Angel 78 アンジュ・デシュⅠ
話を聞いたニーナは優しい顔でにへらと笑ってくれた。この太陽のような明るさは、直人の後悔や懸念、罪悪感をかき消すほどに明るい。
「ほらやっぱり……」
ニーナはくるりと回り、直人の正面からくっついて来た。抱擁と言うやつだ。すぐ下から見上げるニーナの微笑みには引き寄せられてしまう。直人の口元も自然と緩んでいた。
「私の言った通り。誰かがやらなきゃいけないことをナオトくんはやったんでしょ? 別に卑下することじゃないよ! 確かに誇りに思って……っていうのは難しいかもしれないけど」
「――そうかもしれないが……俺はそれ以外にも、その、色々とな……」
「ま〜た濁してる……」
ムスッと頬を膨らませたかと思うと顔を近づけグイっと見つめてくる。ここぞとばかりに際限なく距離を近づけてきた。
「……帰ろうよ? 私たちの家に」
答えを出さない直人の手を取り家の方へと直人を引っ張っていく。気づけば足取りは軽くなっていた。
「そう言えばどうしてここに?」
「――毎日のように夜中に出かけてたら嫌でも気づくし、気になるよ?」
抜け出す時には細心の注意を払っていたが、どうも足りなかったようだ。
(今後はもっと静かにいこう……)
2人は少し明るくなってきた街を、手を繋ぎながら帰っていく。
***
夜の一件以来、直人に対するニーナの関わり方はは露骨にオープンになった。
「ほら、あーん」
今もこうやって、スプーンを口元に押し付けられている。今までは正面に座っていた彼女だが、最近では隣にまで椅子をずらしてきている。おかげで若干狭く思えた。
「俺は別に赤ん坊でも無いんだから……」
「――え? 私のご飯が食べられないってこと?」
「……いただきます」
直人の抵抗も虚しくスープを流し込まれる。こんな経験はしたことがない。どう反応するのが正解なのだろうか。
「ふふ〜ん……どう、美味しい?」
「美味しいです」
「でしょ〜」
ニーナはキャッキャッと笑いながら擦り寄ってくる。――ヴィルダの視線が痛かった。彼の方は恐怖で見ることが出来ないが、確実に直人を睨んでいる。内界解放せずとも確信できる。
右から来る暖かさと、左から来る冷たさで風邪をひきそうだった。
「ニーナ、ちょっと流石に――」
ニーナをたしなめていると、聞き覚えのない音が響いているのに気がついた。身体の中にまで響くような重低音が外から聞こえてくる。
(この音は……違う、音じゃない。これは……地面ごと揺れている!)
ドゴッという低い音と共に、容器に入ったスープが揺れているの気づく。それは不定期に繰り返され、次第に大きくなっていく。
「地震か? 珍しいな」
ヴィルダが不思議そうに首を傾げる。
(違う! これは地震なんかじゃない!)
直人はmagicaを使い聴力を研ぎ澄ませる――何かが音を立てて崩れる音、爆発に悲鳴。これは……戦場の音だ……!
「クッ……」
急いで身支度をし、躊躇うことなく拳銃を取りだし武装する。弁明をどうこう考えている場合ではない。音の発生源は実験体だろうか、確信は持てないが相応の力を持っていることは明白。
(荷物は最低限で良い。今はいち早く止めなきゃ……ニーナたちが、街のみんなが殺される!)
「どこ行くの!?」
直人の様子を見てニーナは声を震わせていた。理解が追い付かず、状況が呑み込めないまま不安なのだ。
「ヴィルダ……ニーナを頼む。恐らくこの街でまともに戦えるのは俺だけだ。行かなきゃならない」
「――何かまずい状況だってのは俺にも分かる。ナオト、お前が行けば何とかなるのか?」
直人は手に黒いグローブを付けながら、少し考える。
(抑え込めるか? いや……無理だな)
先程から聞こえてくる音は、明らかに1人で対応出来るレベルではない。それに急に感じ始めた特有の威圧感……今の直人であれば、数分でも時間を稼げれば大金星と言えるだろう。
「2人は急いで荷物をまとめて、この街から離れるんだ。近くに聖派正教会がある。そこなら匿ってくれるだろう――これが質問の答えじゃダメか?」
「ダメに決まってるでしょ! それじゃあまるでナオト君が死にに行くみたいじゃない! 一緒に逃げようよ!」
「無理だ。誰かが時間を稼がなきゃ全滅は免れない。それは――俺の仕事だ」
今すぐにでも駆け寄ってきそうなニーナをヴィルダが止める。だが、ニーナを抱える彼の顔も強ばっていた……申し訳なさを感じながらドアを開く。
「待ってよ……! ねぇってば!」
何かが燃える臭いが鼻を突いた。本格的に時間が無いようだ。
「ナオト……死ぬなよ」
「お互いにな」
泣き叫ぶニーナの声を背中に受け、全速力で騒ぎの中心に駆け出した。後のことを考えて力を出し渋っている場合ではない。最初から全力で行く。
「内界解放・ディオバレット!」
magicaを同時に顕現させると、すぐさま片方の拳銃に銃剣を拡張させる。そして近くの民家に向けて射出、壁にめり込ませた。
ワイヤーを巻き取りながら自身も駆け出し、器用に垂直の壁を駆け上がる。
『案外便利だな、それ』
「これぐらいしか使い道がないんだよ」
高いところから見渡すが、煙ばかりでヤツの姿が見えない。かなり近くまで行く必要がありそうだった。仕方なく民家を飛び降りる。
「おいノンデリ! 何がどうなっているんだ!」
直人に合わせて、シェルミールが並走してきた。
「詳しくはわからない。俺が時間を稼ぐから――そうか、お前がいた!」
「……何が?」
シェルミールは首をかしげ呆けていた。
「こんな状況だ。今くらい力を貸してくれ」
「――嫌だね。なんならここで死んでもいいくらいだよ」
この状況でも彼女の意思は変わらない。この街の人間を見捨てているのは自身でもわかっているだろうが、それ以上に天使の力を恨んでいるのだろう。
「なぁ、シェルミール……これを見ても、か?」
直人は苦笑した。目の前に立ち塞がったのは銀髪の少女。しっかりと開けられた両目からは、涙のように血がとめどなく溢れだしている。そして何より――彼女の背中からは鋼鉄の羽が生えていた。
「何だよ……それは!」
シェルミールは怒り狂っていた。鋼鉄の羽には無数の“目”が付いており、その全てが幾何学模様で光っている。
「これじゃあまるで……《《天使》》じゃないか……!」




