Angel 81 アンジュ・デシュⅣ
制御しきれなった弾道は、人造天使の左肩を中心に丸く削り取っていった。身体の中心を狙ったはずなのに大きく逸れている。
「ノンデリ……」
後ろから聞こえる天使の声はどこか心配そうに聞こえる。
その心配は正しい。たった1発撃っただけで、体の中に残っていた全てのエネルギーを吸い取られたような気がした。声の方へ振り返るのも億劫だ。体が自然と前に倒れていく。地面と衝突すると思われた所でシェルミールに支えられた。
「悪い……もう……」
「ったく、ノンデリのくせして無理しすぎだぞ」
「方法がこれしか無かったんだよ」
シェルミールに抱えられ今にも気を失いそうな直人。もうまともに戦うことも出来ない。だがこれでもう終わり……そのはずだった。
無情にも赤髪の男は信じ難い言葉を言い放った。
「――人造天使。いつまで寝ている」
ロロネイの声に反応するように、風穴の空いた人造天使の体が光り出した。普通であればもう機能出来ないはずなのに。
「……嘘、だろ……」
周囲から吹き飛んだ肉片をかき集めるかのように、彼女の肉体が復元されていく。それは絶望が具現化したような光景だった。――軍時代に対応した実験体の能力、即時回復。それは内臓など、特定の箇所は復元できない代物だったがこれは違う。時を戻すように全てが元に戻っている。
直人は人造天使の姿を見ると、自身のふがいなさに苛立ちを覚えた。
「――なぜこの可能性を考えなかった!」
「どういうこと?」
「普通の人間にあんな多大なmagicaが行使できる訳が無い。脳が焼ききれて当然だ。なのに人造天使は《《命令を聞いて》》動いていた」
あの実験体を作り上げた人間……軍の先輩、ジュイの言葉を思い出す。確かその名前は――ロロネイ・ヴァイタリアーノ。
「ならなぜ脳が機能しないまま命令が聞けるのか……簡単だ、常に脳を壊しながら回復し続ければいい。精度も落ちるから簡単な指示しか伝わらないだろうがな」
人造天使にかかる負荷など想像したくもないし、そんな事やつが考えている訳がない。別にこの少女に思い入れがある訳ではないが、ロロネイの非人道的な行為に腹が立った。運が悪ければ、美月もこうなっていたかも知れない。
人造天使が元の形に戻り、何事もなかったかのように浮遊し始める。直人は再び銃に弾を込めた。
「無茶だ! もう撃てる体じゃない……君も死ぬぞ!」
「――即時回復を破る方法はある。回復が間に合わないほどの損傷を与え続ければいい。脳の修復にリソースを割けなくなるまで……」
シェルミールの制止を無視するように振り切り、銃口を向ける。しかし、口から溢れ出す血液がそれを妨げた。
「うっ……!」
無慈悲なまでに人造天使は攻撃を再開する。光線が空を舞い向かってくる。シェルミールはとっさに直人の前に出ると、必死の形相で両手を前にし結界を張った。
強固だったはずの結界は、端々からガラスが割れるような音を奏でながら飛散していく。まともに機能していないようだった。
「くそッ……もう……」
決して手を抜いているわけでも調子が悪いわけでもない。直人が彼女の力を吸い取ったため、今持てる最大出力がコレなのだ。この姿は天使とは呼べないだろう。ついに光線は結界の割れた箇所からシェルミールを捕捉した。シェルミールは咄嗟に右半身を反らせる。だが、それも大した意味をなさなかった。
「あああああッ!!!」
初めて聞いたシェルミールの絶叫が、より事の重大視を知らしめた。彼女にあったはずの華奢な右腕は、屈んでいた直人の足元に落ちている。
——肘から下が、とめどない流血をおこしていた。
「うっ……かッ……」
シェルミールは何かを吐き出すかのような声を出し、右腕を抑えている。――大丈夫か? と聞いている場合などでは無い……直人にも死が間近に迫っていた。
「ロロネイ……ロロネイ・ヴァイタリアーノ!」
腹からありったけの声を出し、足が覚束無いまま怒りに任せて駆け出した。通常の鉛玉を装填し、ロロネイに銃口を向ける。
彼の頭部を狙った弾丸は、全て人造天使に防がれる。ただの弾丸では到底とどかない。そればかりか、理性なきまま無闇に前に出てしまっている。これではもう後に引くことは出来ない。
今のリソースの全てを持ってしても、彼に傷を付けることすら叶わない。そんな事実が嫌という程伝わってくる。
(——今の俺じゃ勝てない……)
『折れてんじゃねぇ! このままだと本当に死ぬぞ! おい、聞いてんのか!』
フォルトゥーナの必死な叫び声も直人には届かない。
(……される――殺される)
動けない直人に代わり、フォルトゥーナは無理やり身体の主導権を奪い取る。被弾しないように全速力で後退する。
「馬鹿野郎が! こんな所で死ねるわけねぇだろ!」
突然口調の変わった直人をみて、ロロネイは不思議そうな顔をしたが、気には留めることは無かった。命がかかった状態で様相が変わることは珍しくもない。
「なぁ直人、生きて帰るぞ! あの小馬鹿にしたような天使に言いたいことあんだろうが!」
(…………)
「あの小娘《美月》がなんで《《ああなったか》》! 知らないまま死ねるのかよ!」
(——美月)
「そうだな……あと2分でいい。死にさえしなけりゃ俺らの勝ちだ!」
あぁそうだ、まだやらなきゃいけないことがある。それに決めたじゃないか。——俺は、俺から平和を奪ったアドナイを……滅ぼしてやる。それが俺の生きる意味だ。
「内界解放・魔双銃装!」
なぜフォルトゥーナは「2分死ななければ勝てる」と言ったのかは分からない。分かるのは、今ここで死ぬ訳には行かない事実だけだ。




