Angel 53 プロメテウス編Ⅰ
アドナイ1区。コンフェッサー第1研究棟にあるコーマン研究室。そこでは直人が恐怖に脅え、コーマンは不可解と驚きの表情をしていたのだった。
「声?」
「右目から、語りかけてきたんです。新しいmagicaが、俺を、喰いにきた……」
「……分かった。念のためドクターを呼ぼう」
すぐさま駆けつけたドクターは「体の異常はどこにも見当たらない」とそれだけ告げていった。この声は精神疾患とも考えづらい。これは正真正銘、新しい力から発せられているのだ。
「異様だ。いや、そんな次元ではない。ただの幸運にそんな能力は顕現しない、するわけがない! 適合に失敗した……? だが身体症状はない」
コーマンは興奮気味に、研究室の資料を穴が開くほど眺めている。
「こんな現象、適性体に天使を埋め込んだ時にしか確認されていない。しかもそれは、天使という人格が生じているという理屈がある。——君の中の人物は何と言っていた? そもそも人物なのか?」
「いいえ、何とも……。magicaをとっさに解除したので。ただ俺の昔の名前を知っていました」
「声が聞こえるのはmaigcaの発動時のみ、更に記憶の共有か……それは天使とは違うな」
コーマンは頭を抱える。何しろmagica研究が始まって以来確認されていない事柄だ。更に、コーマンが用意したのはただの幸運というmagicaだ。特殊なものを持ってきた訳では無い。
「直人くん、とりあえず幸運は使わない方針にしよう。身体にmagicaの拒否反応が出ていないとはいえ、リスクが高すぎる」
「――はい」
当分の間は今まで通り内界解放だけ。となると、やはり内界解放の精密なコントロールが必要になる。
もう一度コーマンに寝かされ、電極を付けられる。かなり色々なことを測定しているようだが、詳しくは分からない。
「……変化なしか。早計かもしれないが、幸運のmagicaを使わなければ弊害はないと仮定しよう。こんな所で立ち止まっている余裕はないだろう?」
「はい。いち早く美月を取り返します」
「よし、なら予定通りプロメテウスに会いに行こう」
プロメテウス。現在はアドナイの要警戒組織の1つに数えられている。
創設者兼、リーダーを務める男の影響力が絶大だと聞いたことがある。
「でもプロメテウスの居場所が分かるんですか?」
「まったくもって分からない。恐らく複数の拠点を用意してはいるだろうが……」
「ならどうやって」
コーマンは紙を一枚出してきた。
「これを見てくれ」
A4サイズの紙には、ポップな字体でこう書かれていた。「楽しく夢を見よう!」
……全くもって意味がわからない。下の方へ読み進めていく。「あなたも生きやすい世界を作りませんか? 給与:要相談 衣食住完備! アットホームな職場です」
最期まで読み、やっとこれが求人募集なのだと分かった。職種も何もかも分からない怪しすぎる産物だ。
「こ、これは……」
「何だと思う?」
考えたくはない。だが、そうなのだろう……
「随分と頭の弱い……こんなものが要警戒組織……」
「プロメテウスという確信はないがね。他の反乱組織か、ただの詐欺グループかもしれない。どっちにしろ表立った業績が見当たらない分、裏世界の物なのは確かだ」
すでに頭が痛い。仮にこれがプロメテウスでも、今からこんな組織に入るのかと思うと心配事しか産まれない。
「とりあえず、ここに書いてある場所に行けばいいんですね」
紙には「ココ! →」と住所が書かれていた。
コーマンは静かに頷いた。
「それがプロメテウスじゃなかったら、まぁ上手いこと引き返してくれ」
詐欺グループだったらそのまま拉致られそうだと思った。しかし、直人に残されている時間は少ない。明日にも向かうべきだろう。
***
アドナイ4区の雑居ビルの2階。コーマンの研究室からは、陸路でおよそ2時間の移動を要した。戦前であれば、8時間はかかった距離。アンチグラビティーなどのmagica技術の発展に感謝するところだ。
立て付けの悪そうな安っぽいドアをノックする。
「はいどうぞ〜」
中からフランクな声が聞こえた。かなり若い男の声だ。
言われた通りにドアを開け中に入る。内装は何も無く、右手には開かれた応接室があった。
「もしかして求人見てくれた人ですか?」
奥には2人の男が座っている。先程から話しているのは眼鏡をかけた若い男。顔立ちからして直人と生まれは同じ地方だろう。
その隣には……机に突っ伏した奴がいた。金髪に赤いメッシュが入っている。地毛……だろうか。
「あ〜この人は気にしないでください。ここ3日寝れてないだけなので」
これはプロメテウスではなく、ただのブラック企業に来てしまったかもしれない。
「さて、それでは軽くお話しましょう。そこ座ってくださいね」
ギシッと音がするパイプ椅子に座る。
「さて、まずは自己紹介から――と言っても諸事情でこのように名乗ってます」
メガネの男は名刺を出してきた。そこには「参謀」と書いてある。
(頭がイってんな……)
正直意味がわからない。偽名を使うにしても、もっと何かあっただろうに。
「私は雨宮直人です」
一応畏まった言い方をする。
「雨宮さんですね、早速ですが私たちは夢を見ています」
「はぁ……夢、ですか」
「そう夢です。誰しもが怯えることなく、自由に生きられ、自由に発言ができる。平等に教育を受け、平等に機会が与えられる。そのような夢です」
至極真っ当に思えてしまった。言っていること自体は絵空事だが、今の時代に同等とソレを口に出せるのか。
「それは……素晴らしいですね」
「ありがとうございます。ですが、ひとつ大きな壁があります」
(アドナイか……コイツも俺に対して何処まで話していいか探ってやがる)
「さて壁が何か分かりますか? 少し考えてみてください」
仕掛けてきた。ここの答えで直人への対応を変えるのだろう。
「――――」
答えに時間をかけるのも良くない。かと言ってストレートに「国家です」と表現するのもリスクが高い。
「どうですか?」
直人に問いかけたと思ったその問いは、直人に向けられたものではなかった。参謀の視線は、壁に向かっている。廊下側からドアの開く音がした。
「コイツ、こっち側だよ」
入ってきたのはイカつい女性だった。黒い髪の内側には、染めたであろう緑色のラインが入っている。
「あたしらの事馬鹿にしてるみたいだけど、明らかにこの世界をぶっ壊したくて仕方ない憎悪があるね。いや、憎悪と言うよりなんかの目的意識か?」
棒の付いた飴を持ちながら、軽くあざ笑うかのように見えた。
「ならヘリーネさんの判断を信じましょう」
「あいよ」
参謀はこちらを見て、ふっと笑った。
「それでは、雨宮さん。さっそくですがテストをします」




