Angel 83 アンジュ・デシュⅥ
聖典と杖を手に、信徒たちは淡々と詠唱を始めた。天命により生み出された結界は、シェルミールのものとは違い青白く見える。 人造天使の猛攻を防ぐだけであれば問題のない強度であった。
「カーディナル……なんでお前がこんなところにいる……」
「教会の周辺で暴れまわる不届きものを排除するためだ……主がついでにお前を助けてやれ、だとよ。義理もないのに何故助けなきゃならないのか分からんが」
「エルブラムが……」
「それで? 人造天使の状況は?」
直人は一通り人造天使の能力について話した。
「ロロネイも今のところ特殊銃を持っていること以外は分からない」
「そうか。その程度なら問題は無い」
カーディナルの手に収まっていた聖典はひとりでに浮き、パラパラと風に揺られてページがめくれていく。
「お前の考察が正しいなら、あの歪な機械は火力で押し切れるんだよな」
「あぁ……だが」
天使の雷光1発で仕留めきれなかった存在を倒すことなど出来るのだろうか。カーディナルたちの攻撃力は知っている。常人離れした力だ。だがその上で難しく思える。 フォティアと一緒に居た女や、シュテルクスト程の力が必要であることは確かだ。
直人の心配をよそにカーディナルはふっと笑うと、杖を人造天使に向けた。杖の先からは文字列が浮かびあがる。螺旋回転をしながら先端をクルクルと回りだす。
「――プロミネンスノヴァ」
人造天使の目の前に突如として現れた業火。鋼鉄の羽を溶かすほどの熱量は、勢いよく罅ぜた。直人が以前見たものよりも、数段強い出力を誇っていたのだった。手を抜いていたのではない。この短期間でカーディナルは考えられない程に成長していた。
***
俺は劣等感というものを知らなかった。他者よりも劣ったがゆえに羨み、そして憎悪する。その無様ともいえる感情を理解できなかった。
俺は子どもの頃から一通りなんでも出来た。勉学でも運動であっても、誰かと競う事に関して負けた経験は無い。劣っている瞬間が存在しなかったから、劣等感を知る機会がなかったのだ。
「やっぱロロネイはすげぇな」
子どもの頃、幾度となく言われた称賛まがいの言葉。この裏側にある“嫉妬”に気づくのに時間はかからなかった。家に金があり、学ぶ環境があり、何一つ不便がない生活。
「すげぇのはお前の親だろ? 環境だろ?」
そう言いたいんだろう……馬鹿をいえ。親だと? あんな能無しの奴らのおかげだと? この俺が! ふざけるな。俺は……ロロネイ・ヴァイタリアーノは全てを周りのせいにするお前らとは違う。お前らが立派に無駄な時間を費やしているこの瞬間に、俺は何かを生み出している。研鑽している。全て俺の力だ、功績だ、結果だ!
こうやって周囲から向けられる不快な視線を侮蔑し、つまらない日々をただただ浪費してきた。努力をすれば結果が必ず帰ってくる。だから成功に心を躍らせることも無い。親から向けられるのは、子に対する絶対的なまでの自信と過度な期待。だが、その期待すらも簡単に乗り越えてしまう。なぜなら、この俺がお前ら程度の予想の範囲に収まるわけなどないのだから。
「第二席、ロロネイ・ヴァイタリアーノ」
コンフェッサーのトップ。第一席の老いぼれに呼ばれた俺は、そっとため息をついた。研究において世界の最先端を独走しているこの組織でも、俺に劣等感を植え付けた人間はいなかった。わずか数年で二席までに来てしまった。あぁ、全てが馬鹿馬鹿しい。
「つまらそうだね、ロロネイ」
紫の長髪の女が、壇上でひそひそ話をしかけてきた。
「メアリー・アン・コーマン……何の用だ?」
「その若さで第二席に抜擢されたんだ。もっと笑みがこぼれてもいいだろう? なのに君の顔はひどく退屈そうだ」
「実際そうだからな」
「式典は嫌いかい? まぁかく言う私も嫌いなんだがね」
この女も、俺から見たら下の有象無象と一緒だ。俺より上にいるのは――《《天使だけ》》。化け物の存在を知った時から、天使こそが俺を負かした唯一の存在だと気づいた。
劣等感こそ覚えない。だが、俺より上に存在している事が目障りだ。あぁ、そうだ気に食わない! ただ生物としてのスケールが上なだけで、俺より上に立っていることが当たり前だと思っている化け物が。人が……いや、この俺が天使より勝っていることを証明してやる。
ロロネイ・ヴァイタリアーノは、誰も見ていない中で不気味に口角を上げた。あぁ、これはそう……親に向けていた感情と同じ。一種の反抗のようなもの。天使も老いぼれどもも含めて、周りの全ては俺にひれ伏す事になる。
――見ておけ、この俺が……ロロネイ・ヴァイタリアーノが新人類の創造主だ!




