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天使に喰われたオーディナリー  作者: 猫飯 みけ
第4章 聖派正教会
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Angel 43 理想

「フォティア。あんたは確かに、あたしと正面からやりあえるほどの力はない」


 ケルスィは風の刃で死体となった少年を見下ろしながら呟いた。彼の右腕には、《《無数の注射痕》》が残っている。ケルスィは不気味に思いながらも、麻薬の跡としか思わなかった。


「でもな、今の戦いでわかったよ。今の自分の戦い方だと——とてももどかしいだろ?」

「……ああ」


 本当は自分の力で全てをひっくり返すような、そんな物語の主人公になりたかった。


「だけど、俺に出来るのはこれだけだった。天命は、詠唱さえ出来れば色んなことが出来る。それは、ある意味で俺にとっては良かったのかもな。さっきみたいにサポートできる幅が広がる」


 強がっては見たが、ケルスィは天命で個の力を見せてきた。どうしても、その大きな力に魅せられてしまう。


「人間、成りたい姿ってのは成れないように出来ている。足掻いても、理想には届かない。だから、現状に満足しない」


 ケルスィは突然声のトーンを落とした。


「もし、理想に成れたと思えたのなら、それは歩みを止め、妥協しただけに過ぎない。そんなにも寂しいことをするのは、もっと歳をとってからさ。色々なことが見えてきて、自分を諦めるようになってからで遅くない」

なぐさめか? それなら良してくれ」

「違う。こんなところで妥協すんなって言ってんだ。今の自分を理想にすんなよ」


 そうは言われても、もう多くの力の差、才能の差を見てきた。自分の限界を知り始めてもいる。結局……それも綺麗事だ。努力した末に待っている結果なんて誰も保証しちゃくれない。


「フォティア……お前いくつだ」

「自分でも覚えてないよ。20前くらいだとは思う。歳なんてどうでも良いだろ」


 ケルスィはフォティアの頭に手を置き、乱雑に撫でる。自分の歳も気にすることが無くなるほどの人生を送ってきた。それがとても悲しく思えたのだ。


「ちょっと、やめろって!」

「ははは!」


 ケルスィは引き離そうとするフォティアごと、突然優しく抱きしめた。とても優しいはずなのに、彼女の強い力では少し痛く思えてしまう。

 

「ごめんな……こんな世界にしたのは、あたしたち大人の責任だ。お前みたいな年の子は、自分の命や、必要以上に国の在り方を考えるのは間違っている。もっと純粋に生きるべきだった」

「ケルさんの責任じゃねぇよ。こんな世界にしたのは天使とアドナイだ。それに戦争の時もあんたは子どもだったろ」

「それでもだ。謝らせてくれ。謝らないとあたしが救われない気がする」


 ケルスィは自分のためだとは言ったが、この謝罪は間違いなく本心だろう。彼女もハリボテな平和ではなく、平穏な日常を取り戻したいと思っている……同じ行先を目指して、歩いているんだ。


「やっぱケルさんは立派な聖職者だな。合ってる、と思う」

「ふふっ……そうか……」

「それはそうとして――いい加減離してもらってもいいか?」

「なんだ、恥ずかしいのか?」


 図星だった。だが、ここで認めてしまうのも、何かと負けた気がする。ケルスィを意識していると思われるのも癪だ。


「別にそうじゃないけど」

「ならもう少しこのまま。また1人弟ができたみたいでな……あたしが落ち着くんだよ」

「じゃあ……もう少しだけ」


 フォティアに妹はいるが、上の兄弟は居ない。もし居たとしたらこんな感じなのだろうか。母親みたいだとも思うが、母親のぬくもりなど遠の昔に忘れてしまった。今思えば、覚えておくのはとても辛かったから捨ててしまっただけなのかもしれない。

 両親を失い、妹を支えるために生きてきた。家族を壊された復讐ふくしゅうのために生きてきた。自分は何も得られなくても構わないけれど、たった1人の妹や、仲間が救われればそれで良い。

 そう思っていたのに。


「……昔の事を話してもいいか?」

「当たり前だ」


 あぁ……久しぶりに涙が出てきた。いつぶりだろうか、悲観することはあっても泣くことは無かった。

 

「――俺さ、反乱組織のリーダーやってたんだ。プロメテウス……って言うんだけど。それでたくさんの人を殺してきたし、仲間も憧れた人もいっぱい死んでった。同じ時期に入った友達ダチもこの前、死んじまった」 


 ケルスィは何も言うことはなく、ただ聞いてくれている。


「前の作戦で船ごと吹っ飛んじまった! 組織のヤツらや妹も生きているかわかんねぇ。でも俺は生きている……こんな俺でもついていくって……そう言ってくれた馬鹿ばっかりなんだよ。なぁ……アイツら生きてるかな……」

「――そうか。そうか」

「もしアイツらまで死んじまってたら、どうすればいいんだ? 俺だけ生きてても意味あんのかな……。リーダーとして何もできなかった」

「そいつらはそう簡単に死んじまう連中なのか?」


 フォティアは静かに首を振る。あいつらは肝も据わっているし、馬鹿な事ばっかやってるけど、やるときはやる奴らだ。


「なら探せばいい。お前みたいに世界各地に流れ着いてるかもしれねぇし、なんならお前の帰りを待っているかもしれねぇ」

「うん」

「探してもお前の価値が見つからなかったら、あたしが作ってやるよ。あたしみたいなやつ、そうそう死ななそうだろ?」

「――うん」

「なら決まりだ。あたしの用事が終わったら、今度はフォティア、お前の用事を済ませるぞ」


 ケルスィはフォティアから離れ、街に向かってゆっくりと歩いていく。彼女の背中はどこか寂しげで、けれども確かに強く映った。


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