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天使に喰われたオーディナリー  作者: 猫飯 みけ
第5章 過去紀行録 Z
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Angel 65 月光奪還編Ⅶ

 身に覚えのない蒼色の炎。身体から急激に何かが吸い取られていくのがわかる。これは……すぐさま燃え尽きてしまう代物だ。


「イスケール……」


 炎に包まれた剣を握りしめる。手が震え、額から汗が1粒こぼれ落ちた。それもすぐさま水蒸気として消えていく。


「その姿……まるで聖戦の続きのようね。さぁ、始めましょうか」


 こちらからしたらこんなにも怖く恐ろしいのに、天使は不敵に笑っている。ただそれだけで呑まれてしまいそうだ。


「うぉぉぉぉー!」


 恐怖をかき消すように踏み込んだ。瞬きすら許されない刹那のやり取り。自分すら知らない常軌を逸した速さと威力の太刀筋。どうすれば扱えるか分からなくとも、勝手に体が動いてくれる。


 最適化された体躯たいくの扱いは、天使に、イスケールに間違いなく近づいている。人間というかせを取り払ったような錯覚さっかく


 一瞬自分を過信した。これならイスケールに勝てるかもしれない、と。

 だが、その過信が身を滅ぼした。連撃は全て……そう、その全てが――イスケールの指先によって止められた。


 イスケールは眉ひとつ動かさず、その全てを右腕だけでいなし、ついには刀身を掴んでみせた。炎でできた剣に熱さを感じないのか、冷めた表情でこちらを見てくる。

 生を感じない黒く暗い眼光に吸い込まれそうだ。


「――つまらない。とても……とてもつまらない」


 イスケールはそう言い放つと、空いた左手に何かを集め始めた。周囲から黒いもやが渦巻き、不気味に左手に集まりまとまっていく。


 ――そうだ。イスケールは万物を生み出すことが出来た。物も命もmagicaさえも。今までは、ただの天使としての戦い方でしかない。これから先が本領……絶望の始まり。


 今の炎神奏古プロメテウスでさえ勝てない。彼女の力を引き出すことしか出来ないのだろうか……。黒いもやは彼女の周りに様々な武具の形状を作り漂っている。無数の得物は、全てがこちらの命を奪い取ろうとしている……。


 掴まれた刀身を瞬時に炎に戻し、イスケールの手から逃れた。蒼炎はイスケールの獲物に対応するように、こちらも無数の小さな剣を構える。


「まるで私の模倣もほうね。赤ん坊のように見よう見まねで紛い物を作って……つまらない」


 射出されるイスケールの得物。一つ一つが弾丸より早い速度で飛んでくる。そこにピンポイントで剣をぶつけに行く。空中で炎と獲物がぶつかり合い、激しい音を奏でていた。


「つまらない」


 1つ、炎の剣が砕かれた。実体を持つイスケールの武具に対し、こちらはあくまで炎を凝縮した存在。天使の創造に敵うわけがなかった。


「つまらない」


 また1つ、2つ……。一瞬一瞬で炎が弾け飛んでいく。


「――つまらない」


 まるで剣が彼の正気を保っていたように、折れる度にリーダーの心をえぐっていく。リーダーから怒号とも悲鳴とも取れない声が響き、全ての蒼炎が砕かれた。すぐさま彼は右拳に自らの全ての蒼炎をまとう。


 自身の炎に焼かれてしまいそうなほどの熱気。


 ――それは狂気とも言える特攻。リーダーは拳をかがけ、天使に振り下ろした。間違いなく彼が出せる瞬間最大出力。周囲からは、まるで太陽が天使に迫るように見えた。イスケールに触れるとすぐさま豪炎と爆風がフロアを包んだ。


   ***


 天使とリーダーとの戦闘が始まり1分程度たっただろうか。参謀は、3班に指示を出しながら内心焦っていた。


「やめて……」


 隣ででせせり泣く1人の少女。名前はヘリーネ。立場は自分の直属の上司になるのだろう。まぁこの組織では上下関係というものはさほど重要ではないが。——軍ではこういう所も厳しいのだろうか。


 彼女は普段は若干怖く、だが気さくな人だった。泣いているところも、わめいているところも、落ち込んでいるところすら見たことは無い。姉御あねごというのはこのような存在なのだろう。


 そんな彼女が、ただひたすらにせせり泣いていた。


「もう……やめて……」


 異様な光景だった。彼女が対応しているのは主力である1班だ。今異常事態が起こっているのは理解している。それこそ作戦を揺るがすほどのイレギュラーだ。参謀は、静かにインカムの出力先を1班に変更する。聞こえてくるのは風のノイズと、何かが焼ける音。 現場が見られるモニターなど大層なものは無く、分かるのは位置情報とこの音声データだけ。


 そこから予想できる事などたかが知れてる。……へリーネを除いて。彼女のmagicaで、リーダーとの感覚共有をしているのだ。戦況が手取り足取り分かるのだろう。


 そんな彼女が泣いている。どういうことか説明は不要だろう。


「…………」


 参謀は黙っていることしか出来ない。どうしようもない。かと言って落胆する必要もない。ただ、自分にできることをまっとうするだけだ。


 ——ただ、この考えも必死に安静を保とうとしているだけ……なのかもしれない。


 そんな中、突如としてリーダーの声が耳に響く。なにか叫んでいる。言葉に意味はなく、ただ声帯から発せられる叫びだ。ただ、決死の声だというのは分かる。何か覚悟を決めて、自らを奮い立たせるもの。風のノイズが大きくなり、ほとんど聞き取ることはできない。


「やめてぇ!!!」


 へリーネが叫んだ瞬間、リーダーと氷月、花雨の位置情報が消失した。

 これは、位置情報を送る端末の故障か……それとも。焦るな。焦るな! まだ彼らの死が確定したわけではない。


 自分に言い聞かせながらインカムに手を当て叫んだ。


「リーダー! リーダー!」


 返答はない。隣でヘリーネが絶叫している。その答えは……考えるまでもない。


「各班緊急伝達! 一班は交戦の上壊滅状態、今から名前を挙げるものは至急西階段を経由し6階に駆け上がれ! 本作戦の目的は適性体の奪取のみにする!」


 撤退など不可能だ。どう考えても適性体を持ち帰ることが出来ればお釣りがくる状況。下手に逃げようものなら、散らばった構成員の統率が取れないまま掃討戦そうとうせんになってしまう。

 

 ならば、目的を定め動いた方が結果として良くなる。今はそう信じるしかない。足りない頭を動かし、各班ないしは各員に指示を出す。作戦司令の中核を担っていたヘリーネがダウンした以上、参謀が指示を飛ばさなくてはいけない。


 必死に端末を弄り回し、司令を飛ばす。そんな中、カチャリと不可思議な音がした。繋がっているインカムからではなさそうである。


 参謀は嫌な予感がしながら周囲を見渡す。


「――――今、行くから、ね」

「ヘリーネ……さ、ん……?」


 頭部が高密度のエネルギーによって焼けきれる音がした。焦げたような異臭が漂ってくる。エスパーの悲鳴がインカムを通して実働部隊含めた全てに響く。


(これは……まずい!)


 危機的なのはエスパーの集中が切れたことでも、ヘリーネが自殺したことでもない。全体の士気が下がってしまうことだ。


 リーダーに続いてヘリーネまで死んでしまった。この事実だけで、プロメテウスの戦意が無くなるには充分に思えた。どうすればこの事態を打破できる……ここで全滅する訳には行かない!


『参謀、俺の声を全体に聞こえるように出来るか?』


 この声はイディだろうか。彼の声からは、多少の苛立ちを感じる。こちらはもっとイライラしている。呑気に話す時間はない。


「出来ますが……一体何を!」

『決まってんだろ。――勝つぞ、ここから』


 何を馬鹿馬鹿しいことを言っているのだろうか。そう思ってしまった。彼に一体何が出来るのだろうか。


「あ〜もう、いいですよ! 設定しました」 


 もうヤケクソだ。どうとでもなれ。もう何が何だか分からない。


『プロメテウスの野郎ども! 聞こえるか!』


 耳が痛くなるほどの大きな声。音量バランスを間違えたか、少しボリュームを落とす。


『俺たちは負けちゃいねぇ! まだ勝ち筋は残っている。それもクソほどふてぇ勝ち筋がな!』


 イディが話す裏で「ふざけんな!」とか、「黙れよ!」とか。そんな不満な声がインカムから届いた気がする。参謀やイディだけじゃない、みんな気が立っていた。


『なぁ、お前らマーダーいるだろ。あいつの強さを知ってるか? 見たヤツいるよな。あのリーダーと張り合ったんだぞ?』


 張り合った……そう表現が正しいかは怪しい。


『そいつが適性体の目と鼻の先にいんだぞ? 俺たちがちょっと時間稼いでやりゃあ……余裕だろ』


 嘘はついていないが、真実でもない。彼は確かに強いが、適性体付近には恐らくフメテノが待機しているはず。余裕ではない。


『時間稼ぐ……はは……やってやろう、じゃねぇかよ』


 声が聞こえた。聞き覚えのある男の声だ。咄嗟にこの声も全体に届くようにセットする。


『天使の1人や2人止めてやるよ』


 少なくとも彼は死んでなどいない。1班主力部隊の精鋭――氷月の声だ。


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