Angel 52 底
森をぬけ、荒れた道が不格好に引かれている場所に出た。時折古い車が音と排気ガスを出しながら通り抜けている。ただ漠然と道に沿って歩いていく。目的地なんてものは無い。ただひたすらに遠くに行ってしまいたいだけ。
足の痛みに気付き、立ち止まる頃、簡易的なアスファルトで舗装された大通りに出ていた。——行き交う車に轢かれて死んでしまうおうか。そんな雑念が出てきた。
すると、見覚えのある古いワンボックスカーが直人の前で停車した。
「よぉスーツの。乗るか?」
スキンヘッドの男が運転席から顔を出した。以前、ここに来る時に利用した車だった。やたらとぶっきらぼうな話し方が印象に残っている。
「――あぁ」
覚束ない足取りで乗車した。中には3名程が乗っている。1番奥の席に座り、窓の外を眺める。車体の揺れと音が空間を包み込み、途方の無い苦しさを加速させる様に思える。
何時間乗っただろうか。停車する度に1人降り、また1人降りと人影は減っていく。空はすっかり暗くなり、電気の少ない道からは星がよく見えた。
「おい、スーツの。お前さんどこで降りるよ」
「――分からない」
「おいおい……わからねぇって、そんなガキみたいな事……そんな場合じゃ無さそうだな」
スキンヘッドは何かを察したのか車を動かし、巡回ルートから逸れていく。
整備された道路から外れ、あぜ道に入っていく。教会の森の前ほどではないが土煙を立てながら車輪が回る音が聞こえた。周りには民家が見え始め、街の中に入ったことが分かる。
中規模な露店のマーケットを車窓から眺める。ここではスーパーもコンビニもない。少ない電気を使って、個人が物を売り買いしているのだろう。子どもの頃にあった闇市を思い出す。あれらはすぐに取り払われ、整備されてしまった。
マーケットのある通りから数分だけ車を走らせると、車体は減速する。バック音を出しながら車庫に車を入れると、スキンヘッドはバタンと運転席から出ていく。車庫の隣には民家が建っており、車庫から直接中に入れる構造になっているようだった。
壁はコンクリートではなく土で、扉は木でできている。アドナイから遠く離れた地帯では、いまだに戦前の趣が残っている。荒野では、よくある建築体系だろう。コンクリートだらけの街並みよりは温かみがある。
「着いたぞ、降りな」
促されるままに車を降りると、明るい家の方から良いにおいが漂ってきた。夕食時だろうか。スキンヘッドは何も話さずに、家の中に入っていく。中からは若い女性の声で「おかえり」と聞こえてきた。
「————ッ……」
アドナイ27区、あの自宅マンションにはもう誰もいない。帰ったところで美月はもう出迎えてはくれないのだ。
この一瞬一瞬で苦しさが湧き上がってくる。今までは美月に依存していたのだ。両親をなくし、心を落ち着ける程の人間もおらず、寄る辺のなかった多くの感情を、全て彼女に向けていた。
それが、失われた事実は消化できるわけが無い。
「お父さん遅かったね」
「あぁ。ちょっと稼げそうだったんでな」
スキンヘッドは奥の方で会話をしている。扉の前で立っている直人からは、中の様子は見えない。
それでも中に入る気があまり起きなかった。他人の家というのもあるが、ただ室内の暖かさが、肌寒い外に比べて皮膚に刺さるだけだ。
「もうスープできてるよ」
「ならアイツの分も出してやれ」
「アイツって? また猫でも拾ってきたの?」
中から「入れよ」と多少苛立った声で言われた。床を見つめながら、仕方なく建物の中に入っていく。
「——誰?」
目の前の少女は、直人を見るなりそう呟いたのだった。褐色の肌に、白く長い髪の毛。見た目は全く違うのに、背丈は美月と同等だった。
ただ、それだけだった。
「あっ……」
膝から崩れ落ちた。少女の啞然とした声が聞こえる。体に力が入らないのだ。涙を流すことも、怒り狂うことも無い。電源の切れた機械のように、機能を停止した。
「おい、大丈夫か……ったく」
スキンヘッドは無理やり脇の下に腕を通し、そのま椅子に座らせた。
「前と随分ちげぇじゃねぇか。一体何があった?」
スキンヘッドは直人に語り掛けるが、一切のリアクションは帰ってこない。
困ったように後ろ頭を掻くと、少女に向かって目くばせをした。
「これ、とりあえず食べて」
少女は目の前にスープとパンが置く。これでも、ここ辺りでは十分すぎるほどの夕食だ。スープからは湯気がたっている。腹は減っているはずなのに、食べる気力がない。
「冷めちゃうんだけど?」
少女はエプロンをしたまま、椅子に座っている直人の顔の高さまで屈んだ。ふわっと白く綺麗な髪がなびく。
「……お父さん、今度は人形拾ってきたの?」
少女は諦めたように、ふぅと小さいため息をついた。
「俺にも分からん。明日も早いからもう寝る」
「この人はどうする?」
「放っておけ。こんな様子じゃ変なことも出来ねぇだろ。それにこういう時は自分と向き合う時間ってのも必要なんだ」
少女は直人を数秒見つめる。
「――分かった」
スキンヘッドは、リビングを出ていく。
少女はエプロンを外しながら
「それ、結構美味しくできたと思うんだけどな」
反抗期の子どもに対する母親のように、呟くのだった。
第4章 聖派正教会 完
これにて4章完結です。タイトル回収のうちの一つの場面まで来ました。新たに開示される情報の中、今後どのように物語が進行していくのか……と言うところですが次章から過去編に戻ります。ややこしくてすみません……
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