Angel 48 デュオバレットⅣ
カーディナルは跪き、肩を震わせている。
「何が……何が貴様にわかるのだ……! 私を見透かして、さぞかし楽しいのだろうな!」
顔を上げフォティアを睨みつける。
彼にとって姉は誇らしくも、憎たらしかったのだろう。彼女には才能も考える力もある。ずっと追いかけてきた背中だったはずだ。それだというのに、目の前からいなくなってしまった。ずっと従えてきた主を裏切って。
——必然、か。憧れていた絶対的な存在がいなくなってしまうと、どうしてか困り果ててしまう。リーダーもマーダーも居なくなってしまった時のように。
「そんな見透かしてねぇ。全部ただの想像だよ」
カーディナルはフォティアの声で過敏に反応する。絶叫しながら、懐へ手を伸ばした。取り出されたのは小型のナイフ。フォティアの目に向かって、鋭利な先端が迫っていく。しかし、それは弾丸によって手から弾かれた。カランとナイフが転がる軽い音に、「あ……あ……」と心から漏れ出た音が、銃声よりも耳に刺さった。
カーディナルは万策が尽き、底知れない絶望感に満たされているのだ。
「気をつけろ、あまり触発するな。相手はお前を殺すつもりだぞ」
「——悪い」
直人は硝煙ごしに忠告した。撃ちぬく際に見えたナイフは、とても細やかな装飾がなされていた。これは実用品でないことは分かる。祭事に用いるものだろうか。
「なぁ、お前さんよ」
フォティアは子どもに寄り添うように、少し視線を落とす。子どものころ、よく泣いていた妹に同じことをやっていたのを思い出される。今回の相手は同じ年頃の青年だが。
「進むしかねぇんだよ。立ち上がれなくても、前が見えなくても」
(運がよかった。俺には参謀という悪友も妹も仲間もいた。目標だって今では自分の中に見つけられる)
「こんなガキでもそのくらい分かる。良いんだよ、這いつくばっても。そんなお高くとまってないで、プライド捨てて自由にやれよ。がむしゃらにな。お前が今やりたい事は主に従う事か? 姉を追いかけることか? すべてを捨てて、逃げることか?」
自分に何ができて何ができないなんて、青臭い子どもでも分かっていること。ただ“出来るようになりたい”という純粋な願いを、どう叶えるのか分かっていないだけ。 目標がいなくなったからといって惰性で続けてはだめだ。どこかで躓いてしまうから。
今ならわかる。昔は自分の目標を他人に依存していたからずっと立ち止まったままだった。「あいつよりも強くなりたい」「あいつみたいになりたい」。でもそれじゃ駄目だった。自分自身の価値を見いだせていないから。結局自分はどうしたいんだ?
「私は……主を裏切ることはできない……」
「そうか」
カーディナルの答えを聞くなり、直人は素早くリロードをした。
(相変わらず人間味のないやつめ……自分とあの女以外に興味はないのか……!)
さすがに止めようとする。この男はケルスィの弟であり、相手が殺しに来ていたとしても、若干の情も沸いてしまった。気持ちが分かるからこそ、彼がまだ死ぬべきではないと考えてしまう。
「待って」
だが、その必要はなかったようだ。ケルスィは再び直人を止める。
「ちょっと2人にしてもらっても良い?」
「問題ないが……」
直人はしぶしぶ手を下ろす。直人からしたら美月を連れて行った張本人だ。彼女が今どの状態であるのかすら分からない。もし——予想される最悪の状態であるならば、正気を保てる自信はない。これ以上、美月になにかあったら……
「少年がコイツによい感情を抱いていないのも分かっているつもりだ」
「——変な動きを見せたら打ち抜くぞ。お前もろともな」
「それで構わないよ」
ケルスィは座り込んでいる弟の手を取り、湖の方へとぼとぼ歩いて行った。話を聞くのも野暮だろう。内界解放を解除し、フォティアの方を向く。
「今は雨宮……だっけか、久しぶりだな」
「よくあの状況から生きのびたな。お互いに」
「まさに奇跡ってやつだな」
「天使に担がれるのが奇跡というなら……そうなんだろうな」
フォティアは昔のようにフランクに接してきた。直人の方が5歳ほど年上だというのに、それを感じさせない。
「フォティア、お前に聞きたいことがありすぎるんだが……」
「天命と教会……だろ? いいぜ、昔の恩もある。簡単に説明してやるよ。これから教会に入るんだ。知識はいくらっても良いだろ」
話が早くて助かる。フォティアは自分が説明できる程度、ざっくりとだが話をした。あまりに情報量が多すぎる。フォティア自身、他人に教えられるほど噛み砕けていないのだろう。
「神……か。一体どれほど上位存在がいれば気が済むんだこの世界は」
「だがそのアバトー・クノデレヒノフに頼らない天命、俺たちの使っている偽典がある」
「どういうことだ? 神の力を借りるわけだろ」
「よくわからねぇよ。神が他にいるのか、そもそも天命のシステムが違うのか」
(考えたって何が分かるもんでもないな。セラとか……シュテルクストであれば何か知っているだろうか)
「お待たせ」
ケルスィはカーディナルを連れて戻ってきた。カーディナルはずっと地面を見たままだ。敵対心はもう感じない。
「ほら」
「あぁ……俺は主を裏切ることはできない」
カーディナルは断言した。直人は言葉を聞くなり銃に手を伸ばす。
「主は孤児だった俺たちを拾ってくれ、居場所までも与えてくれた。それは事実だ。だから裏切ることはしない。だが、お前たちの用が終わるまで、俺は手を出さない。疑うというなら、しばりつけてもらって構わない」
「はぁ……」
そっと銃から手を放す。目的はこいつを殺すことではない。あくまで美月を連れ帰る事。こいつの生死は問わない……はずだ。
「行くぞ。こいつに構っているといくら時間があっても足りない」
直人は教会に向かって歩き出した。
「ったく素直じゃないな」
「本当に。……ありがとな」
後ろでフォティアとケルスィが笑っているのが聞こえる。反応するのも癪だ。さっさと教会の木製の扉に手をかける。煌びやかな装飾は、先ほどのナイフを思わせた。ギギッという音と共に、ステンドグラスから入り込む光でカラフルに彩られた空間が目に入ってくる。
「——美月、今行くぞ」




