Angel 77 Wandering wraithⅢ
興味本位だった。拳銃における“機能の拡張”とは何だろう。その一心で試してみた。結果としてこの鉛玉を出す事に特化した機構では、根幹部分に対して大きく変動を起こすことは無かった。言うならば、少しアタッチメントを付けたような程度。しかしよく用いられるサプレッサーや拡張マガジン、サイトなどでは無い。
「これは……また」
銃口の下には射出できる小型の銃剣が追加された。キラリと光る刀身はとても頼もしくは見える……。だが落胆せざるを得ない。
(……使い勝手悪いだろ、これ)
銃剣にはワイヤーが付いており、射出したあとで巻きとることが出来そうだった。肝心な射出は刃の重さで真っ直ぐは飛ばないだろう。放物線を描いて落ちていくはずである。
剣というにはリーチが足らず、使うには密着する必要がある。――無理に使う能力って訳では無いという解釈が正解のようだ。
接近する実験体の腹部にグッと刺しこみトリガーを引く。ドゴンと鈍い音と共に銃剣が飛び、実験体を連れて土壁に突き刺さった。
「発現する能力っていっても、そう都合よくはないか……」
拡張の結果にガッカリしながらワイヤーで刃を巻き取る。もちろん実験体は腹部に穴をあけたまま起き上がり、またこちらに向かってきている。
「ったく……」
回数を数えるのもやめた頃やっと動かなくなった。相手のmagica発動の限界が来たのだろう。正直、夜中ずっと繰り返すのは気が狂いそうになる。刃に着いていた血を拭い、内界解放を解除すると銃身は元の姿に戻っていた。どうやら機能の拡張の範囲は自分だけではなさそうである。
「――ナオトくん?」
声をかけられ振り向く。この街で直人をこのように呼ぶのはただ1人しか存在しない。だがこんな時間帯、こんな場所にいるわけがない。今頃部屋の中で寝ているはずなのだ。
「ニー……ナ?」
そこにはブランケットを肩からかけて立ち尽くすニーナの姿があった。
(まずい……!)
この血塗られた人殺しの瞬間を見られてしまった。決して関わらせたくない人物に。
「それって……」
ニーナは動かなくなった肉塊に目をやり、体ごとプルプルと震わせている。……怯えていた。平和な世界で生きてきた彼女にとって、このような争いは酷く怖いこと。身近であってはならない異常なこと。
(もうたくさんだ……これ以上、だれかを巻き込みたくない……!)
両親が直人の前からいなくなってしまったように、美月がこの世から消えてしまったように……ニーナまで、命を救ってくれた1人の恩人にまで同じ末路を辿らせる訳にはならない。
このような生き方しかできないなら……。
「ニーナ、今すぐ家に帰るんだ。それで、雨宮ナオトという人間のことは全て忘れる……何も無かったことにして、今まで通りの生活に戻ってくれ」
直人は少しでもニーナを怖がらせないように銃をしまって歩き出す。絶対に振り返らない。このまま街を出てどこか遠くへ行くしかあるまい。
「待って……待ってよ!」
右手がやわらかい何かに強く引かれ、歩みを止められる。ニーナは両方の手で強く握っていた。芯まで冷え切った直人の手にはあまりにも暖かすぎた。
「理由はどうであれ、俺は人間を殺している。そんな輩と君が一緒にいるべきじゃない」
「なら、私はどうしたらいいの! なら、この手で誰かを殺せば君のとなりにいられるの!?」
「ニーナ、一旦落ち着くんだ」
「無理だよ!」
ニーナは後ろから腰に手を回し、直人を強く抱きしめた。背中からは彼女の存在と湿り気を感じる。ニーナは泣いているのだ。
「無理だもん! 好きな人がこんなに苦しんでて、それを忘れろだなんて……できるわけが無い! ずるいよそんなの!」
「ニーナ……?」
「……最初は一目惚れだったよ。でも意識が無くなるほどに苦しんで、それでも逃げずに前に進もうとしてる。そんなナオトくんが好き。気難しそうに笑うのが好き。料理とか器用な割にすっごく不器用な態度が好き。でも……」
ニーナは更に腕に力を込め、頭をゴリゴリと擦り付けてきた。
「今みたいに、話してくれないのは好きじゃない……お昼の時もそう。何も言ってくれない」
「――怖くないのか……? 俺が」
「怖くないよ。本当はナオトくんが優しいのを知ってるから。本当に怖いのはナオトくん怪我をしてないか……どこか遠くへ行っちゃわないか、ってこと。それだけ」
自分の前から逃がすまいと、腕を固めたまま決して離さないニーナ。その力の強さは、彼女の決意に比例しているようだった。力任せに振りほどけば抜け出せる。だが、それは間違っていることは分かる。
「俺は……君に好かれていいような人間じゃない」
「――違うよ? ナオトくんだもん。これはきっと意味があってやった事……だよね? 今度こそ話してくれなきゃ嫌だ。絶対離さない」
その声には決意が満ちていた。どんなことでも聞いて受け止めてしまおう。そういった柔らかさを持った決意だ。
話してしまえば、彼女は巻き込まれてしまうかもしれない。かと言って話さなければ彼女は許してはくれないだろう。直人は硬く詰むんだはずの口を開き渋々語り出した。
「こいつらは実験体……誰かが終わらせなきゃならない、生きた幽霊みたいなものだ」




