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第二話 異世界からの来訪者 一

へるぴょんと申します。

異世界から来た二人が・・・。

読んで頂ければ幸いです。

元の世界に帰ってきた時間軸は、異世界において数百年かけて計算し、何度も検証を重ねて割り出したものだ。

その結果、一秒たりとも狂わず、ぴたりと元の時間に戻ることができた――はずだった。


だが、翌日の職場では、八重子はミスの連発だった。

ほとんどのことは覚えている。だが、五百年も違う世界で生活していたのだ。

頭では理解していても、体がついてこない。

「ボケるって、こういうことかも」と、笑えない冗談が頭をよぎる。

パソコンを打つ手が止まる。

当たり前だが、五百年間パソコンなど触っていない。

記憶には操作手順が残っていても、指が思うように動かない。

魔法陣なら、今でも正確に描けるのに――。


「どうしたの?獅子堂さん、手が止まってるよ」

隣の同僚が肩を軽く叩く。

八重子は慌てて苦笑いを浮かべた。

「ごめんごめん、ちょっと考え事してた」

笑顔の裏で、焦りがじわじわと募る。


さらに追い打ちがかかる。

「獅子堂さん、これ……なんて読むの? こんなに字、汚かったっけ?」

同僚が差し出した書類を見て、八重子は固まった。

自分では普通に読める。だが――よく見ると、日本語と異世界語が混ざっている。

しかも、楽をしようと魔法で書いたせいで、無意識に異世界の文字が入り込んでいたのだ。

戻ってきてからの一週間は、謝罪と訂正の繰り返しだった。

同僚や矢野部長からも、何度も心配の声をかけられた。



ランチタイム。同期の水野沙也が、トレーを持って向かいに座る。

「ねぇ八重子、昨日のドラマ見た?」

「……ごめん、見てない」

「またかぁ。最近、話題についていけてないよ?」

沙也は笑いながらストローを噛む。


――そう、八重子は“今”この世界の常識に、まだうまくなじめていなかった。

その様子は別部署の沙也の耳にも届き、何度も心配されている。

「馴れるまで気を付けるしかないな……」

魔法で楽をしすぎるのはやめよう、と八重子は心の中で反省した。



その夜。

「本当に日本に戻ってきてよかった。向こうの世界の食事と比べたら雲泥の差だからね」

ビール片手に、八重子はひとり晩酌をする

もちろん、異世界にも美味しい魔物はいた。

先日食べたサンドブラックフィッシュは、異世界で食べたものの中でも五本の指に入る旨さだった。

だが、美味しい魔物ほど強力で、個体数も少なく、簡単には手に入らない。

亜空間収納にたくさん入れたつもりでも、半年でほとんど食べ尽くしてしまった。


異世界に行く前は、テレビはほとんど見なかった。

スマートフォンで情報を調べたり、通販サイトを眺めたりするのが日課だった。

だが、五百年間テレビのない生活を送ったせいで、戻ってきてからはニュースですら面白く感じる。


異世界との大きな違いは、情報の伝達スピードだ。

異世界では、必要な情報を必要な人が、人の手を介して得る。

現代のように、不特定多数に向けて一斉に情報が発信されることはなかった。

だから、バラエティ番組もニュースも、八重子には新鮮に映る。



「――速報です。現在、渋谷駅周辺で大規模な混乱が発生しています」

仕事を終えて帰宅した八重子は、いつものようにビールを片手にテレビをつけた。

画面には、携帯で撮影された揺れる映像。

ざわめく人々、悲鳴、逃げ惑う群衆。

八重子は、思わず姿勢を正した。


「現場では刃物のようなものを持った人物が暴れているとの通報が相次いでいます。危険ですので付近の方は――」

眉をひそめ、無意識にボリュームを上げる。

「まさか……テロ?」

背筋に冷たい汗が伝う。


画面が切り替わり、現場のライブ映像が映し出された。

人ごみの中で、一瞬、見覚えのある顔が映る。

「……沙也?」

声が漏れる。

八重子はすぐにスマホを手に取った。

「出て、お願い……!」

だが、コール音だけが虚しく響く。



次の瞬間、テレビカメラが騒ぎの中心を捉えた。

鎧をまとい、大剣を構えた大男。

その隣には、ローブ姿の女性。

現代日本の街並みに、あまりにも場違いな装備。

通行人たちが距離を取り、スマホを構えている。

「嘘でしょ……なんで、あんた達がここにいるのよ!」

八重子はビール缶を落とし、立ち上がった。


深呼吸し、目を閉じる。

――精霊の印。


こちらの世界に帰ってきたとき、沙也にこっそりと刻んだ“精霊の印”に意識を集中させる。

すぐに魔力の反応が広がり、沙也を中心に町の気配が浮かび上がった。

沙也の位置、警察部隊の布陣、そして問題の二人の詳細も――。

「やっぱり……アルバート、イレイザまで……」

胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


テレビでは、警察官たちが拳銃を構え、必死に叫んでいた。

「動くな! 武器を捨てろ!」

だが、大男は怯むどころか、逆に声を張り上げた。

「賢者様ぁーーー! どこですかぁ!!」

その声に、八重子は息を呑む。

私を探している――。

ローブの女性が、大男に声をかける。

「座標は合ってるはず。師匠はこの世界のどこかにいる」

(座標……やっぱり、術式を解読したのね)

八重子の頭はフル回転していた。



警察が素早く予防線を張り、黄色いロープが現場をぐるりと囲む。

「下がってください!危険です!」

制服姿の警官たちが声を張り上げ、押し寄せる野次馬や報道関係者を後方へ押し戻していく。

報道カメラのシャッター音が連続し、スマホを掲げる群衆のざわめきが絶え間なく響く。

パトカーの赤色灯が回転し、ビルの壁や人々の顔を断続的に赤く染めた。

ロープの内側、最前線に立つ警官の一人が、目を見開いて呟く。

「なんなんだ、あの大きな剣は……あんなもの普通に持てるわけがない」

隣の巡査部長が低く、しかし鋭く注意を飛ばす。

「気を付けろ。どう見ても模造じゃない。しかも、あんなもので殴られたら即死だぞ」


視線の先には、全身を鎧で覆い、大剣を構えた大男と、フード付きのローブをまとった女性。

二人は背中合わせに立ち、周囲を鋭く見回している。


鎧の継ぎ目からは呼吸に合わせて白い息が漏れ、ローブの裾がわずかに揺れた。

現代の街並みにあまりにも不釣り合いなその姿は、まるで時代も世界も違う場所から切り取られた映像のようだ。


「くっそ!なんなんだこいつらは?」


警官の一人が拳銃を構えてけん制する。


「同じ服だから、どこかの所属部隊だと思うが……来るのが早すぎないか?」

「そうね。それに、さっきからダメージはないけど、光がいろんな方向から飛んできてる……あれ、攻撃なのかしら?」


二人は互いに短く言葉を交わしながらも、視線を逸らさない。

二人は、見たこともない形状の武器で狙われていることを理解していた。


背中合わせのまま、互いの死角を補い合い、隙を作らぬように構えを崩さない。

大男が低く呟く。

「それにしても……なんでこんなに人がいるんだ?」

女性が短く答える。

「わからない。それよりも、武器と思われるものを持った人が多い」

その声には、冷静さと緊張が入り混じっていた。

女性は視線を巡らせながら、大男に指示を飛ばす。

「師匠から言われていたけど、人族相手のときは、手を出されてから反撃しろって」

大男は頷き、低く応じる。

「わかってる。騎士団も同じだ。正当防衛でない限り、騎士の恥だ。……だが、どんな武器かわからない。注意しろよ」

その声は、戦場で幾度も部下を率いた者の響きを持っていた。



大男は聖騎士アルバート。

女性は、かつて八重子の弟子であった魔法師イレイザである。

アルバートは聖王直属の騎士の中でも、特に信頼を置かれた「賢者警護担当」という役職についていた。

その性格は極めて生真面目で、任務に一切の妥協を許さない。

そして――八重子に対して、密かに想いを寄せていた。

だが、聖騎士という立場で賢者様に恋愛感情を抱くなど、許されるはずもない。

その感情は、胸の奥深くに押し込み、決して表に出さなかった。

しかし、八重子が忽然と姿を消したあの日から、抑えていた想いは堰を切ったようにあふれ出した。


彼女を探し出すためなら、どんな危険も厭わない――その決意が、今の彼をこの異世界に立たせている。


イレイザにとっても、この世界はすべてが未知だった。

見たことのない建物、耳慣れない喧騒、理解できない言葉。

それでも、師匠がこの世界のどこかにいると信じている。

不安はある。だが、それ以上に、再会への強い願いが二人を動かしていた。

いくら「賢者がこの世界のどこかにいる」と聞かされていても、ここは完全に未知の世界。

二人が警戒を解かないのも、無理からぬことだった。



床に落としたビールを拾う余裕も、迷う時間もない。

「・・・仕方ない」

八重子は立ち上がり、呪文を唱える。

アルバート、イレイザを救い出し、そして騒ぎを最小限に抑えるために・・・。


最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。

今後も続きを書いていこうと思いますので、宜しくお願い致します。

もしよろしければ、感想などを頂けると幸いです。

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