Angel 60 月光奪還編Ⅱ
戦いの様子を見ていたリーダーはいつもと打って変わり、真剣な眼差しをしていた。そしてボソッと、
「いつの間にここまで……これじゃあ必要ないかな」
と聞こえない声量で呟いた。直人は立ち上がり、リーダーの方を見る。自分の成長を確信し、気持ちが逸っているのが分かる。
「リーダーやりましょう」
「ん〜……やっぱいいや」
彼はヘラヘラ笑って、踵を返す。自分から誘っておいて、断ることに腹はたつ。だが、それ以上に彼とまた戦える……その期待を裏切られたような気がした。内容によってはまた一つ大きな自信になる。そしてなにより――
(俺はこの男に勝ちたい)
magicaを手に入れ、コントロール出来ようになった。そんな今の自分で、適わないかもしれないただ1人の人間。
「――俺に負けるのが怖いのか?」
「安い挑発には乗らないよ。シューターじゃないんだから。そんな血気盛んに見える?」
「じゃあなぜ俺と戦ってくれない!」
リーダーはひとつ、小さなため息をつく。
「冷静に考えなって。確かに誘ったのはこっちだよ。それでもそんなやる気になっている君は異常だよ。戦いに魅入られてはいないかい?」
「――その何が悪い」
「人間として命に関わる行為に執着するのは、生物的に間違っているよ。恐怖が正しいはずさ」
――だから何だと言うんだ。美月を救い護るためには強くなくてはならない。それこそ、誰にも負けないほどの強さを。
そんな大義名分を得てしまった。
平凡だった高校生が、突然戦いでの才能を開花させた。更に軍の同期で敵はおらず、少尉まで駆け上がった。
……気づかないうちに壊れてしまったのだ。もう彼は戦い以外で自分の存在を肯定出来ない。誰かと争い、勝つことでしか生きていけない。
「それに、俺の目的は君のmagicaを強くすることだった。だけどシューターとの戦いを見るに、その必要も無くなっているみたいだし」
「――試させてくれ……いまの俺はどこまで戦えるのか」
「ふーん……この俺を指標にしようってわけね。うんわかった、いいよ。その思い上がりを……ぶち壊してやる」
2人は中央に向かって歩き出す。
直人は拳銃を握りしめた。
「……頼むぞ」
リーダーはこちらを冷たい視線で見つめる。まるで今までの彼は偽物だったかのような殺気。反乱組織のリーダーを務める男が、常時ヘラヘラしている方がおかしかった。
どちらが本性なのだろう。
「内界解放」
「炎神奏古」
開幕直後に生成される圧倒的な熱量は、鋭利な形を持ち始める。加速される世界の中で見える無数の炎の剣。それらは一瞬で直人の周りを囲む。退避する余地すらない速度で、空間を自由自在に飛んでいる。
(早すぎるだろ……!)
内界解放で回避するルートを探る。自分の身体能力で可能な最大限の挙動を計算し、それに炎の剣の予想される軌道を当てはめていく。
――無い。どの可能性を探っても、結末は死であることに変わりはなかった。たった1度の攻撃で"すべての可能性"をつぶされた。……詰み。その単語が脳裏をよぎる。
走馬灯になってしまった内界解放の内で、ただただ迫りくる熱気を感じることしか出来なかった。
『すべての可能性? 笑わせてくれるじゃねぇか』
――突如として脳に響く不快な声。
外から聞こえる声とも違う、自分の中から湧き出てくるイメージと、声とが入り交じった不可思議な感覚。
『良いか直人。俺を使え……お前を死の淵から救いあげてやる』
(突き落とすの間違いじゃないのか)
『得体の知れないものに力を借りるのがそんなに怖いのか』
(あぁ……怖いね)
この声の主はコーマンに貰った新たなmagica。目が覚めてから1度聞いたきり、現れることは無かったというのに、何故か今になって突然でてきた。
『……それは予想してなかった応えだな』
(じゃあお前、自分の正体を明かす気があるのか? まさか《《天使》》だとでも言いたいのか?)
『そいつも違うね。ひとつ言えるのは、俺はお前の力でしかない。簡単な話だ。お前が死ぬと俺も消えちまう。だからお前に死なれちゃ困るわけだ』
(損得で決めようってのか)
『そっちの方がお前には分かりやすいだろ?』
直人のことをよく理解っている。
『俺を使えばお前は生き長らえる。俺を使わなければお前は死ぬ。なら答えは1つだろ?』
選択の余地などは無い。だが、1つ聞いておかなければならないことがある。
(お前を使うと……俺はどうなるんだ)
『どうなる? そんなもの、使ってみればわかるさ。さぁ、俺の名を声に出しな』
以前コーマンから聞いたmagicaの名前。それを口にしようとすると、何故か戦慄く。この純粋な恐怖の出所はどこなのか。
直人は、体を震わせながら口を開く。案外すんなりと、文字列は口から発せられた。それも違うものとなって!
「……幸運因子」
か細く消えそうな声が、千歳のように感じるほどの流れの中で、すっと呑まれるように消えていく。
身体そのものが、暗く見えない底に落ちていく錯覚。直人という存在が曖昧になり、霧のように散っていく。意識は確実にここにある。それだと言うのに身体と空気の境目が消え去った。今まで自分の身体をどのように動かしていたのか思い出せない。
直人の身体は、自身の意思と関係なく勝手に動き出す。
『可能性は――あるぞ?』
この身体を動かしているのは直人では無い。ソレは右の手のひらを前に突き出し、空を掴む。
無数の炎の刃は不自然に機動を変え、彼を避けるように飛翔する。
ただのひとつも当たることはなく、彼は無傷でその場に直立する。
「これからが、俺の新しい《《神話》》だ」




