Angel 93 魔を滅する者Ⅲ
「いいよもう……それで直人はどうして天使の弾丸を使わないんだい? そんなに甘い相手じゃないよ」
シュテルクストは不貞腐れていた。こちらとしては、力を貸さずに傍観していたこの《《変態》》を糾弾したいところなのだが……面倒なことになるのは目に見えている。
「――使いますよ。その時がきたら」
「その時……ねぇ?」
責められているのは彼のはずなのに、その面倒くさい含みのある追及には腹を立てずにはいられない。
「良いですよ説明しますよ! あれは特殊な弾丸を飛ばしているだけ、常時発動しているものじゃないんです。magicaと言うよりも、magicaで作った特殊な弾丸を飛ばしている……特殊銃を使っている感じに近いんです」
「なら《《必殺技》》って所かな」
シュテルクストの言葉に歯がゆさを覚えた。必殺技か。表現としては間違っていないし、天使の弾丸自体がmagicaではなく技能として表現する方が適切なのであろうが……
「そんなんじゃありませんよ。それを言うならあなたの擬神抜刀の方が――必殺技、じゃないですか?」
「ははっ、そうだね。これが僕の必殺技だ。――知っているかい? 主人公っていうのは、決戦前に第2形態を会得しているものさ」
シュテルクストは満更でもなさそうに笑っていた。
「今度こそ改めて――行こうか」
静かに頷き、鳥居に向かって歩き出す。
一行が鳥居をくぐると、灯篭のあかりはこれまた不気味に消えるのだった。
***
暗く肌寒い。ここに肌を温める光源は一切無い。それなのに周囲の状況が理解できるほどの視界は確保出来る。であるのなら暗いのではない……黒いのだ。黒く塗りつぶした密室の中に太陽光が降り注いでいるような。どうもここでは知っている常識が通用しなそうである。
「……直人」
「はい」
シュテルクストは何も無いはずの空間を凝視したまま直人に問いかけた。
「ここで問題だ。悪魔は今どこにいると思う?」
「この空間のどこか……ですよね。と言っても空間がどこまで続いているのか……音の伸び方的に異様な広さというのは分かりますが。どちらにしろ探さないと」
内界解放では悪魔の存在を探知できない。それほど離れているのか、どうしてか今はいないのか……それとも。
「残念――僕らの目の前にいる」
シュテルクストは布都御魂で目の前を切り裂いた。
まるで鏡が割れたように、周囲に鋭利な破片が飛び散る。
「人間ガ、ワレラニ何様ダ……」
そこには人間の5倍ほどの質量を持った化け物がいた。額には闘牛のような形状の黒い角を生やし、見たことの無いほどに筋肉が隆起している。ウォータースを彷彿とさせたが、その比ではない。
「これが……悪魔……」
天使が人型なのであれば、悪魔もそうなのだと勝手に思い込んでいた。なんと情けないことか、異形を前に情けなく膝が笑っている。
「直人、《《この程度》》の《《低級》》に萎縮することは無いよ。言語能力を獲得している分、随分と育っているとはいえこいつは下の存在」
「何ヲ言ッテイル……人間風情ガ……!」
悪魔はその巨体では考えられないほどの速度で拳をシュテルクストめがけて振り下ろす。鈍く大きい音がひびき、すぐさま土煙に包まれた
「シュテルクスト……!」
「――大丈夫大丈夫。ね、言っただろう? 図体の割に大したことは無いんだ」
そこには指先ひとつで拳を止めているシュテルクストが立っていた。
「君を殺す前にひとつ聞きたいことがある……サタンはここにいるかい?」
「――サタン……ダト!? 貴様ラ、マサカアイツヲ!」
「ここにいるかを聞いているんだ。いるのかいないのか、どっちだ?」
「知ラヌ……知ラヌ……! アイツノコトナド、何一ツ知ラヌ!」
「そっか……それは残念だ」
シュテルクストは指先から電撃を悪魔に流し込む。苦痛の叫びを上げながら、次第に暗闇に消えていった。
「全く、悪魔はいい加減に身内の上下関係くらいははっきりさせておいた方がいい。実力主義で社会を形成しているくせに、上官をアイツ呼びだなんてね。そんなんだから統率が取れないんだ。直人もそう思うだろ?」
「あ、あぁ……」
「ん、どうしたんだい?」
自分でも情けない顔をしていたと思う。目の前で起こった光景はとても信じられなかった。
「あれが低級……弱い方ってことですよね」
「そうだね――もしかして君は何か勘違い……いや、自己評価が低すぎるんじゃないかい?」
彼は何が言いたいのだろうか。
「もとより君は防御面では既に常軌を逸していた。驚異的なまでにね。でも今はそれだけじゃない――ほら、後ろを見てご覧」
言われるがまま振り向くと、先程と同じほどの悪魔が雄叫びを上げながらこちらに向かってきていた。
「君は既に天使と渡り合える程の素質を持っている……そういったはずだ。見せてごらん、直人の力を」
見える……命を狩り取ろうとする拳の動きが。分かる……攻撃するからこそ生まれる致命的な隙が。
――こちらに向かってくる拳を寸前のところでかわす。
「内界解放」
射出型の銃剣を精製し悪魔の額に打ち込んだ。想像通り皮膚はさほど固くはない。
ワイヤーを巻き取れば、奴の顔が目の前だ。大きな瞳の中に自分が映っている。
銃口を額に突きつける。
これならエンジェルバレットを無駄遣いする必要も無さそうだ。
「幸運因子……」
打ち込まれた弾丸は普段よりも多く回転し、悪魔の頭蓋を貫いた。黒い何かが弾け飛び、雨のように降り注ぐ。これが血だと気づくのに時間はかからなかった。
「ほらね? ――直人は人造天使の時には、酷く消耗した状態で戦っていた。恐らく天使の弾丸を生成するのに、自分で思っていた以上に力を使っていたんだろう」
体についた血は、悪魔の体が消滅すると同時に消えていく。
「けれど今はそうじゃない。クリアな思考に充分な体力がある――精神的なものも大きそうだけどね」
シュテルクストはこちらを見てニヤリと笑う。
それ以上は何も言わず、たた前へと進んでいく。
(一体どこまで知っているんだか……)
彼の笑みは何から来たのか、想像すればするほど悪い想像ができてしまった。




