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第八話 勇者の思い出

へるぴょんと申します。

今回は勇者の過去が・・・・。

読んで頂ければ幸いです。

「あっついな〜……ほんと、この森どうなってるんだ?」

レオン(矢野)は額の汗をぬぐいながら、鬱蒼とした木々の間を進んでいた。

すでに勇者パーティーは解散し、かつての黄金の鎧も聖剣もない。今の彼は、どこにでもいる中堅冒険者のような軽装だ。

街を出て、かなり北まで歩いてきた。出発した頃は夏の気配が漂い始めており、「どうせなら涼しい場所で過ごそう」という安易な考えで北を目指したのだが――森の中は湿気と熱気がこもり、息苦しいほどだった。


「止まれ! 何者だ!」

頭上から鋭い声が響く。

レオンは反射的に両手を上げ、戦意がないことを示した。

「待ってくれ! 森で迷子になって、ここまで来ちまっただけだ。物騒な武器は降ろしてくれないか」

木の上には、弓を構えた影が数人。

レオンには、どこからどれだけの殺気が向けられているかが手に取るようにわかる。さすがは元勇者――戦場で培った勘は鈍っていない。

だが、彼に争う気はなかった。襲われない限り、こちらから手を出すつもりもない。


やがて、木の上から数名が軽やかに降り立った。

精霊族――。

人族と見分けがつかない者もいれば、背に透明な羽を持つ小柄な者もいる。

「俺は元勇者レオンだ。旅の途中で迷子になっただけだ」

レオンは再び名乗った。

精霊たちは互いに短く言葉を交わし合う。

「……勇者様、ですか?」

一人が恐る恐る尋ねる。

「信じるかどうかは任せるけど、一応“元”勇者だぜ」

その瞬間、木上に残っていた者たちも全員降り、片膝をついて頭を垂れた。

「勇者様とは知らず、ご無礼を……お許しください」

「気にしてない。それより、もし迷惑じゃなければ、少し街で休ませてもらえないか?」

レオンは周囲の精霊族の顔を見回しながら言った。

この世界では、名乗った者の言葉を信じるしかない。身分証明など存在せず、嘘を見抜く魔法もあるにはあるが、日常的には使われない。ましてや勇者や貴族の名を騙るなど、発覚すれば命がけの愚行だ。

「勇者様であれば、魔王を討伐された英雄。国を挙げて歓迎いたします」

こうしてレオンは、精霊族に導かれ、彼らの国へと足を踏み入れた。


――やっば。マジでイケメンばっかじゃん。これ、もしかしてハーレム展開?

胸の内で、下心が顔を出す。

だが、精霊の国では同性愛は固く禁じられていた。

それでもレオンは諦めず、人に近い種族の男性に声をかける。

「いいだろ?」

「……いえ、だめです。勇者様」

「固いこと言うなよ。ここまで仲良くなったんだ、ここからは……わかるよな?」


もしこの光景を八重子が見ていたら――間違いなく「ゲス野郎!」と拳を叩き込んでいただろう。

だが、禁忌は禁忌。

やがて、あちこちで同性に言い寄っていた事実が露見し、元勇者レオンは極刑を言い渡される。

それは――三百年の封印刑。

時間を完全に停止されたまま、さらに「同性ではなく異性にしか身体が反応しなくなる」という呪いを上乗せされた刑罰だった。

心と身体の不一致を、封印の中で矯正する――名ばかりの“更生”である。

こうして、元勇者レオンは長き眠りへと沈んでいった。


刑期を終え、ようやく外に出た矢野は、再び世界を歩き始めた。

北へ南へ、港町から砂漠のオアシスまで――行く先々で耳にするのは、八重子の名を冠した昔話だった。


「……精霊の国以外は、またにして」

八重子が、矢野の思い出話をぴしゃりと遮る。

「えーーー、こっからが俺の活躍なのに」

矢野は、子どもみたいに口を尖らせ、少し寂しそうに笑った。


パーティー解散後も、八重子は魔法の探究を続けながら各地を巡り、人々を助けていた。

一方の矢野は、諸外国を回りながら八重子の足跡を辿り、やがてホーデンハイド王国へとたどり着く。

どの国でも、八重子の功績は語り草になっていた。

その話を聞くたびに、なぜか自分まで褒められているような誇らしさが胸に広がる。

魔王討伐の旅は一年ほど――最初は自分たちが足手まといだったのを、八重子が導いてくれたからこそ成し遂げられた偉業だと、仲間全員が思っていた。

だからこそ、レオン(矢野)は“あの賢者と共に戦った仲間”であることに誇りを持っていた。


ホーデンハイド王国で、矢野は聖王アルバートと賢者イレイザに出会う。

二人とも、元賢者ハチ――八重子の話になると止まらない。

「それでな……」と始まれば、何時間でも語り続ける。

レオン、アルバート、イレイザの三人で夜通し語り明かしたこともあった。

やがてアルバートは聖王に、イレイザは“賢者”と呼ばれる存在になる。


そのイレイザが、矢野のために帰還魔法陣を構築してくれた。

だが、時間軸の調整は大雑把で、矢野が戻ったのは召喚から半年ほど経った地点だった。

八重子は、時折矢野の話の端々から「もしかして同じ世界の人間では」と思うことがあったが、自分も出自を明かしていなかったため、深くは聞かなかった。矢野も同じだった。

「もっと早く、同じ世界から来たって話せてたらよかったね」

「そうだな……俺もそうかなぁとは思ってたけど、不死身の人間がこっちの人間だなんて、普通思わないだろ」

一度、魔王軍四天王との戦いで、仲間が狡猾な罠にかかり命を落としかけたとき――八重子はそれを庇い、レオン(矢野)の目の前で命を落とした。

その瞬間の矢野の怒りは、世界を滅ぼすのではと恐れられるほどだった。


矢野は召喚された二十歳前後まで、イレイザの魔法で若返らせてもらい、その後現代に戻った。

大学生からやり直し、就職して今に至る。

ただし、戻った時には行方不明扱いになっており、周囲への言い訳には骨が折れた。


だが、精霊の国で犯した禁忌のせいで、異性しか愛せない身体にされながらも、心は同性を求めるという厄介な呪いを抱えてしまった。

長い時間の中で、男女どちらも愛せるようにはなったが、心の決定打は見つからず、この年まで独身のままだ。


八重子はようやく時系列を理解した。

つまり――自分が帰還した後の世界で、矢野は魔法陣を使い、自分より未来の時代に戻ってきたのだ。

イレイザが開発した若返りの魔法のおかげで若くなって帰還し、その後は普通に年を重ねてきた、というわけだ。


話の締めくくりに、二人は呼び方を決めた。

仕事中はこれまで通り「獅子堂」「部長」。

プライベートでは「八重子」「翔太」。

そして矢野は、「ホーデンハイドに行くときは必ず誘ってくれ」と懇願した。

呪いをどうしても解きたいらしい。

――自業自得だ、と八重子は心の中で呟く。


カラオケを出た瞬間、道の向こうから沙也が現れた。

一瞬、時間が止まったように感じる。

――なんで、こんなタイミングで出会うの……。

八重子の胸の奥で、悲痛な叫びが響いた。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!

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