渡りのような条件で生き延びた私だが、幸か不幸か、身体能力と頭の回転は幼い頃から並外れていた。
二歳半になる頃には大人たちの言葉を完全に理解し、庭の立派な松の木にするすると登っては、高い塀の向こう側をじっと眺めるようになっていた。
塀の外からは、同年代の子供たちが無邪気に駆け回る足音や笑い声が聞こえてくる。
なぜ自分がここに閉じ込められているのかも分からないまま、ただ有り余る力を持て余す日々。
幼い私には、それが当たり前の景色だった。
明確な変化が起きたのは、七歳の時だ。
ある朝、父上が私の前に現れた。
その手に、身の丈に合わぬずっしりと重い木刀を二本携えて。
一本を私に差し出し、父上は静かに口を開いた。
「今日から、新陰流の剣術を叩き込む。逃げるな、泣くな、音を上げるな」
厳しい口調だ。
だがその瞳は、言葉ほど冷たくはない。
不遇な運命を背負わせてしまった息子に、せめて生きる術を与えたい。
不器用で、しかし確かな親心が、その眼の奥に滲んでいた。
私もそれに応えたかった。
夜明け前から汗が滲み、小さな掌に血豆がいくつも盛り上がり、それが潰れて柄を赤く染めようとも、私は必死に木刀を振るい続けた。
痛みより、父上と向き合えるその時間の方が、ずっと大切だったから。
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だが、私が成長し自我がはっきりしてくるにつれ、長老たちの猜疑心と恐怖が再び頭をもたげた。
両親は猛反発してくれたそうだ。
しかし、掟と長老衆の圧力には、二人の声も届かなかった。
梅雨明け頃のことだ。
私は両親の暮らす母屋から引き離され、敷地の最奥にある薄暗い離れ屋敷へと押し込められた。
そして、おまけとばかりに「付き人」という名目の監視役が一人、私に張り付くことになった。
感情の一切を削ぎ落としたような女だった。
年の頃は三十前後だろうか。
能面のように整った顔に表情はなく、必要最低限の身の回りの世話こそ滞りなくこなすものの、それ以上の言葉は決して発さない。
私が動けば視線が動き、私が止まれば視線も止まる。食事をする時も、眠りにつく時も、彼女は常に「いざとなれば一太刀で私の首を刎ねられる間合い」を、完璧に保ち続けていた。
少しでも掟を破れば、迷わず殺す。
その静かな殺気が、隙のない所作の端々から透けて見えた。
恐ろしいとは思わなかった。
ただ、ひどく疲れた。
息をするたびに誰かに見られているというのは、思いのほか消耗するものだ。
唯一の救いは、父上との剣術の稽古だけは変わらず許されたことだ。
昼間、庭で木刀を交える時間だけが、父上と向き合い、言葉を交わせる唯一の瞬間となった。
稽古中の父上は無口で、教え方も不器用で、褒めるということをほとんどしない。
それでも私は、その時間が好きだった。
木刀越しに、父上の気配が真っすぐこちらに向いている。
その感覚だけで、十分だった。
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日が落ちて夜の帳が下りると、外からガチャンと重い鉄の錠が下ろされる。
窓には、私の腕よりも太い鉄格子。
冷たい床に寝転がり、その格子越しに切り取られた四角い夜空を見上げる。
星が出ている夜もあれば、雲に塗り潰された夜もある。
どちらにしても、私には関係ない。
この部屋から出ることは許されないのだから。
愛する両親と引き離され、夜は顔を合わせることすら叶わない。
外の世界との繋がりは、格子をすり抜けてくる夜風だけだ。頬を撫でるその風が、ひんやりと冷たくて、それでも妙に心地よかった。
ここまで読んでくださり、圧倒的感謝です…!本当にありがとうございます!
面白かった、ここがツッコミどころだ等々、皆様からの感想をドシドシお待ちしております!
ちなみに名前の通り『語彙力皆無マン』がお送りしておりますので、語彙力の無さはデフォルト仕様です。どうかご容赦くださいませ…!次話も頑張ります!




