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龍蛇ノ双紙  作者: 海山 紺
第三段
26/30

第26話 彼岸に吹き荒ぶ暁の風

 そのころ、伊織は改めて鹿野紅葉という剣士の異質さを痛感していた。

 〈無双〉をもってしても怯むことのない精錬された剣技。広範囲に及ぶ強大な神技の発動。その威力。いまだかつて、己の自信が通用しない大敵はいなかった。


「〈無双・夜凪よなぎ〉」


 紅葉に急接近しては〈黒翼〉を交差させてその首を刎ねんとする。だが、紅葉は軽々とそれを回避しては〈黒翼〉を踏み台にして大きく跳躍し、伊織の背後をとった。

 伊織に攻撃する隙を与えまいと、紅葉は再び間合いを詰めて〈緋角〉を縦横無尽に乱舞させる。


「〈竜胆りんどう花閃かせん〉」


 紅葉が刀を振るうたびに、わずかに遅れて尖鋭な竜胆が狂い咲いた。


「っ!」


 不意の二重斬撃をかわしきれず、伊織の頬に赤いものが浮かび上がる。

 〈緋角〉の軌道を追尾するように、どこからともなく開花する竜胆は厄介このうえなかった。何とかして体勢を整えたいが、紅葉の連撃を防ぐのに精一杯で距離をとることすらままならない。


「〈無双〉の末裔も所詮この程度か」

「んなわけないやろ!」


 苛立ち混じりに答えて猛攻を捌いていると、紅葉は突如、刀を振るう手を止めて後退した。そのまま右方から接近する気配に顔を向ける。そこには沈丁花の雑兵を撃破した親兵たちが、伊織たちを加勢しようと疾駆する光景があった。


「ちょうどいい」


 何かを思いついたように紅葉は呟き、襲来する親兵たちへと歩いていく。


「おい待て!」


 伊織が追おうとし、かつ親兵たちが紅葉の間合いに足を踏み入れた瞬間、かの者は〈緋角〉を地面に突き刺した。


「〈彼岸ひがん舞踏ぶとう〉」


 すると、〈緋角〉から親兵たちを取り囲むように緑色の神力が広がった。やがて領域内では数多の白い彼岸花があたり一面に咲き誇る。


 親兵たちが動揺したのも束の間、彼らはまるで生気を吸い取られていくようにだんだんと青白くなっていき、最後には肉体すらも腐敗して骨だけになった。一瞬にして白骨と化した親兵たちとは裏腹に、彼岸花はみるみるうちに赤く染色されていく。まるで、彼らの血肉を養分として吸っていくかのように。


 その惨状に伊織は絶句した。

 まさに彼岸。酷薄で美しい真紅の花園。鮮明な赤のなかでゆらめく死人の白影。

 瞬く間に彼岸の住人となってしまった部下たちは、操り人形のようにゆらゆらと蠢いては携えていた武器を掲げる。


「殺れ」


 紅葉の冷徹な命令とともに、骸骨兵たちは弾かれたように伊織へと猛進した。


「ふざけんな……!」


 生前と同じように機敏に動く彼らの攻撃を受け流し、〈銀旋風〉ではね除ける。だが、骨がばらばらになっても時間が巻き戻るようにすぐに再生した。


「無駄だ。彼岸の花園がある限り、奴らは無限に戦い続ける」


 つまり、紅葉を打破して神技を解除しない限り死の舞踏は続く。部下たちは白骨の傀儡という非業から抜け出せない。


「自分は退いて仲間同士で殺し合いさせるってか。ほんま救いようのないクズやな」

「誰が退くと言った」


 骸骨兵に紛れて、赤紫の長髪がたなびいた。転瞬、緋刃が閃いては伊織の腕を裂く。血潮が繁吹くと同時にひりひりと焼けつくような痛覚が走った。


「貴様は私の弟を殺した」


 声音はいたって平坦だが、次なる一太刀はさらなる切れと重みを増した。

 伊織が歯を食いしばって紅葉の斬撃を食い止めるも、四方から骸骨兵の刃が閃く。


「〈無双・竜巻〉!」


 伊織を中心として天を穿つ旋風が巻き起こり、骸骨兵を一掃した。その際、紅葉はいち早く離脱し、伊織との間合いを保つ。


「……弟?」


 荒い呼吸を整え、高ぶっていた激情を抑えながら伊織は問うた。紅葉は先ほど伊織が斬殺した大柄な男の遺骸に面を向ける。


「千萩のことだ。実際に血が繋がっているわけではなく正しくは弟分だが、上様に拾われて御庭番に入る前からの付き合いだからな。弟のようなものだ」


 紅葉はもう二度と起き上がることのない弟を見据えたまま、わずかに感情をのせた声色をぶつける。


「ゆえに、貴様にはなるべく苦しんで死んでもらわなければならぬ。痛みを感じさせずに斬り伏せてしまうと、千萩が浮かばれないゆえ」

「はっ、それはこっちの台詞や」


 赤黒の闘志がぶつかり合い、空を斬り裂く剣戟が鏗然と冴えわたる。


「〈無双・疾風〉」

「〈吾亦紅われもこう〉」


 神速の二連撃と逆手による逆袈裟が交差し、両者は背を向け合う。刹那、何かが割れて砕け散る音が残響した。

 伊織が振り返ったと同時に、紅葉の顔も視界に映る。そこで怜悧な紫瞳が見開かれた。


「私の顔を知る者は千萩と上様だけだった」


 ほっそりとした面立ちに、髪色と同じ赤紫の明眸。


「貴様で三人目だ」


 何よりうっすらと色づいた花唇が鹿野紅葉という人物の素顔を物語る。かの剣豪は仙姿玉質ながらどこか野性的な美しさも併せ持つ()()だった。


「あんた女の子だったんか。何で面なんか付けてんの?」

「上様に拾われる前、私は山賊の頭だった。女の頭というだけで侮られるゆえ、女だとわからないよう面をつけたまで」

「ふうん」


 囲う骸骨兵を薙ぎ払いながら、伊織は生返事する。白骨が散ったところで、伊織と紅葉は同時に地を蹴った。

 他の追随を許さない厳烈な攻防。〈風〉と〈花〉の神威がぶつかり合うたびに衝撃波が生まれ、再生した骸骨兵たちを吹き飛ばす。


「生憎、女の子を痛めつける悪趣味はないから」


 紅葉の斬撃を避けた瞬間、伊織は跳躍した。


「痛みを感じんまま一息に殺したるわ」


 落下の勢いに任せて全身を回転させ、疾風をまといながら三連撃を打ちこむ。


「〈無双・おろし〉」


 瞬きの間に繰り出された四刀に、紅葉は三連撃を防ぐも最後の一撃を許してしまった。


「くっ……!」


 紅葉は後退し、距離をとる。

 傷口を押さえていた手からは鮮血が溢れ、だくだくと彼女の生気が抜けていく。


「ああ、ごめん。最後の一撃を受けたとはいえ、まさかこれすらも避けるとは思わへんかったわ。痛いやろ。でも大丈夫」


 すぐ楽にさせてあげるから。


 彼の顔にいつもの愉悦な笑みはなかった。あるのはただ、冷厳かつ狂熱に満ちた紫黒の意志。其を宿す双眸の光。

 伊織は紅葉のみならず傀儡と化した部下たちをも見据えて〈黒翼〉を構え直す。


 ――安心して。


 ボクが今からキミらを、天国まで吹き飛ばたる。


 花唇から紅いものを繁吹かせつつ、紅葉も奥義を放つ体勢になる。

 相反する紫が混じった眼光が火花を散らした瞬間、剣士たちの奥義が咆哮した。





「〈無双・暁鴉ぎょうあノ風〉」

「〈鹿鳴ろくめいノ花〉」





 一羽の鴉が暁風に乗って漆黒の両翼を広げ、滑翔する。

 烈風の如く迫りくる鴉を迎え撃つのは、〈緋角〉の一振りによって生み出された数多の紅鹿。〈花〉の神を模した紅葉とその小花は、高潔な鹿鳴を発しながら暁鴉を迎え撃つ。

 しかし、紅鹿たちは鴉に為す術なく木っ端微塵に斬り裂かれ、散開した。


「なっ……!」


 刃物のような鋭さと硬さをもつ小さな花葉を、瞬く間にすべて一刀両断され暁風に吹き攫われていく。


〈無双・暁鴉ノ風〉は伊織の間合いに入ったものすべてを斬り伏せる最速の神技。最速の剣術である〈無双〉に加え、最も風速が強い〈暁風〉を追い風にすることで、刹那的に数多の敵を屠ることが可能となった。それは最強の剣士にして〈風〉の権能を与えられた伊織だからこそ編み出すことができた、唯一の神技にして奥義だった。


 紅葉が驚きと焦燥の色を浮かべた時には骸骨兵たちの壁も崩壊し、最速の剣士はやがて自身の元へと到達した。

 咄嗟に防御の体勢をとろうとしたが、時すでに遅し。紅葉の首元からは紅い一輪の花が咲き乱れ、花弁が地に落ちた。

 痛みを感じるどころか、斬られたことすら認知できないほどの速さ。不可避の風刃。

 紅葉とともに〈緋角〉も地に伏せ、やがて彼岸の花園は枯れ果てて塵と化した。


「はぁ、まさかここで〈無双・暁鴉ノ風(とっておき)〉を出すことになるとは思わんかったな。ほんまは最後までとっときたかったけど」


 伊織は血振りし、息を整えた。

 〈無双・暁鴉ノ風〉は神力だけではなく自身の体力も大きく消耗する。標的を全自動(フルオート)で迎撃するため、〈暁風〉による補助があるとはいえ腕や足腰に相当な負荷がかかる。少なくともしばらくの間は〈無双〉を用いた大技は使えない。


「〈無双・暁鴉ノ風(これ)〉を出させたんはあんたで二人目や。このボクから奥義を引っ張り出したこと、先に地獄へ逝った弟に自慢したらええわ」


 血の池に浮かぶ紅葉の骸に得意げな笑みを向けた後、ばらばらになった部下たちの遺骨にそっと触れた。


「骨が残ってくれたんは不幸中の幸いやったな」


 伊織は静かに瞑目し、黄泉の国へと旅立った仲間たちに黙祷を捧げる。


「あとでちゃんと埋葬したるから。もうちょっと待っててな」


 創出した緩やかな風で彼らを安全な場所へと移動させる。


「さてと」


 首魁が待つ本堂――戦場の最奥では嵐慶が腹立たしい笑みを浮かべて部下たちの死闘を傍観していた。おそらく彼の目には氷矢を放つ佳弥とそれを迎撃する増美、それから加勢した桜夜が映っている。少し離れたところでは燕が紫色の鞭をしならせ第四部隊の隊長と応戦していた。見る限り、彼女も高位に位置する幹部なのか直属の部下が苦戦を強いられている。他の幹部たちと鎬を削っている仲間もまだ決着がついていないようだった。


「そっちは頼んだで。桜夜ちゃん」


 伊織は部下の援護に回るため、桜夜のいるところとは反対の道を突き進んだ。

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