Angel 47 デュオバレットⅢ
正直に言おう。これでは完全とは言えない。本来であれば、この鏡のようになった水面だけではなく、もっと海のような空間が生まれるはずだった。荒々しくも繊細で、すべての生命の還る場所であるはずだった。
「これは……」
直人の足元からはねる水滴を見る。変わったことはない、ただただ透明度の高い水。裾に付く冷たい感覚も、高い水の音も良く知っている。異常な点と言えば、全員が水面に足を付き、問題もなく直立していることだ。
見ただけで、この空間自体が天命なのだとはわかる。
これで一体何の効果が生まれるのかは分からない。いくらでも予想はできるが、むやみやたらに想像しても仕方がない。今ここで大切なのは、お互いを知らない即席チームで、如何に味方を邪魔せずに自分の働きをするかにある。
直人は足を止めることも無くカーディナルに突っ込んでいく。
炎の槍は幾度となく直人に飛んでくるが、内界解放で十分対応できるレベルだ。身体をねじり、一射目をかわし、二射目は低く背面で跳躍することで超えていく。火の槍は水面に到達した瞬間、音を立てて蒸気に変わった。
内界解放・魔双銃装は、直人本来の身体能力の高さを生かしてくれる利点がある。フォルトゥーナが言うには
「内界解放があると、幸運因子単体では本来できない事でも、可能になる部分が大きい」と言っていた。
軍時代に鍛えた戦闘技術とmagicaを活かし、間合いを詰める。この戦い方が現在の答えだ。
「カーディナル!」
直人は叫びながら銃口を結界に付きつけ、接射する。銃弾は結界に火花を散らしながら螺旋回転をしている。めり込むことも無く、突き破ることも無い。推進力がなくなると、鉛の弾はその場にカランと落下した。
面倒ではあるが、予想の範疇だ。
「——ふん」
カーディナルは直人を見ると、興味がなさそうにケルスィの方へ向きなおした。
自分が相手にされていないことが分かると、自然に苛立つものだ。確かにケルスィに比べたら圧は無いことなんてのは分かっている。ケルスィは間違いなくこの場で……いや、世界でも上位数%の強さだろう。軍にいた先輩よりも健脚だ。この強さは肉弾戦を見ているだけで察せてしまう。
ケルスィはどこか楽しそうに打撃を入れ続けている。
「随分と硬くなったもんだ! 結界も頭も!」
「お前は相変わらず石頭だな——頭突きでもしてみたらどうだ?」
ケルスィは結界の一点を上から叩きつける。鈍い音が響くが、一切結界に変化はない。だが、結界ごと身体が水面に少しずつ沈んでいく。結界とカーディナルとの距離感は常に一定に見える。
フォティアは、偽装・凪想定冥界域によって生まれた水面に両手をつけながら様子を見ていた。
「——自身の周りの空間を固定しているのか」
結界が発動者と乖離しているのなら、結界だけが動き、中の発動者ごと移動することはないはずだ。
であるのなら、あいつを動かすことはできる。そして、自身より離れた場所に展開することもできないと予想できる。であるのならば……
「ケルスィ! 正面から殴り続けてくれ! もっと早く! マーダーは合図を出されたら上空から打ち込め!」
「了解!」
ケルスィだけが大きく返事をし、正面にポジションを移す。相手の攻撃を避けながら叩きつけるのは厳しいようで、少しずつ火傷と切り傷が増えていく。表情も険しくなっていく。
しかし、打撃は的確に結界ごと背後に押し出している。フォティアは口元を緩め、手を強く水面に押し込んだ。
水はまるで意思を持っているかのように、柱をかたどった。そのままカーディナルめがけて湾曲しながら突き進んでいく。これが偽装・凪想定冥界域だ。
本来であればこの水柱をだすためには、想像し詠唱。力を制御し水へと変換する。この工程が必要となる。だが、偽装・凪想定冥界域を顕現した後であれば、《《想像するだけで事実となる》》。
水柱はカーディナルの背後に回り込み、強く叩きつける。液体の流れる轟音とともに、水流が押し寄せてくる。完全体ではない偽装・凪想定冥界域では、結界を割るには至らない。
(本当なら割りたかったが……これで十分だ!)
正面と背後で挟まれた結界は、逃げ場を失う。いかに強固な守りであっても、これでは限界がある。上部には目で見えるひびが入り、ピシッと嫌な音を立て始めている。カーディナルの歪んだ表情が、とても心地よい。
「マーダーぁ!!!」
合図とともに直人は上空に飛んでいた。結界の真上、まぶしい太陽と少ない雲を背後に、拳銃を構えた。先ほどは傷ひとつ付けられなかった。拳銃自体の攻撃力は上がらない弱点は確かにある。だから意識した。もう1人の人格を少し強く出してみる。
気性が荒くなっていくのを感じる。子どものころにあった、感情を制御できない未熟さに似たようなもの。自身ではない感情が溶け込んでいる不思議な感覚。美月とセラも似たように思っているんだろうか。
銃口は結界越しにカーディナルに向いている。
(正直お前はまだ信用してない。能力も明かさないやつに毎回任せるわけにはいかない。だが、今なら身体の主導権は譲らなくて済む)
中でもう一人が笑っているのが分かった。「随分と虫が良いな?」とでも言いたげだ。使えるものは使ってやる。
乾いた発砲音。普段よりも多く螺旋回転する銃弾は、結界のひびを的確に貫き、強固な壁を打ち破って見せた。
惜しくも銃弾は逸れ、カーディナルの左肩に着弾する。即座に流血を起こし、患部を右手で覆う。白いローブに赤いしみが広がり、苦悶の表情を浮かべながら叫びだす。
「クソが……クソがぁ!!!」
「俺と初めてあったときと印象が随分違うな? 聖職者とは思えない良い面になったぞ」
直人は銃口を向けたまま、軽口をたたく。被弾こそしていないが、magicaの長時間使用が負担になっているようだ。すぐに休んでしまいたい。
「うるさい! お前らは一体何をしでかしているのかわかっているのか!」
「俺はただ取り返しに来ただけだ」
「取り返すだと! あの女は自分で選んだんだろうが!」
間違ったことは言っていない。だがこちらとしても言い分はある。
「笑わせるな。選択権があったとでも言うのか」
「どっちにしろ主のおっしゃることだ! 間違いはない!」
あまりにイラついたため、引き金に指をかける。だが射線に女性の手のひらが伸びてきた。
「少年、ちょっと良い?」
「お前もお前だ! 急に居なくなったと思ったら何なんだ!」
「急に居なくなった訳じゃないんだけどな。ちゃんと忠告はしてたぞ」
ケルスィは困ったように頭を搔きながら続けた。
「頭いいんだからちょっと考えてごらんよ」
「あの人の仰ることは間違っていない! 主のお力を理解してもお前は戯言を!」
「じゃあ聞くけど、神ってだれ? なんで真典じゃなくて偽典で天命が使えるの?」
カーディナルは答えが分からないようで、歯ぎしりをしている。フォティアは偽装・凪想定冥界域を解除し、カーディナルに近づいていく。
「本当は分かってんだろ」
「————黙れ」
「でもどうすればいいか、何を信じたらいいのか分からないだろう」
「黙れと言っている!」
「優秀な姉が急に居なくなって、目標が消えて、憧れが消えて」
「————」
言葉にならないうめき声をあげている。フォティアは自分でも気持ちが悪いほど、そんなカーディナルを理解してしまった。自身が味わってきた挫折に嫉妬、戸惑いに苦しみ。
似ていた。他人事とは思えないほどに。




