Angel 64 月光奪還編Ⅵ
リーダーだけが厳重警戒を解かない不可思議な状況で、各々《おのおの》は目的の遂行のため前進しようとしていた。
「リーダー、時間が無いぞ」
「早くフメテノと適性体を」
周囲から急かされる中、リーダーは立ち止まったまま思考を続ける。なんとかして1班のメンバーにリンファの存在を伝えなければならない。
「そうか――マーダー! ここら一帯の索敵をしてくれ! 早く!」
「あ、あぁ」
直人のmagicaなら、リンファの位置を特定出来るかもしれない。直人は困惑しながら索敵をする。
「無駄やで?」
リンファの言葉通り直人は首を傾げるだけで、索敵に引っかかることは無かった。五感を強化したところで、感知できる訳では無いようだ。人の脳に直接干渉しているのだろうか……それなら機械では?
「ヘリーネ! 参謀なら監視カメラをハッキングできないか?」
『術策解析はある程度物体のそばにいないとハックできない……ここからだと遠すぎる。技術的に弄ろうにも、今すぐには無理』
人の感知能力でも機械でも無理。――他に手はないのか……
「そやった。言いそびれてたけど、これ以上前に進もうもんなら、その無防備な心臓と首を抉らせてもらうわ」
けけけと笑いながらリンファは挑発してくる。時間の無い状況で、味方に指示をしながら感知できないリンファを排除する。だめだ、どう考えても何かが欠落してしまう。
「ヘリーネ、全部隊に通達してくれ。最悪俺以外のメンバーがルートを変更する必要もある」
『分かった。司令部聞こえたな! 通達いそげ!』
「「「了解」」」
***
「それっておかしくないか?」
『何がです?』
参謀からイディたちへ状況が共有されると、イディから疑問の声が上がった。
「認識出来ないんなら、そのまま殺しちまえばいいだろ? なんで時間稼ぎなんて面倒な方法をとるんだよ。無警戒な相手を倒すのが一番簡単なんだから」
『それは……確かに何故でしょう。不自然ですね』
言われてみればそうだ。あまりに回りくどい。殺せるなら殺してしまった方が早い。
『――何らかの制約がある……とかですかね?』
「俺もそう思う。よく分かんねぇけどよ、例えば、攻撃するとか、なにかに触れる時にはmagicaを解除しないといけない。対象から離れた状況でないとmagicaが看破されるとか……」
『それなら……まぁ、辻褄は合いますね』
「あぁ。確信はねぇが――カマかける価値はあるんじゃないか?」
***
「なるほど……確かにこれまで相手の方から攻撃してくることは無かった。イディの言う通り試す価値はある」
リーダーは数秒考える。これ以上良い案は浮かばない。一か八かではあるが、試すしかない。すぐさま動けるように心構えはしておく。
「シューター、マーダーはこのまま適性体の奪取に。俺と氷月、花雨はこのまま付き人及び潜伏しているフメテノの処理にまわる」
「――ええんか? その2人、死んでしまうで」
リンファの声は苛立ったように聞こえた。
「あぁ、殺せるもんならな。シューター、マーダー、行け」
2人はリーダーの指示を聞くと、黙って頷き真っ直ぐに廊下を駆けて行く。だがどこまで進んでも、彼らが倒されることも傷が付くことさえも無かった。
「イディの奴、思ってたより頭が使えるんだな……」
「――はぁ……ほんまに面倒なやっちゃなぁ!」
周囲に響く苛立った声。この状況を見るに予想が当たったようだ。
「どうするリンファ。お前の時間稼ぎはもう仕舞いか?」
「あぁ、店じまいやな。だって、もう……充分やからな」
苛立ちから一変しリンファは安堵したように笑った。……背後の階段から誰かが登ってくる音が聞こえる。これが、こいつらがリンファが安堵した意味。
「間に合ったみたいね」
「あぁ……って、3人しかいねぇな。5人はいるはずだろ」
「先に行かれたのですか……まぁ、すぐに片付けて追いましょう」
女性と黒いローブを深く被った男。――いや、違う。あの女は人間なんかではない。黒いヘイローに翼。
天使イスケール。厄災と呼ばれた女がなぜこんな所にいる……! 確かに居場所は突き止められていなかった。だからと言ってただの研究所にいるだなんて予想が付くものか!
「――嘘」
隣で花雨が呟いた。声だけではなく手足が震え、先程までの勇ましさはどこかへ行ってしまった。彼女は完全に戦意を失っている。ただ天使を眼中に入れただけだと言うのに……。
「リーダー、これは……まずいですよ」
氷月は咄嗟に花雨の前に立ち、氷の刀を構えている。妹を庇う姿勢こそ立派だが、明らかに焦点が定まっていない。彼もいつ卒倒してもおかしくない。
「――そんな事は分かっている。氷月はあのローブの男を、花雨はリンファの奇襲を警戒。イスケールは……俺がやる」
「大層な自信に判断の速さ。どちらも素晴らしいわね。私に立ち向かおうという意思が保てているだけで充分。本当は今すぐにでも倒れてしまいそうなのにね? そうでしょう?」
イスケールの言う通りだ。これが実は夢だった! なんて子どものような現実逃避もしたくなる。
「イスケール、俺の分も残しておけよ? そいつ強いらしいからな」
ローブの男は愉悦を浮かべ、リーダーを見つめている。
「あなたには氷の子がいるでしょう」
「やだな。多分つまらない」
ローブの男はニヤリと笑い、黒い戟を氷月に向けた。重く長い刃物は圧迫感がある。
「つまらない? 確かに、秒で俺に殺されたらつまらねぇかもな」
氷月は恐怖ごと唾を飲み込み、刀の軽い音を立てながら構え直す。イスケールでなければ、まだ何とかなるかも知れない。
「へっぴり腰にそんな短い刀で俺に届くのか?」
「言っとけ。お前こそ、そんな長い得物使いこなせんのか?」
2人はそのまま接近し火花を立てる。男の戟の扱いは熟練されており、前に出ようとする1歩目を止めるかのように足元を突いてくる。刀で受け流しながら接近するも、横薙ぎをされると後退するしかない。これでは刀の間合いに入る前に当たってしまう。
「magica使ってもいいんだぜ? って、もう使っててそれか」
ローブの男は嘲笑ってくる。確かに相手はmagicaすら使うことは無かった。ただの人としてのスペックだけで押されてしまっている。これでは戦いの土俵にすら立てていない。
「さて……ではこちらもそろそろ始めましょうか。プロメテウスのリーダー」
「天使を見るのは始めてだ、お手柔らかにたのむよ」
出し惜しみは無しだ。少しでも躊躇うものならすぐさま首が飛ぶ。自身の中で考えつく最も威力の高い状態を呼び起こす。
「炎神奏古、瞋恚の炎」
手に収まる炎の剣。だが、これでは足りない。力の温存などしてる暇はない。相手は天使だ。
(もっと……もっと燃えろ……)
炎が粗くなっていき、剣の形は次第にぼやけ始める。……まだ出力は上げられるはずだ! 息が乱れる。力の解放だけではない。周囲の酸素が消費されているのだ。
『……余を起こす人間がいようとはな』
――自分の体の中から声が響いた。その声が聞こえた瞬間、突如として炎の色が蒼く染まった。




