Angel 94 魔を滅する者Ⅳ
変化のない黒い空間をひたすらに歩き続ける。道中には数体の悪魔が出てきたが、どれも問題になることは無かった。そして今は、直人たちの目の前に黒く絢爛で、10Mはあろうかという巨大な扉がそびえ立っていた。先ほどまで何一つ無かった人工物。どう考えても違和感の塊だ。
「これは……随分とあからさまですね」
「そうだね。これは彼にとっての自己顕示欲……なのかな。随分と僕好みのいい趣味だ」
“あからさま”というのも、この扉が創作物によく出てくる「ダンジョンの最奥」、「ラスボスの部屋」。その入口に思えたからだ。細部まで丁寧に掘られたであろう装飾が目に留まる。
「相も変わらず所長は好きですね、このタイプのデザイン」
「そうだね。前職の名残……だろうけど。いっそのこと興信所もこんな感じに建てなおそうか。いくらかかるんだろうね」
「嫌ですよ。こんなことで悪目立ちたくはありません。ただでさえ地域で肩身が狭いんですから。知ってますか? 近所からどう思われているのか」
痴話喧嘩のようなやり取りに無視を決め込み、扉に手をつける。手に伝わってくる冷たさとこの硬さは金属によるものだろう。
「……これ、開きますかね?」
軽く押してみるが、まるで地表を押しているようにビクともしない。
「真っ当な開け方はできないだろうね。何しろこの大きさだ。扉の重量も厚さも相当なものだろう……うん、壊すしかないね。勿体ないけど」
「壊すってどうやって……」
銃口で扉をつついてみるとカンッと高い音を奏でた。これほどの材質なら弾丸でも傷ひとつ付くことはなさそうである。
「こうやってだよ」
シュテルクストはそう言うと、おもむろに布都御魂を鞘にもどした。
「傑斬幻顕・抜刀、骨喰藤四郎」
再び抜いた刀は、どこから見ても変哲のない日本刀だった。布都御魂から感じていた威圧感はなく、血桜ほどの華やかさも無い。素朴で趣のある刀だ。
「僕の刀の中で、この子が1番切れるんだ」
「切れるって……まさか……」
扉に刀身が近づくと、通った場所を撫でるようにスっ……と刀身が抜けていく。刃先が通った所から光が漏れだすが、崩落することなくその場に留まったままだ。
「切れてる……」
「凄いだろう? 褒め称えてくれてもいいんだよ。ま、本当に凄いのは伝承を残した偉人だけどね」
刀を布都御魂に戻す。
「直人、助手ちゃん……気を引き締めよう。短い旅の最終決戦だ」
「……はい」
「早く帰ってお風呂に入りたいので、手短に終わらせましょう」
シュテルクストはふっと笑うと、切れ込みの入った扉の中心を目掛けて跳躍、勢いよく蹴り飛ばした。
「邪魔するよ!」
扉はガラガラと大きな音を立てて崩落していく。中も扉と同様の装飾が散りばめられており、教会の内装を思い出させた。黒を基調としているせいだろう、神秘的なのにどこかおぞましさを感じる。
そして奥にある椅子に座っている存在がひとつ……。
「――やはり人間というのはどうも好かん。天使の奴らも、どうしてこのような存在を守りたかったのか……全くもって検討もつかんな」
悪魔……なのだろうか。直人と対して変わらない背丈に筋量、そしてその見た目。人間と違うのは頭に着いている黒い2対の角と同じく黒い翼だけ。見た目通り、低級悪魔のような異形とは違う人間らしい知性を備えている。
扉を壊された怒りからか、ソレはじっとこちらを見つめていた。この距離からでも伝わるその気迫。それだと言うのに、シュテルクストはいつもの胡散臭い笑顔を絶やさない。
「理解できなくて当然さ。君たち悪魔は人間を嫌い、この世界を捻じ曲げたい存在だからね。そこに個体としての意識や自己選択は存在しない……庇護する天使とは根本から違う」
「そんなものか……理解する気も考える事もないが覚えておこう」
悪魔は固まった首をボキボキと鳴らすと、こちらを睨みつける。後ずさりしてしまいそうになるのを必死にこらえた。
「……随分と怒っているようだが、それは仲間を殺された恨みからかな?」
「違うな。貴様が扉を壊したことと、その態度だ。あんな低俗な輩など、何人いなくなったところで問題は無い。待っていればまた勝手に発生する」
「扉か、それは申し訳ないことをしたね。いや、良い彫刻だとは思ったんだよ? ただ、僕らには大きすぎただけなんだ。君の傍若無人な振る舞いみたいにね?」
「随分と口が経つようだな、人間。八つ当たりという言葉を知っているか? まぁ俺は器もでかい……その舐めた言葉使いは許してやろう。だが、この俺を怒らせたことに関しては別だ」
悪魔は翼を羽ばたかせ、目の前に降り立った。少し動いただけだと言うのに、風が吹き荒れ、その流れが頬を割いていく。
「八つ当たりだと? ――覚えているかい? 君が過去にしたことを。調和の取れていた世界を裏切り、アバトー・クレデヒノフと手を組んだ。そして、この惨状を生み出したことを」
「もちろんだ、忘れるわけがなかろう。俺の偉業の一つだ」
「……真に《《舐めている》》のはどちらか教えてあげるよ。背信者のサタン。僕は君に対して怒りを覚えているんだ」
シュテルクストからは、かつて1度も感じたことの無いほどの圧が漏れ出ている。
「シェリー……回復は頼んだよ。まだ死にたくはないからね」
「――はい」
刀が光に包まれる。それは彼の手から離れていき、周囲を明るく照らし出した。
「擬神抜刀――十拳剣」
光は10本の刀を形取り、シュテルクストの足元に突き刺さる。
「第2形態は更に強いって相場は決まっている……そうだろう?」
シュテルクストは地面に刺さっている光に手を伸ばし、それぞれの手で掴み取った。




