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第七話 勇者現る

へるぴょんと申します。

ついに勇者が登場!

読んで頂ければ幸いです。

「おはよう」

振り返ると、沙也が立っていた。

「おはよう」八重子は、何事もなかったかのように返す。

「ちょっと、昨日の対応はなに?」

「え? 昨日……」

八重子は一瞬、頭が真っ白になった。昨日、アルバートとイレイザを無事に向こうの世界へ帰したことで、すべて終わった――そう思い込み、記憶の奥に押し込んでいたのだ。

「八重子、金髪イケメンと美人連れてたわよね。しかも、私が前に見たコスプレの人たちだよね」

沙也の声は、柔らかいが逃げ場を与えない。

エレベーターの中に、重い空気が満ちる。

「え、えー……誰だったかな……」八重子のごまかしは、あまりにも下手だった。

「こないだ、知らないって言ってたよね」

沙也の圧がじわじわと迫る。

沙也は、一度見たイケメンの顔を絶対に忘れない。

向こうの世界では、そういった感情を失っていた八重子は気づかなかったが――アルバートは、こっちの世界で言えばハリウッドスター級の美形だ。イレイザも同じく、誰もが振り返る美女。

どう答えていいか分からないまま、エレベーターは目的の階に到着した。

「あ、そうだ。朝から仕事が溜まってたんだ~またね~」

八重子は逃げるように足早に降りる。

「ちょっと八重子~!」背後で沙也の声が響いた。

――これは当面、突っ込まれるな。

ため息をつきながら席に着く。


「獅子堂さん」

部長の矢野が声をかけてきた。

「はい、何でしょう部長?」

「ちょっと話があるんだが、今から会議室にいいかな?」

拒否する理由もなく、八重子は立ち上がる。

案内されたのは、四畳ほどのこじんまりとした会議室。

窓のブラインド越しに、やわらかな光が差し込んでいる。

中央にはテーブル、両側にパイプ椅子が三脚ずつ。壁際にはホワイトボード。

矢野は奥の中央の席に腰を下ろした。


――何だろう。ミスでもした?

部長が個人面談のようなことをするのは見たことがない。

こちらの世界に戻ってきた直後の混乱期ならまだしも、最近は大きな失敗もしていないはずだ。

上司と二人きりの会議室――嫌な予感ばかりが頭をよぎる。

「昨日、向こうの世界の人連れてたでしょ」

唐突な一言に、八重子の心臓が跳ねた。


部長は何を知っている? どこまで知っている?

なぜアルバートとイレイザのことを……?

どこかで見られた? いや、注意していたはず……。

――あっ、沙也に見られた。でも、それが部長に伝わる理由は……?

分からない。

「な、なんのことでしょうか?」

八重子は視線を逸らす。

「まったく、なんで気づいてくれないんだろうね」

矢野がじっとこちらを見つめる。

「俺だよ俺!」

声のトーンが少し高くなる。


八重子の脳裏に、ひとつの答えが浮かぶ。

「ハンバーグ師匠ですか」

思わず、お笑い芸人のネタで返す。

「そう! 俺だよ俺……って違うだろ!!!」

矢野が即座にツッコミを入れる。

このやり取り――それは、かつて勇者と八重子だけが共有していた合言葉だった。


まさか……でも、年齢が……。

目の前の矢野は、身長175センチほど、小太りで年齢は50歳。

髪は後退し、バーコード状。黒縁の大きな眼鏡。

八重子の記憶にある人物は、同じ身長だが細マッチョで、年齢は二十歳。髪はふさふさ。

もし普通に年を取ったら、こうなるのだろうか――考える。

そうだ。アルバートとイレイザが魔法陣を解析してこちらに来たことを思い出す。

だが、勇者と別れたのは魔法陣完成の三百年前。

なぜ今ここに……?

答えはおぼろげに見えたが、確証はない。


「勇者……レオン?」

恐る恐る口にする。

「やっと思い出したかよ。俺は、うちの会社に入社してきたときから気になってたけど……まあ、見た目がこれじゃあな」

勇者――いや、矢野は、昔と同じ癖で鼻の頭をこすった。

矢野も最初は他人の空似だと思っていた。

だが、年を重ねるごとに八重子の仕草や言葉に、かつての仲間の面影を見た。

そしてある日、八重子の書類に異世界の文字が混ざっているのを見つけ――確信したのだ。


この瞬間、八重子は理解した。

自分の過去と、今の世界が、思いもよらぬ形で再び交わったことを。


「合図送ってたんだけど、気づいてくれないんだもんな、ハチ」

矢野が、少年のようにはにかみながら言った。

「昨日、偶然あいつら連れてるハチを見かけてさ。あっちの世界とうまく行き来できるようになったのかなって思って、声かけたんだよ」

「本当に……レオンなの? でも、どうして……」

八重子の頭の中は、整理がつかないままだった。

「ここで長話もなんだから、仕事終わったら飲みに行こう」

矢野からの誘い。

「……はい」

八重子にしてみれば、彼は上司だ。勇者レオンとわかっても、その境界線は簡単には消えない。

八重子が初めて配属された営業課で、矢野は先輩であり、今は部長としての上司。何年も同じ職場で肩を並べてきた。

だが、確かに自分は“賢者”となって帰ってきたはずなのに、この世界では一秒も経っていない。

つまり、この世界では「突然ある日、私は賢者になった」ということになる。

そして、向こうの世界で三百年前に共に旅をした勇者が、今は五十歳の男として目の前にいる――。


八重子を悩ませていたのは、時間軸の違いだった。

矢野レオンは八重子と違い、年を取り、死ぬ存在だと聞いていた。戦闘で負った傷が自然に癒えることもない。だから、彼は自分と同じ世界の人間ではないと思っていた。

では、なぜ――。


二人はカラオケへ向かった。

カラオケルームは、外界から切り離された防音の箱。何を話しても外には漏れない。

テーブルにはビールとつまみが置かれ、矢野がジョッキを掲げる。

「最初に乾杯してからだ」

グラスが軽くぶつかり、泡が弾ける。

一口飲んだ矢野が、ゆっくりと切り出した。

「さて……なんで俺がこんな見た目で、こっちの世界で部長やってるかってことだよな」

「本当に……レオンなの?」

八重子の問いに、矢野は即答する。

「もちろん本物だぜ。……まぁ、実際いろいろあってさ」

そう言って、少し遠くを見る。


「あ! その前にさ、“レオン”やめてくんない? この年で呼ばれると、中二病っぽくて恥ずかしいんだよ。向こうの世界じゃ本名が逆に恥ずかしくて付けた名前だからさ」

矢野は照れくさそうに笑った。

「それは私も同じ。だから“ハチ”はやめてね」

八重子も応じる。

「OKOK、お互い本名の方がいいな。ちなみに俺のことは翔太、もしくは“しょうちゃん”って呼んでいいぜ」

「今さら呼びづらい……しかも“しょうちゃん”はキモい。部長じゃだめ?」

八重子にしてみれば、いきなり昔馴染みだからと名前で呼ぶのは気が引ける。

「そりゃそうか。部長として獅子堂さんの上司して、もう五年ぐらいだもんな。入社してきたときは驚いたよ。他人の空似ってあるんだなって思ったんだ。でも、この前獅子堂さんから上がってきた書類に、向こうの文字が書いてあったから気づいたんだよ」

――あれが原因か。

八重子は天を仰ぐ。

「ああああ! 会社じゃないから“獅子堂”はやめて!」

苗字が嫌いな八重子だった。

「じゃあ翔太って呼んでくれたら、俺も八重子って呼ぶよ」

「うっ……」

矢野からの取引に、八重子はしぶしぶ承諾する。


「さて、本題だ」

翔太はジョッキを置き、少し声を低くした。

「俺たち勇者パーティーが、世界の脅威になる魔王を倒したよな。最後は本当にきつい戦いだった。一緒にいた仲間も……いや、暗い話はやめよう。町に戻った後、俺たちは解散した。最初は勇者だから、ちやほやされてさ。正直、楽しかったよ。毎晩、好きな彼氏と遊べてさ」

「ごめん、あんたのイチャイチャ話は聞きたくない」

八重子の率直な一言。

「ったく、昔から乗りが悪いな。……まぁいいや。ある程度経ってから、そんな生活にも飽きて旅に出たんだ。それが……ダメな選択だったのかもしれない」

翔太の声は、そこで一瞬だけ沈んだ。

その沈黙の奥に、まだ語られていない“何か”が潜んでいる――八重子はそう感じた。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!

感想や評価をいただけると、とても励みになります!

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