Angel 46 デュオバレットⅡ
本来二丁拳銃とは、片手撃ちの反動により照準がぶれ、リロードもおぼつかない。その上、近距離戦闘など空想の産物だ。感覚強化とその副産物、全てがスローモーションに映る内界解放。原理は不明だが、自分の都合よく物事が変質する幸運。
この2つを同時に顕現できれば、難しい話ではない。近距離戦闘により、アルゴーでのウォータース戦の様な火力不足に陥る可能性も低くなる。特段高速に動いている訳では無いのに、攻撃が当たらない絶対的なまでの防御性能は、近づく事に関しては圧倒的な力にもなる。
先程の発砲で相手の詠唱を阻害し、集中力を削がすことには成功している。だが、聖派正教会の男たち――信徒たちは、なんとか詠唱成功させている。それぞれが簡易な雷撃、氷の粒を飛ばしてきた。氷の粒は問題ではない。内界解放でいつもの様にかわすことが出来る。
だが、雷撃は無理だ。光る瞬間は見え、軌道も目で追えないこともない。しかしかわすとなると、それこそ人間を辞めるしかない。だから大人しくフォルトゥーナに委ねた。
当たるはずだった雷撃は、直人の右に逸れ、地面に小さなくぼみを作った。土煙とバチバチとした音が耳に刺さる。
また一歩、信徒に近づく。右足でブレーキをかけながら姿勢をかがめ、相手の懐に潜り込む。相手は恐怖に満ちた息遣いをしている。内界解放では、嫌でも相手の挙動すべてが分かってしまう。今更ためらうことも無い。
殺す必要があるのか? 無いかもしれない。だが、相手は明確に殺しに来ていた。そして——美月をさらった。それだけで十分すぎる。
腹部に両方の銃口を突きつけ、迷わずに発砲する。後方に吹っ飛ぶ信徒に対して、再び数発打ち込む。乾いた銃声と、うめき声が闘争心をより強く焚きつけてくる。それとほぼ同時に、フォティアのヴィントクリンゲがもう片方の信徒に突き刺さる。これで取り巻きの処理は完了だ。
「また……また強くなってやがる」
フォティアは自分でも気づかないうちに笑っていた。今までなら、直人に対して嫉妬心に劣等感が自分を覆い、海の底に沈むような暗闇に吞まれていく感覚があった。だが今は違う。ワクワクしていた。雨宮直人という人間に対して、尊敬とも興味とも違う感覚。この言葉にできない高揚感はなんだろう。
この心地よい気持ちに浸っていたい。だが、今は戦闘の最中だ。カーディナルとケルスィは未だ戦っている。
「教典も杖も誇りも捨てて……枢機卿になった俺をお前が超えられるわけがないだろう」
「そうかもね!」
カーディナルは自分の周囲に球体の結界を張りながら、槍の形をした炎を生成し続け、飛ばしている。
「無詠唱だけじゃなくて二重詠唱もかよ……とんだ怪物だな。ルートベシュロイニグングに対応しきってる」
ケルスィは炎の槍を躱しながら、的確に結界を叩きつけている。天使に匹敵するレベルのルートベシュロイニグング状態のケルスィをもってしても、砕くことは敵わない。カーディナルもまた、天使に匹敵する人間とでも言うのだろうか……。
「なぁイデ……フォティア。この能力は何なんだ? お前も教会の奴らも」
フォティアは意気揚々と答える。ケルスィの戦いから目を離すことはせず、あの日の言葉を引用する。
「これは天命。神様から受けた啓示を言霊にし、自然の事象として奇跡を起こす技術だ」
フォティアの語尾は次第に強くなっていく。
「そして、俺たちは此処に否定しに来た。神も、天使エルブラムも、天命もな」
支離滅裂だ。さっき言ったことにいきなり矛盾してきた。だが、共通の敵がいることは明白。ならやることも自ずと決まってくる。——どうやらフォティアも考えることは同じらしい。彼は懐かしい笑みを浮かべている。
「雨宮直人! さっきのまだできるか? 時間を稼いでくれ。あの狂信者をぶち抜くぞ!」
「おい、いきなり呼び捨てかよ。はぁ……共闘は久しぶりだな。呼吸、お前が合わせろよ?」
「上等!」
慣れた手つきで弾をこめる。あの結界をこの弾丸で叩き割れる保証は全くない。なんならケルスィの肉弾戦で割れないのだから無理かもしれない。相手は未知の能力を持っているのだから。でも……そんなこと、やってみなきゃわからない。直人はただ走り出した。
直人の後ろ姿が視界に映る。そうか……この高揚感、隣で戦っている心強い味方……。戦友と名付けた先人は同じ感情を抱いていたのだろう。フォティアはこの高ぶりと共に詠唱を始めた。
「冥界の回廊、海神の奔流、神の冀求は地に下りる」
フォティアのこの天命は今まで成功したことは数少ない。イメージが固まらず、途中で霧のように散っていってしまう。目を瞑り、自分と向き合い、力の流れを感じ取る。
「摂理は無く、海神も既に無し」
これを安定して唱えられるようになるためには、恐らく知識が足りない。神や天使といった類の超常存在の認識が少ないのだろう。これはその領域に踏み込む一手になる。
「棄教者は偽典を掲げ、虚構の波に事実は沈む」
直人とケルスィはカーディナルにつきっきりで、こちらに攻撃をする暇を作っていない。こちらに攻撃が向いてしまえば、ここまで長い詠唱を完遂させることは難しかったはず。
「凪の名を以て顕現せよ……偽装・凪想定冥界域!」
祈りながら詠唱した凪の言霊。ポセイドンなんてのは聞いたことも無いし、そいつが答えてくれるかも分からない。
——失敗か。数秒の沈黙がながれている。
その時だった。指の先から自身のすべてが飛び出していくような錯覚。呑まれそうになりながら、力をコントロールする。周囲に膨大なまでの水が現れ、床が水浸しになっていく。教会や森といった風景が消え去り、地平の彼方まで水面に置き換わっていく。まるで世界が天命によって作り変えられたように見えた。
綺麗な水面には4人の身体が反射し、境界線がきれいに映っている。幻想的なまでのその風景は、フォティアが作り出した舞台だった。




