Angel 67 月光奪還編Ⅸ
美月に近づくにつれて警備が多くなっていく。目につくと同時に射殺はしているが、まともにmagicaでやりあえば面倒なことになるだろう。先に認識し発砲できれば、相手がmagicaを使う前に処理することが出来る。それも相手が一定以上の実力であれば叶わない戦い方だろう。
「マーダー!」
イディがギッシュらを連れて奥の階段から上がってきた。肩で息をし、切羽詰まった表情をしている。雑魚処理に時間を取られている間に、別班が直人に追い付いてしまったらしい。
「適性体は? まだ確保していないのか!?」
「あぁ。今向かっている所だ」
一行は角を曲がると、その先には3人の雑兵が特殊銃を構えていた。合流しているのはこちらだけではない。時間がかかるにつれて警備も増えてしまう。イディたちが雑兵をを認識すると同時に、直人によって脳天を貫かれ後ろに倒れていく。合流したは良いが何もやることがなかった。
「おいおいまじかよ……マーダーって名前通りだな」
直人の戦い様を初めて見た構成員が苦笑いしていた。イディが誇らしげにしていたのはなぜだろうか。
「———あそこだ……!」
直人は右奥の強固な扉をめがけて突っ走っていく。まだ道中の部屋の中に警備兵が潜伏しているというのにお構いなしだった。扉が目に入ってから、明らかに周囲が見えなくなっている。
「馬鹿野郎! もっと周りを見ろ!」
イディとギッシュたちはmagicaや特殊銃を使って応戦する。彼にこちらの声は聞こえていないようだ。
(適性体に何かしらの思い入れ……それも巨大なものがあることは薄々気づいていたが……これほどか!)
直人は扉の電子錠の前で止まった。パスコードが無いと開かない仕様らしい。扉をこじ開けるほどの怪力の持ち主はこの場にいない。手詰まりのように思えた。苛立った直人は分かりやすく拳をモニターに叩きつけている。
「止まってたら的になるぞ! 一回離れろ……って聞こえてねぇのかクソッたれ! おいマーダー!」
直人は適当な数字をモニターに入力するも、6ケタの数字がドンピシャで当たるわけがない。イディはインカムに手を当てる。会話しながら特殊銃を発砲し続けた。
「参謀!」
『状況は分かっています。すぐにパスコードを解析します』
「解析を待っていたら間に合わない! 寡黙はまだ合流できないのか! あいつならあの扉もぶっ壊せるだろ!」
『——ッ! 今5階までの階段を登っています! あと2分待ってください!』
イディは顔をしかめる。戦場での2分はとても大きい。
「ギッシュ! 120秒だけいけるか!」
「あぁ、後輩のためだ。やってやらぁ!」
ギッシュは両手をバチバチとさせ、血気盛んに笑って見せる。
***
「どうだった? ニンゲンカンサツは」
「いつもよりはマシというだけで……つまらなかった」
イスケールは足元に転がった死体を見下ろしている。死体は所々凍結していて、足元にまで広がってきた血だまりからも暖かさを感じない。
「イスケール、あんたはどうすれば満足するんだ?」
「わからない……父上に匹敵するほどの何かがあれば」
ローブの男は呆れたようにため息をつく。
「それを人間に求めるのは酷じゃないか」
「……そうかもね」
「それで、あいつら追うか? もう適性体のところに付いているかもしれないけどな」
2人はゆっくり歩いていく。特段急ぐ必要はなかった。実のところ適性体が奴らにとられようと問題は無い。
「どちらにしろ《《彼女》》は自分でここから逃げ出すのだから、それが早いか遅いかは問題じゃない。プロメテウスのリーダーを殺せただけで充分です」
「でも、あいつらの後処理を俺が担当する羽目になったら面倒だ。面倒ごとは先に処理したい」
「あのリーダーが死んだ組織では私たちの脅威にもならないでしょうに」
「——それは王族とか天使とか……そんな上の地位だから言えるんだよ。現場の声を聞いてほしいもんだね」
「トラヴィスの側近がそんなことを言っても良いの?」
ローブの男はハッとした表情をする。
「——それはまずいかもな」
「良いわ、聞かなかったことにしてあげる」
「そいつは助かる」
2人の足音は、動かなくなった氷月を越えて先に行く。
***
鋼鉄の扉が、音を立てて開いていく。寡黙は人の領域を外れた怪力で扉をこじ開けた。中は暗く、中央部だけ上から赤黒い光が不気味に輝いていた。
光に照らされたベッドに横たわる1人の少女。
直人はそっと彼女を抱き抱え、実験室からでてきた。そんな彼をイディはそっと眺めていた。
「どうだった?」
「……覚悟はしていたが遅かったみたいだ。もう打ち込まれてる。こいつが目を覚ました時、もう俺の知ってる奴じゃないかも知れない」
下唇を噛みしめている彼からは、そこしれないほどの苛立ちが見える。だが、その顔はどこか安堵しているようにも見えた。
「イディ。言った通り俺はここまでだ」
「せめて一緒に離脱を」
横に首を振る。
「俺はこいつを連れても離脱できる。それに固まるより別れた方が狙いが定まらなくて効率的だ。そういうわけで、俺は現地解散だ」
「イディもう持たない! 早く離脱すっぞ!」
遠くからギッシュが呼んでいる。奥にはシューターが応戦している姿が見えた。無事にフメテノを倒したらしい。
リーダーは戦死し、指示系統も麻痺したまま。この状況で戦闘が伸びるのであれば、間違いなく全滅だ。
「それじゃあそういう訳だ。何かと大変だとは思うが頑張れよ《《リーダー》》」
直人は何故かイディをリーダーと呼んだ。
「マーダー!」
「俺も当分の目的はお前らと一緒だ。またいつか会えるだろうさ」
そう言うと少女を抱えたまま、窓から外に勢いよく飛び出した。
「ったく、ここ何階だと思ってるんだよ……」
窓から下を見ると、器用に壁をつたいながら降りていく姿が見えた。
「イディ早く!」
仲間たちが呼んでいる。感傷に浸る時間はない。自分の目標がまた1人、目の前から居なくなった。今日で2人目だ。
「マーダー。俺、いつかあんたを超えてやるよ。その時はまた、一緒に」
――いつか
いつになるのだろうか。自分で発した言葉に苦笑いしながら、リーダーは仲間の元に走り出した。
***
窓ガラスが割れ、風通しの良くなった廊下にイスケールと黒ローブの男が到着する。
「ほーら、みんな逃げちゃった。適性体は……あ〜だめだなこりゃ」
「問題ないと言っているでしょう」
イスケールは割れたガラスの向こう側、月が輝く空を眺める。
「天使セラフィムは、同じ天使だけど本質は違う。別世界から飛来した私たちと違って、この世界で唯一生き残った天使なのだから……もとから人間の味方なのよ」
「前言っていたみたいに、あんたがセラフィム嫌いなだけじゃなくて?」
「——それもあるわね」
「まったくうちの天使サマは良い性格してんな」
***
目を覚ます。暗く電子機器の光で満たされた部屋。知らない人間にモニタリングされながら、何もわからないまま、良く知らないものを打ち込まれるのだろう。
(いや、それはもう終わったっけ)
ベットに寝かされたままフメテノに……。
ここに来てから何カ月経っただろうか。言ったら、連れ去られてから……。数えることに意味はない。辞めよう。奴隷のように扱われたりすることも無く、どちらかと言えば丁重にされていたような気もする。それはすなわち、自分が器として希少価値が高いことを意味する。ということは……。これも考えるのを辞めよう。実際そうなってしまっていた。
(これからどうなるんだろう……)
『ごめんなさい』
少し前から、同居している女の子。ずっと謝り続けている。
(セラのせいって訳じゃないでしょ?)
『どちらにしろ私が許されていいはずがないのよ……』
そんなことは無いと思う。私が彼女に危害を加えられたわけでもないし。
『本当に……ごめんなさい。私がいたら、あなたは……』
前に彼女が話してくれたこと。どうやら、私はいつか呑まれて消えてしまうらしい。でもこうやって生きているなら、いつ死んだって良い。直人の事だけが心残りだけど。私を忘れてしまっていても、生きてさえいればそれで良い。
頭がくらくらする。彼女が来てからというものやけに疲労がたまる。身体に馴染んでいないとか、研究者は言っていた。すっーっと意識が途切れる。次、目を覚ますときにも、きっと暗い天井が待っている。
だと言うのに……。
「——どうして?」
明るかった。どうしようもないほどに暖かった。
「何で?」
人の体温とはこんなにも落ち着くものなのか。違う、これが彼の物だからなのか。
「何でいるの……? どう、して」
最後にあってからどれほどの時が経ったのか。少し背の伸びた彼を見間違うわけがなかった。涙があふれてくる。あぁ、情けない。せっかく強がることにも慣れてきたって言うのに、肝心なところでこらえきれないんだ。私は情けない。
そっと抱き寄せられた。
「会いたかった……会いたかったよ《《直人》》」
「遅くなってごめん」
首を振る。涙が彼のシャツに溶けていく。なぜ私はこんな気持ちになっているのだろう。そうか、そうだったんだ。私は彼が……。
その時、同居人が辛そうな顔をしているのが分かった。でも、ごめん。今は、今だけは私のために泣かせてほしい。
第5章 過去紀行録 Z ―終―
過去編にお付き合いいただきありがとうございました。飛び飛びになった構成で読みづらいとは思いますが、どうしてもこのタイミングで彼らの過去を描きたかったもので……
次章からは失意の底にいる直人のその後が描かれていきます。
今後ともよろしくお願いいたします。




