Angel 63 月光奪還編Ⅴ
入口に配備された警備は2人。気づかれないように後ろから意識を奪い、電源の切れた自動ドアをこじ開ける。部隊はそれぞれ目的の場所へと一目散に駆けていく。直人たち1班は、ひたすら非常階段をかけ登り、6階へと歩みを進めていた。道中に出てきた輩は、直人が認識するとほぼ同時に絶命している。
先駆けを務めているのは氷月と花雨の双子だ。コードネームの通り、それぞれが氷・水系統のmagicaを有している。鮮やかに首を跳ねていく様は、15歳という年齢とあまりに乖離していた。
『この次の角で停止。マーダーはmagicaを使って索敵して』
警報装置のアラートに、階下から聞こえる銃声とパチパチと何かが燃える音。その喧騒の中、インカムからヘリーネの声が聞こえた。ここは5階西階段を上がったところ。このまま階段で6階まで駆け上がる方法もあるが、1度停止する。一行は5階の廊下を経由し、中央階段から6階まで行くルートを選択した。
「了解」
直人は壁に背中を付け内界解放を使用する。騒音が耳に張り付くが、その中からなんとかして足音や小さな物音を探る。
「第8研究室前と中にそれぞれ2人、保管庫前に1人、中央階段付近に1人。計6人だ」
『よし! 予定通り西階段側に戦力を集めることに成功している。このまま中央階段を突き進むよ』
へリーネは感覚共有を使い、リーダーの状況をリアルタイムで把握していた。magicaにより数秒早く戦況をコントロールしていることで、的確に素早く指示を出すことが出来る。戦いの中でこの数秒は重要だ。
「氷月、シューター」
「「了解」」
リーダーに名前を呼ばれた2人は一目散に廊下を駆け抜け、交戦を始めた。直人が索敵した敵が凄まじい速度で絶命していくのが聞こえる。
リーダーは余裕そうにスタスタと中央階段に向かって歩いていく。直人たちはそれに続いた。前を歩く彼は、magicaを使うことはない。氷月やシューターを信頼し、これからの交戦に向けて力を温存している。
「行くぞ」
階段に片足を交互に乗せ、目標がいる6階にたどり着いた。——今までと変わらない、ただのフロアのはず。それだと言うのに息苦しさが直人を襲った。焦っている? 緊張している?
(違う——これは……何か)
恐怖でもない。押しつぶされそうなほどの緊迫感でもない。美月を救うことに対するプレッシャーとも違う。だが、確かにどこかで感じたことのある感覚。そうだ、これは負の感情じゃない。
(俺は……楽しんでいる。これは高揚感だ)
気づかないうちに生まれてしまった戦いに対する興奮感。精神的な自己防衛でうまれた異常な感性を直人は感じていた。
この階層には美月が、そして恐らくフメテノやその付き人が待機している。人として最強格であろうアドナイのトップたち。そんな奴らと命のやり取りをする。そんな地獄が楽しみで仕方がない。今の自分を試してみたい。
「予定通り適性体の確保に行くぞ」
氷月とシューターが合流し、再び動き出す。階下では順調に施設の制圧が進んでいるようだった。イディたちは上手く動けているのだろうか。
「そこの連中、ちょいと待ちや」
唐突に聞こえる女性の声。とっさに周囲を確認するが見当たらず、気配すら感じ取れない。インカムから届くはずのヘリーネの声も聞こえてこない。彼女も困惑しているのだろうか。
「あんたら、フメテノのおっさんとこ行くんか? それとも適性体んとこか? どっちにしろ、こっから先は通す訳にはいかんなぁ」
「残念、その両方だよ」
フロア全体に響く声に、リーダーが返答をする。彼は炎神奏古を発動し、めらめら燃える炎をまとっていた。何か感じ取っているようで、奥の部屋の入り口に炎の剣を向けている。
「……へぇ、驚いた。あんた、あたしが見えるんか? それともただの当てずっぽうか……どちらにしろやっかいな輩やなぁ。こんだけ気配消しとっても位置がばれるなら意味ない」
「なら姿を現しても良いんじゃないか?」
「ははは! あんた頭はきれへんみたいやな。いやただの冗談か……いやぁ〜すまんすまん、あたしは別にあんたを倒す必要はない。あたしは付き人として、あんたらを足止めするだけでええんや」
言葉の通り、声の主の姿どころか声の聞こえる方向すら絞り切れない。リーダーだけが位置を大まかに感知しているようだ。
『今、廊下突き当り』
感覚を共有しているヘリーネもまた一緒であった。おもむろに廊下突き当りを見るが、何も視界には入ってこない。リーダーには何が見えているのだろうか。
「オッケーオッケー。ちゃんと位置がばれとるみたいやな。これならmagicaを使っている意味がないやんな。ほな、もっと君たちの意識からあたしを消せばいい。簡単な話やな」
「意識から消す……だ?」
「そう、意識から消すんや。こうやってな」
直人は何も感じない。だが、リーダーだけが慌てたように周囲を見渡している。いや、そもそもリーダーは《《何を探しているのだろう》》。不自然なまでに何かを警戒している。
「——どこへ行った?」
「またまた驚いた……ここまでしても、あんたはあたしの存在覚えていれるんやな……」
リーダーは急に「——どこへ行った?」といった。何の話だろうか。今は早く美月のところへ向かうべきだろう。こんなところで時間を浪費している場合ではない。
「リーダー、突っ立てないで早くいかないとまずいぞ、時間的に」
「何を言っている……!? この声が聞こえないのか!」
リーダーは驚愕の表情を直人に見せた。
「そりゃあ聞こえへんよ。ふつーはああやって声も聞こえん、姿も見えん、思い出すことも出来んようになる。今もあたしと会話出来てるあんたが異常なんや」
「――それがお前のmagicaか」
「そうや。あたしがフメテノのおっさんの付き人、リンファや。覚えてくれると嬉しいなぁ……まぁ、この戦いが終わる頃には覚えてられへんと思うけどな」




