第六話 八重子の過去
へるぴょんと申します。
賢者八重子の過去が・・・。
読んで頂ければ幸いです。
カラオケの個室に入り、ドアが閉まると同時に、八重子は深く息を吐いた。
そして、マイクもメニューも手に取らず、真剣な眼差しで二人を見据える。
「二人には……ちゃんと話しておくべきね」
イレイザとアルバートは、思わず背筋を伸ばした。
八重子の声は、いつもの軽い調子ではなく、低く、重い。
「私は元々、この世界の人間。どういう理由かわからないけど……あなたたちの世界の、約五百年ほど前に飛ばされたの」
八重子はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あなたたちも見た通り、あの世界はこことはまるで違う。正直、向こうに行ってすぐ……魔物に襲われて、死んだわ」
「死んだ? 死んだんですか?」
イレイザが目を見開く。
アルバートも息を呑んだ。
「……あなたたちも聞いていると思うけど、私は五百年、向こうの世界で生きてきた。理由はわからない。でも、死なないし、歳も取らない体だったのよ」
八重子の視線は、どこか遠く、過去の闇を見つめているようだった。
「こっちの世界には魔物もいなければ、盗賊だってその辺にはいない。存在すらしていないわ」
その言葉に、二人は改めてこの世界の安全さを実感する。
八重子は続けた。
「本当のことを言うと……私は何度も死んだんだと思う。一度だけじゃない。向こうに行ってすぐ、魔物に襲われた。本当なら死んでた。でも、死ねなかった。爪で切り刻まれ、肉を喰われても……痛みも恐怖も、全部あった。意識を何度も失った。でも、気づけば元通りに生きていた」
八重子の声は淡々としているが、その奥には深い疲労と諦めが滲んでいた。
「……捕まって奴隷になったこともある。身体はどれだけ傷つけられても治る。それが逆に、私を暗くしていった。実際、体の一部が残っていれば生き返れるみたい」
イレイザもアルバートも、言葉を失っていた。
八重子にとって、それは思い出したくもない記憶だ。
奴隷だった日々――。
ある日、他の奴隷と共に馬車で移送されている最中、嵐に見舞われた。
轟音と共に馬車は横転し、そのまま川へと転落。
濁流に飲まれ、意識は闇に沈んだ。
次に目を開けたとき、見知らぬ天井があった。
「おっ? 気が付いたか」
老齢の男性の声。
「こ、ここは……?」
体を起こそうとすると、隣にいた老齢の女性が毛布を直しながら言った。
「あんた、そこの川で倒れてたんだよ。服はボロボロなのに、体は傷一つなかったけどね。ずっと意識がなかったんだ」
八重子は、ああ、まただ……と心の中で呟いた。
きっと体はバラバラに近い状態だったはずだ。それでも、いつも通り元通りになったのだ。
「ありがとうございます。でも、私は……」
「気にすることはない。無事で何よりだ。行く当てもないなら、この村で暮らせばいい」
男性は村長のようだった。
その言葉に甘え、八重子はそこで何年かを過ごした。
年月が過ぎれば過ぎるほど、村人たちから訝しげに見られるようになる。
そう、歳をとらないのだから・・・。
そして感謝の言葉を書き残し、村を後にした。
さらに、魔王討伐の旅の途中でも、八重子は何度も大怪我を負った。
自分一人なら避けられる攻撃も、仲間を守るためには受けざるを得ない。
そのたびに、体を盾にして倒れ、そして蘇った。
勇者や仲間たちが泣きそうな顔で駆け寄ってきた光景が、今も脳裏に焼き付いている。
八重子はそこで言葉を切り、二人を見た。
「……だから、こっちの世界では、あまり私のことを“賢者様”とか“師匠”とか呼ばないでほしいの。普通に、八重子でいい」
二人はゆっくりとうなずいた。
その表情には、八重子の過去を知ったことで生まれた、深い敬意と、少しの哀しみがあった。
驚く二人の顔を横目に話を続ける八重子。
「五十年ほど過ぎても年すら取らなかったわ。だから私は考えたの。歳をとらない、死なないのなら時間を掛ければ帰れるかも。転移魔法があるからには帰れる魔法もあるんじゃないかって。まぁそして気づいたら賢者なんて呼ばれていたわね。ホーデンハイド王国にいたのは、あの国が一番魔法が栄えていたし、魔法の書物が多かったからってのが理由ね。」
二人にとって非常に重く、そして同情して良いレベルではない苦労を八重子はしていることを知った。
イレイザは涙を流している。自分が魔法の天才とよばれ天狗になっていた時に八重子の弟子になって自分の世界がどれだけ狭かったかを知った。それから八重子の魔法が夢のように見えて魔法に改めて恋をした。そしてそれを教えてくれる八重子はイレイザにとって神になった。
どこかイレイザの中で八重子は特別に見えていた。
だが、現実はそうではなかった。自分では想像もできない苦労と努力を積み重ねてきたのだ。
そして、それは気も遠くなるような歳月をかけている。
改めて、自分がどれほど偉大な人に教えをこうていたかを実感した。
「まぁねそんなこんなで、こっちでは元通り以上の生活がしたいわけ。わかる? だから今の私の生活を壊すようなことをしないなら、たまにはそっちに帰ってあげてもいいって考えてるの。」
アルバートもついに耐えれず涙を流しながら八重子に抱き着きにいく。
「賢者様~おかわいそ・・・ぶっ!」八重子の足がアルバートの顔面をとらえる。
アルバートは元々貴族出身の騎士だった。
ホーデンハイド王国では十六歳で成人となり、正式に仕事に就く。
騎士学校を十六歳で主席卒業し、将来を有望視されながら騎士となった。
そして日々研鑽を重ね騎士団の中でも実力ともに期待をされていた。
そんな中で抜擢されたのが賢者の警護任務である。
最初は優越感ともいう職務につき意気揚々と任務にあたっていたが、日々必死に何かを成そうとしている賢者の姿を見ていて賢者に恋をした。
この人を助けたい。力になりたいと思うようになったのだ。
そしておぼっちゃまとして育ったこともあり、こうして賢者の過去を知り、甘えたおぼっちゃまの姿がのぞくようになったのだ。
「あんたたちが本気で私を思っていてくれるってわかってるから、急に、いなくなってわるかったわね。」二人の涙につられ八重子も泣きながら伝える。
五百年たってもこれほど自分を慕ってくれる人が近くにいたのかと気づかされる瞬間だった。
これほど長い年月を過ごすと、関わってきた人たちも年老いて死んでいく。
その中でまだ若い二人が、私の為に涙を流してくれるのだ。
こんなに嬉しいと思ったことは無い。
「気分転換に歌うわよ!あんた達、私の歌声を聴きなさい!」八重子がマイクをつかんで叫ぶ。
「「おお!!」」アルバートとイレイザが両手を上げて叫ぶ。
カラオケを出ると、アルバートとイレイザの顔はげっそりしていた。
八重子はカラオケが好きだ。だが、音痴なのだ。
そして八重子は音痴なことを気にしていない。
三時間八重子の歌を聞かされた二人は、すでに生気を失っていた。
帰宅途中に色々と買い込んだ。
こちらの世界でアルバートが気に入ったうなぎぱい。
イレイザが気に入った東京ばなな。
八重子が好きな白い恋人。
さらに飲み物や缶詰、カップラーメンなど。
部屋に戻った3人。
「また、すぐにあいにいくから。王様や聖王様に伝えといて。それにこれ、お土産。」
八重子は二人にこちらにしかない帰宅途中に買い込んだお土産をたくさん持たせた。
部屋に書いた魔法陣の上にアルバートとイレイザがお土産を両手にかかえて立つ。
「絶対にすぐ来てくださいよ。」イレイザが泣きながら言う。
「本当に絶対ですよ。俺、八重子様のことお待ちしてますから。」アルバートも泣きながら言う。
八重子は涙をこらえながら笑顔で手を振る。
呪文を唱えると淡い光が浮かび上がる。
光と共に二人は消えた。
そして、八重子の貯金からお金も消えた・・・。
最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
今後も続きを書いていこうと思いますので、宜しくお願い致します。
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