表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍蛇ノ双紙  作者: 海山 紺
第三段
22/30

第22話 過去の因縁

 桜夜と伊織は肩を並べて、局舎の地下牢へと疾駆した。だが、進むたびに血の池に伏す仲間たちの惨状が濃藍の明眸に焼きついて離れない。

 桜夜は悲愴を浮かべ、花唇を噛む。


「これ、全部あの般若面の仕業か」

「……そうだ」

「なら、早くクズを掃除して焼却炉に放りこまなあかんな」


 伊織の抑えきれない静かな激憤を目にするのは二度目だ。

 一度目は新越に向かう道中。その際、彼の本性とも言える怒りを見た。



『あいつらは寧子様が治める世の中を乱そうとするクズ中のクズや』



 普段はおちゃらけていて、まるで本心を隠しているかのように飄々としているが、彼が時折見せる負の形相は桜夜でも総毛立つほどの気迫があった。

 彼の心の奥底で渦巻く怨嗟は一体どこから生まれているのか。


 ――十四年前の焼き討ち事件と関係があるのか。


 桜夜が伊織を凝視していると、わずかに翳が差した濃紫の双眼とかち合う。


「どうしたん?」

「いや……何でもない」

「何でもなくはない顔やな。さっきからボクのことずっと見てたやろ。あ、もしかしてボク怖い顔になってた?」

「…………」


 肯定する代わりに桜夜は視線を逸らし、沈黙する。


「そっかあ。それはごめん。あんまり顔に出んようにしてたつもりなんやけど」


 再び伊織のほうを向くと、先ほどより表情が柔らかくなっているものの、いつもの妖美さが薄れていた。


「……お前が沈丁花をクズだと罵る理由。それは十四年前の事件が関係しているのか」


 桜夜が躊躇いがちに尋ねると、「そうやなあ」と伊織は声を落として首肯した。


「ほんまは桜夜ちゃんが蛇女に勝ったごほうびとしてゆうつもりやったけど、状況が状況やし今のうちに教えといてあげるわ」


 速度を落とさずに、伊織は滔々と昔語りを始めた。


「人っていうのは臆病なもんで、往々にして強すぎるやつを恐れて排斥したがる。出る杭をすぐに打とうとする。だからボクの一門は年月が経つにつれて衰退し、その数を減らしていった。十四年前の時点でその血を継いでたのはボクと師匠――実の叔父の二人だけ。まあ、門弟は何人かおったけど、宮原の人間という意味ではもう二人しかおらんかった」


 そこで青年の紫瞳の翳が濃くなり、闇をはらむ。


「で、幕府はボクらの隠れ家もろともおとんと門弟を焼き殺した」


 淡々としている口調だったが、その声音には言いようのない冷徹な怨恨と憤怒がはらんでいた。


「でも、なぜ隠れ家が幕府に……」

「門弟の一人、ボクの兄弟子でおとんもよく可愛がってた男が幕府と通じててん。もしかしたら、御庭番だったかもしれん」


 衝撃の事実に桜夜は目を大きく見開く。怒りの根源がわかり、ようやく腑に落ちた。


「おとん――あ、ボクの師匠兼叔父さんな。おとんがボクを逃がしてくれんかったらボクは烏賀陽に養子として拾われてないし、寧子様や額ちゃん、雑賀兄妹、それから桜夜ちゃんと蓮夜くんにも会うこともなかった。だから、ボクはおとんの分もちゃんと生きて為すべきことを為さなあかんねん」

「為すべきこと?」

「元幕府だった沈丁花――あのクズどもを一人残らずこの世から消すことや」


 ついに伊織の双眸から光が消え、抑揚のない酷薄な声音が発せられた。桜夜は思わず寒慄し、一度足を止めてしまいそうになった。

 親兵局員である以前に、なぜ彼があれほどの怨恨を沈丁花に向けているのかがわからなかった。しかし、伊織もまた彼らに大切な家族を奪われていたのだ。


 ――本当はあの時、私を殺したかったのだろうな。


 桜夜とて元は幕府側の人間だ。宮原一門の殲滅に関わってはいないが、立場が違えば彼の叔父を手にかけていたのは自分だったかもしれない。


「……嵐慶たちの抹殺を、寧子様がお許しになるはずがない」

「うん、それはようわかってる。それでもボクはあいつらを地獄に突き落とさんと気ぃすまへん。ボク自身、目的を果たした後は処刑されてもええんや」

「伊織……」

「人の大事なもんさんざん奪っといて、のうのうと生きることだけは絶対に許さへん」


 底知れぬ暗影が彼を漆黒に染め上げ、一切の光を遮断する。

 生に執着せず、本懐を成し遂げるためならば死すら悠然と受け入れる伊織の心意に桜夜は返す言葉が見つからなかった。だが、心の中で思った。

 この男は愛そのものではなく、復讐を生きる道筋としているのだと。


 そこで突如、矢の如き根なしの刺草が二人を襲った。桜夜は〈水牙〉を手中に収め、伊織は〈黒翼〉を抜刀して迎撃する。


「〈打水〉」「〈風切羽〉」


 神技同士がぶつかり合い、相殺されて白煙が生じる。

 薄い白幕が引くと、紅葉と彼女の背後に二人の囚人が佇んでいた。


「やっぱり、ちょっと遅かったか」


 伊織が呟く一方で、桜夜は牢のほうを注視する。

 牢の扉の前には大きな穴があり、それは牢のなかへと続いていた。

 牢に結界が張り巡らされている以上、破壊は不可能。結界の範囲外である地下に穴を開けて抜け道を作ったのだ。やはり紅葉は頭もきれる。


「久しぶりだな。桜夜」


 相変わらず感情のない声音で言う紅葉に、桜夜は顔を顰めた。


「大事な弟の傍にいなくていいのか」

「仲間が守ってくれている。お前を行かせるわけにはいかない」

「悪いが、今はお前たちの相手をしている暇はない。そんなに我々を討ちたければ、花川寺に来るといい」

「花川寺……」

「弟と一緒に待っていてやる」


 桜夜と伊織が地を蹴った瞬間、紅葉は〈緋角〉を石畳の回廊に突き刺して唱える。


「〈飛梅とびうめ〉」


 すると地面から壮麗な梅の木が出現し、入れ替わるかのように紅葉たちは姿を消した。


「消えた⁉」


 伊織は愕然とし、桜夜も目を瞠ったのも束の間、奥歯を強く噛み締める。


「やられた! 局寮の近くには梅の木がある。それと入れ替わって奴らは外に出たんだ」

「ええ、マジ? 何その便利過ぎる神技」


 〈飛梅〉は一定範囲に存在する梅の木と紅葉がいる場所を入れ替える瞬間移動の神技。桜夜もこれまで一度しか見たことがなく、おまけに局寮の近くにある梅の木を完全に失念していた。


 このままだと蓮夜と増美が危ない。桜夜は弾かれたように駆け出す。伊織もすぐさま彼女の背を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ