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第五話 異世界人、現代を楽しむ

へるぴょんと申します。

異世界人、現代日本を謳歌する・・・。

読んで頂ければ幸いです。


日曜日の朝、八重子はアルバートとイレイザを連れて街へ出た。


先日のSNSにあがった動画を見ている人が気づくかもしれない。

二人には「変装」というほど大げさではないが、帽子とサングラスをかけさせている。


異世界から来た彼らにとって、この世界の街並みはあまりにも刺激的すぎるのだ。

「なんですか? これは……城ですか? それともダンジョンですか?」

高層ビルを見上げながら、アルバートが半ば本気で尋ねる。

「なんか……すっごい色んな服着てますね。カラフルだし……」

イレイザは行き交う人々を目で追いながら、まるで異形の鎧を観察する戦士のような表情をしている。

異世界の服装は麻や皮で出来ているものがほとんどだ。

貴族でもなければ絹などは着ることも出来ない。

ましてや色を付けるなど、贅沢の極み。

戦場であれば、敵味方の判別の為に色の違いを付けている。


八重子にとって、東京の高層ビル群も雑踏も日常の風景だ。

だがアルバートには、その高さがもはや理解の範疇を超えており、

イレイザには、服装の多様さがまるで戦場での鎧のバリエーションに見えるらしい。

二人は完全に圧倒され、目を丸くしている。

八重子はふと、初めて彼らが車を見たときのことを思い出し、口元が緩む。

あのときの驚きようといったら、まるで巨大な魔獣に遭遇したかのようだった。


テレビを見せたときも、反応は予想以上だった。

「なんでこんな小さな箱の中に人がいるのですか? これは……もしかしてミニアノーブル達ですか?」

アルバートが真顔で尋ねてきたとき、八重子は吹き出しそうになった。

「そんなわけないでしょ。こっちの世界に小人族はいません」

きっぱりと言い切ると、アルバートはまだ納得しきれない顔をしていた。

それ以来、二人はテレビに夢中になった。

八重子が仕事に出ている間、まるで魔法の水晶球でも覗くかのように、画面にかじりついている。

ただし、アルバートとイレイザでは好みの番組がまったく違うため、

チャンネル争いが頻発し、その様子はまるで子どもの兄妹喧嘩のようだ。

八重子は横目で見ながら、「ほんと子どもかよ」と心の中で呟く。


ある日、八重子がカップ麺の作り方を教えたところ、二人はすっかり虜になった。

湯気とともに立ちのぼる香りに目を輝かせ、麺を口にいれた瞬間、同時に「うまい!」と声を上げた。

それ以来、毎日の食事にカップ麺を所望するようになったほどだ。

アルバートはシーフード味をこよなく愛し、

イレイザはピリ辛系を好む。

湯を注ぐ時間を計るキッチンタイマーを、まるで儀式の道具のように見つめる二人の姿は、八重子にとって小さな日常の笑いの種になっていた。


この日、三人で街を歩くのは二度目だった。

二人のお気に入りは、なぜかコンビニだ。

色とりどりの商品棚、温かいおでんの湯気、そして何より――トイレ。

以前、アルバートが外出中に急に用を足したくなり、

ビルとビルの間で事を済ませようとしたとき、八重子は慌てて止めた。

異世界では公共のトイレなど存在せず、男も女も木陰か自宅で用を足すのが当たり前らしい。

その後、コンビニに連れて行き、清潔な個室を見せたときのアルバートの目の丸さといったらなかった。


そして、トイレといえば――。

二人が初めて八重子の自宅の洗浄便座を体験したときのことは、忘れられない。

面白半分で「座って用を足したら、このボタンを押してみて」と教えたのだ。

数秒後――。

「あひゃひゃひゃひゃゃゃ……!」

「ひゃあああああっ!」

トイレから響く奇妙な叫び声に、八重子は腹を抱えて笑った。

それ以来、二人は洗浄便座の虜になり、用もないのにボタンを押しては楽しんでいる。

異世界の戦士たちが、文明の利器にここまで心を奪われるとは――八重子にとっても予想外だった。


その日、三人はまた街を歩き、笑い、驚き、そして少しずつ互いの世界を知っていった。

高層ビルの谷間を抜ける風の匂いも、コンビニの温かい明かりも、

彼らにとってはすべてが新しい冒険の一部だった。


八重子にしてみれば、今さら感のある光景だった。

だがアルバートとイレイザは、まるで初めて市場に出た子どものように、首を左右に振りながらきょろきょろと街を見回している。

「師匠、今日もコンビニでサンドイッチが食べたいです」

イレイザが八重子の腕をつかみ、期待に満ちた瞳で見上げてくる。

あの柔らかいパンと、層になった具材の多彩な味わい――彼女は「こんなにおいしいものは私たちの世界には存在しない」と断言してはばからない。

八重子は、二人にはせっかくの異世界を存分に楽しんでほしいと思っていた。

自分がかつて味わった、あの過酷で息苦しい異世界ではなく、笑って過ごせる異世界を。

しかし現実的な問題もある。

一つ一つは大した金額ではないが、毎日のように外食や買い食いが続けば、財布は確実に痩せていく。

先日も夜中に通帳の残高を見て、大きなため息をついたばかりだ。


「八重子~」

背後から聞き慣れた声が飛んできた。

振り向くと、そこには沙也が立っていた。

「しゃ……沙也」

思わずどもる八重子。

「なによ~、なんで私の名前でどもるのよ」

沙也が眉をひそめる。

「いや、びっくりしただけだよ」

八重子は慌てて言い訳をした。

「師匠?」「賢者様?」

イレイザとアルバートが、何の悪気もなく声をかけてくる。

――げっ!やばい!

八重子は心の中で悲鳴を上げた。

「二人とも走るわよ!」

有無を言わせず二人の手をつかみ、八重子は駆け出した。

「え?ちょっと八重子?」

沙也の声が背中越しに遠ざかっていく。

明日、なんて言い訳しようか……八重子は走りながら必死に考える。


ビルの角を何度も曲がり、ようやく足を止めた。

「ふ~……なんとかなったかな」

息を整えながら周囲を見渡す八重子。

「さっきの人は師匠のお知り合いですか?」

「ちょっと!二人とも私のことは“八重子”って呼んで!!」

「あ、え、申し訳ありません。賢者様のご機嫌を損ねたようで……」

「だ・か・ら!八重子って言ってるでしょ!」

「す、すみません。八重子様」

「あ~~もう、“様”もやめて!こっちでの私の立場があるの!」

二人は顔を見合わせ、首をかしげる。

なぜ呼び方を変えなければならないのか、理由はさっぱり分からない。

だが、八重子が本気で苛立っていることだけは理解できた。

もし機嫌を損ねて元の世界に帰されでもしたら――こんなにおいしいものが多く、楽しい世界をもっと味わいたい二人にとって、それは悪夢だ。


もっとも、事情を説明していない八重子にも非はある。

まさか街中で知り合いに会うとは思わなかったし、それがよりによって沙也だとは。

高校時代からの友人で、同じ会社の同期。十年以上の付き合いがあるのに、休日に偶然出くわしたことなど一度もなかった。

これはもう、運が悪いとしか言いようがない。

二人にとっては完全にとばっちりだった。


八重子は気持ちを切り替えるように、「カラオケ行くわよ!」と二人を引っ張った。

個室に入るなり、とりあえずビールを注文。

キンキンに冷えたジョッキが運ばれてくると、イレイザとアルバートの目が輝いた。

異世界では木製のジョッキが主流で、ガラス製品は王族や貴族しか扱えない高級品だ。

二人は手に取ってしげしげと眺め、指先で冷たさを確かめる。

アルバートはふと、ドワーフの作る精巧なガラス工芸を思い出す。

だがそれらは城や貴族の館でしか見られないものだった。


八重子はグラスの半分を一気に飲み干した。

女性にしては豪快な飲みっぷりだ。

二人は、八重子が毎日のように酒を飲むことを知らなかったので、意外な一面を垣間見た気分だった。

八重子にとって、ぬるくて味の洗練されていない異世界の酒を飲む理由はなかった。

だからこそ、この世界の冷えた酒は格別だ。

二人はジョッキを手にしたまま、八重子の反応をうかがっている。

まるで上司の許可を待つ部下のようだ。

「八重子さ……まは、お酒がお好きなのですね」

「“さ…ま”って……まあいいわ。アルバートは嫌いなの?」

「いえいえ!こちらのお酒は何を飲んでも美味しすぎます。国に持って帰りたいくらいです」

おどおどしながらも、アルバートは本心を口にした。

「それより、なに?飲まないの?」

「『呑みます。呑ませて頂きます』」

声がぴたりと重なり、八重子は思わず笑った。


ごくごく……。

「本当に毎回思いますが、この“生”というものはうまい!」

アルバートが感嘆の声を上げる。

「こっちの世界には本当においしいお酒が多いですね」

イレイザはカシスオレンジを口にし、うっとりと目を細めた。

やがて八重子がマイクを握り、歌い出す。

初めて来たときに合いの手を教わった二人は、手拍子と掛け声で盛り上げる。

八重子にとっては、鬱憤を晴らす至福の時間。

だが二人にとっては、ストレスを溜める時間となるのだった。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!

感想や評価をいただけると、とても励みになります!

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