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Angel 90 憤慨の咆哮

「セラくん、これを見てくれ」


 コーマンに言われ、渡された1枚の紙に目を通す。箇条書きに並んでいる名前に見覚えは無い。


「これは?」

「次の仕事の始末対象だ」

「――これ全部?」

「そうだ。このリストはどれもこれも法で裁けない罪人ばかりさ」

「……要するに個人的に恨みを買ったってことね。キューヴはずいぶんと物騒な仕事を受けるのね。」

「依頼人はみんな仰々しい顔をしていてね。あれは怖かったさ。断れば私が殺されていたかもしれないくらいに」


 少なく見積っても50人はいる。この数はさすがに常軌を逸している。でもこれは今まで直人がやっていた仕事だ。彼はどんな思いでこなしていたのだろう。


「――直人くんがいなくて乗り気じゃないのは分かるが……」


 分かる? 私の気持ちなんて何も分かっていないじゃない。気が進まないのはそれだけじゃないのに。だけど私もそこまで幼稚で無邪気じゃない。現実だって少しは考えられる。


「でも、こうでもしなきゃキューヴは存続できない……そうでしょ?」

「あぁ、そうだ。嫌な話だが金銭面の問題は常に付きまとっているからね」


 キューヴという組織は間違いなく“彼”が帰ってくる場所だ。美月だったらいつか帰ってくる彼のために、何が何でもこの居場所を守りたいだろう。そのために私が手を汚す必要があるのなら、喜んで赤く染まろう。

 

 けれど、セラフィムとしてはこの世界の人々を守りたい。お金のために人を殺めるのは……間違っている。どんな罪人でも、間違いなく私たちが救いたかったこの世界の人間なのだから。


 じゃあ今の気持ちは……何? 

 セラフィムとしての私はどうして直人の居場所を気にしているのだろう。自分に聞いても答えなんて返ってこない。それでも考えずにはいられない。


「ねぇ、さま? だいじょうぶ?」


 顔が引き攣っていたからか、フワネエルに心配されてしまった。こんなことではいけない。私は最後の天使なのだから……間違えてはいけない。

 ここで人々を殺すのが正解なの? じゃあ美月を、直人をなかったことにするのが正解なの?


 それは、私の生きる意味がなくなってしまうことだ。それは、過去救えなかった人々を、消えていった同族を無かったことにすることだ。


 美月と直人を救うのなら、過去を、愛すべき人間を見捨てることになる。でも、天使としての役目を優先すれば、彼らをないがしろにしてしまう。それに美月と直人も人間なのだ。


「――行きましょうか」


 下手な作り笑いを浮かべても、フワネエルの表情は変わらない。彼女は私よりもずっと、私のことを理解しているようにさえ見えた。

 私はどうすれば良いのか分からない。どうしたって私は間違えてしまう。今までそうだったように。

 私は何を選べばいい?


   ***


 とある研究室からは銃声が響いている。殺伐とした雰囲気が満ちているが、実際のところ緊張感はそれほど感じられない。


 なぜなら、侵入者の撃退にそれほど手間はかからなそうに見えたからである。


「で、どうするよリーダー《《代行》》さん。手詰まりにもほどがあるぞ」

「どうするも何も……」


 状況は最悪だ。この作戦の情報は漏れていないはずになのに、完全と言っていいほどに対処されている。どこを進もうにも、いまの勢力では突破できそうもない。まるで分厚い壁が動いて回っているようだった。


 これならリーダーがプロメテウスに帰ってくるのを待った方が良かった。いや……それよりも人員の補充が先だろうか。前線が減ったことによる損害は思った以上に深刻だ。


 この瞬間にも陣形が崩れそうになっている。身を隠している壁には、エネルギー弾が次々に着弾し耳障りな音を立てている。いつ崩落してもおかしくは無い。


 リーダー代行こと参謀は、あくまで後方支援が主だった。こんな瞬間瞬間の判断なんて一朝一夕でできることでは無い。この作戦の失敗は、自分にも非がある。参謀と言う名が聞いてあきれる。

 仮にもリーダーの代行という役職が付いたからには、おいそれと仲間を死なせる訳には行かない。


「――撤退しましょう。エスパーさん、この道を瓦礫で塞いでください」

「……分かりました」


 エスパーの不満そうな声が自身の不甲斐なさを助長させる。自分も父親やマーダーのように軍人としての経験があれば、少しは力になれたのだろうか……。今回受けた人的損害はないにしても、金銭的な圧迫は避けられない。


 まだリーダーは帰ってこない。このままだとプロメテウスは崩壊してしまう。組織としても、精神としても。

 今はリーダーの力が必要なんだ。

 


第6章 彷徨 ―終―

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