Angel 42 自分なりの戦い方
余談だが、天使の驚異的な力は火を起こすなどの異能力だけではない。彼女らが異能力を使えなくなったとしても、その圧倒的なまでのフィジカルがある。大砲くらいなら指先ひとつで止めるだろうし、人であれば数日かかる道のりも、彼女たちならものの数分で移動できる。
人間であれば、いくら兵器を使おうとも敵わない。magicaを使っても、天使と渡り合える人間などそうはいない。そう、無理である。生命として抗える次元に天使は存在しないのだ。国単位で対策をするのが天使という存在規模なのだ。
フォティアは今までずっとそう思っていたし、それが事実だった。だがどうだろう? 目の前にいるケルスィと言う女性はその常識を《《壊してきた》》。
今まで聞いたことの無い長さの詠唱。天命は長いほど精密で高出力になる傾向がある。ブルートベシュロイニグングと言ったか、天命の後から彼女のフィジカルは天使に類する次元に到達している。
「まずは……周りを片すか」
目で負うことも難しい高速移動。地を悠々と抉る脚技。刃物を通さない圧倒的な皮膚組織の硬さ。ブルートベシュロイニグングによって、これは戦いから虐殺に変わってしまった。子どもは味方がやられていく様を淡々と眺めているだけで、恐怖や憤りは感じていないようだった。
「なんだよ……それ……」
感情の動かない少年に対してフォティアは畏怖していた。自分の知らない世界で、自分の知らない次元の力を持っている奴がいる。常識も、慢心も、自分への期待も何もかも……音を立てて崩れ落ちていく。あの自惚れが頭をよぎった。
『10分? さすがに今の俺ならいけんだろ』
努力はしている。間違いなくフォティアという人間は懸命に努力をしているのだ。ただ、目の前の信じられない光景は、“努力”という行為を嘲笑しているように思えた。
「敵うわけないじゃないか……!」
才が無いのは分かっている……違う、そう思い込みたいだけだ。自分に才能がないのを言い訳に、今にも逃げたいだけなのだ。――別にいいだろう? 自分を責める人なんていない。その方が楽なんだから。先の見えない努力ほど辛いものは無い。
「これで最後!」
ケルスィは跳躍し、少年の頭を目掛けて脚を振り下ろす。しかし、少年はまたもや微動だにしない。少年は何も恐れることなく立っているだけ。棒立ちの少年の脳天に行くはずだった脚は、左側に逸れ地面を抉った。不自然だ。あれを外すことは考えられない。となれば、これも彼のmagicaの能力という事になる。
ケルスィが攻撃を外したのを確認して、少年は右腕をケルスィに伸ばしていく。手のひらの動きからするに掴む気らしい。ケルスィは悪い予感がし、こちらに跳躍しながら戻ってくる。
「ッ……んだあれ」
ケルスィは面白くなさそうにしている。風の刃を飛ばすヴィントクリンゲも、ケルスィの攻撃も当たらない。そして、相手は話すことも感情を表にすることも無い。まるで機械と戦っているようだ。
フォティアは自分の力で解決できない事に苛立ちながら頭を使う。今はそれしかできない。
「恐らくだが、あいつの能力は“軌道をそらす”ことだろう。物体に作用しているのか、自身の周りに空間を生成しているのかは分からないが」
「それが本当なら、能力が分かった所でどうしようもないだろ」
「magicaっていうのはそんな万能じゃない。何かしら弱点や制約がある」
フォティアはケルスィの前に出る。
「瞬間移動に見えて実体は残っていたり、物をテレポートさせても大きさに制限があったりな」
「ふーん……で? コイツは?」
「軌道を逸らすんだったら、軌道が無い攻撃をすればいい。もしくは軌道を変えきれない程の攻撃密度を叩き込む。あいつの処理能力を超えたものを、な」
「軌道のない攻撃ってなんだよ……あいつに触れる為にはどうしてもなぁ」
「今回は手数で押し切る方でいこう。今のケルさんなら行けるだろ?」
「――おうよ!」
ケルスィはニカッと笑う。近接はケルスィに任せるとして、後方からヴィントクリンゲを飛ばすのも悪くは無い。こちらに跳ね返してこない以上、軌道の操作ではなく、あくまで軌道をそらす事にあるだろう。
「でも……違うよな?」
フォティアは自分に問いかけた。初めて天命を使った時を思い出せ。俺の炎は何だった? 俺の戦い方の本質はなんだ? 今のヴィントクリンゲの連度では、彼女の邪魔になることだって考えられる。
「行くよ」
ケルスィは跳躍した。まるで滑空をするかのように接近していく。
「巖よ」
フォティアは詠唱を始めた。ただ小さな土の塊を生成するだけの簡単なもの。これをぶつけたとしても、よほど速度をつけなくては大したダメージにはならない。
「おらぁ!」
ケルスィは振りかぶって突っ込んでいく。だが予想通り軌道を逸らされ、少年の奥に抜けていく。
フォティアはケルスィに何も言わなかった。なぜ土塊を生成したのか。——だが問題はない。言わなくても伝わるとか、そんなメルヘンな話じゃない。ただ、俺の想像通りに戦局は動いていくはずだ。
ケルスィは自分の目の前に土塊あることに気が付く。それだけではない。少年の周囲に等間隔に浮いていた。
(ほら、俺を使えよ。天才!)
ケルスィは土塊に着地し、再び少年に向かって跳躍する。しかし、それも逸らされてしまう。この程度では少年を超えられないらしい。ケルスィはなんども土塊を利用して攻め続けている。シューターのように動き続けられば、それだけでかなりの驚異になる。だが、それじゃ足りない。
「——嵐の群れ、風刃の華美」。
少年は頭を押さえながら、鬱陶しそうに手で薙ぎ払おうとしている。少年の能力は直接ダメージを与えられるものではない。相手を投げてその軌道を変えるなり、ひと手間必要なのだろう。magicaが強い分、特殊銃を使うこともはばかられるのだろう。それも弱点だ。フォティアとは違って充分強いが。
「輪転、風起雲湧の颪」
でもそろそろ限界だろう? これ以上逸らし続けるのも頭が飛びそうになるだろ。それだけ強い能力なら、脳の負担も半端じゃないはずだ。
「偽装・ヴィントクリンゲ」
これでチッェクだ。




