Angel 41 棄教者
初めて天命を使ってから約1ヶ月。フォティアは自分でも驚くほど順調に進歩していた。力の感覚を掴めてからは、詠唱に集中できるようになる。天命のイメージにリソースを割くことで、発動が安定するようになってきた。今ではmagicaを使っていたころよりも、天命を使っている方が戦えている気がする。
「間の消失、時の象徴。扉の鍵は我が手のひらに。穢よ、奇跡を魅せよ。偽装・ラウムシュリュッセル」
「随分と様になってきたな。ここまで唱えられれば初級者は名乗れる。火や風、土に草木に光なんてのはイメージしやすいが……ラウムシュリュッセルは相当手強かったろ?」
「あぁ。正直ケルさんのを見ていなかったら一生できなかったかもしれない」
フォティアたちは街道の外れで鍛錬をしていた。ここは小さな森の中である。道沿いに進むとあと1㎞ほどで田舎街に着くと言った所。今は放浪中の資材調達をするため、その田舎街に寄る最中だ。
ここもアドナイであるはずなのだが、何区なのか、そもそも教会までどのくらいかかるのか……全くもって分からない。ただひたすらにケルスィについていくだけ。だが、ふと今更ながらに疑問がわいた。
「このラウムシュリュッセルが使えれば、教会まで行けるんじゃないか?」
ラウムシュリュッセルは場所と場所を門でつなぐ天命。場所も分かっているケルスィであれば、問題なく教会に行けるはずだ。わざわざ徒歩で向かう必要はないだろう。
「行けるかもな。ッ、煙草切れちまった。街で売ってっかな」
「行けるかもなって……じゃあなんで使わないんだよ」
「んなもん考えてもみろ——お前が居るからだよ。最低限アタシとやり合って、10分は持つようになってもらわないと足でまといにも程がある」
そう言えばケルの強さってどのくらいなのだろうか。偽典を書くくらいだから、頭は切れるようだが、闘っているのは見たことがない。それに教会の信徒たちだってそうだ。だがフォティアもプロメテウスで多くの戦いを経験してきた。そこらの人間には負けない確信はある。
「10分? さすがに今の俺ならいけんだろ」
「自惚れてるねぇ〜……っと、丁度いい。フォティア、お前は後ろの3人な。あたしは前の12人をやる」
ケルスィは唐突に、拳を構えよく分からないことを言い出した。
「3人ってなんだよ」
「山賊……というか、まぁアタシらを狙ったヤツらだな。お前もこのくらいは気づけるようになれ」
言われてやっと男たちに囲まれているのがわかった。木の上や茂みの裏……至る所に潜んでいる。アドナイが急速に発展する上で、国に反抗した勢力がこうした田舎に潜んでいることは珍しくもない。さらに言うならば、戦前の敵対国の残党やらも多くいることだろう。
今この国の治安は最悪だ。若造に女1人の旅人など、格好の的になる。彼らもまた生き残るために真剣なのだ。プロメテウスは民間に手を出すことは無かったが、本質的な所は、ここらにいる山賊と何も変わらない。プロメテウスは生活を取り戻すために戦い、彼らは今の世界で生きていくために人を襲っている野蛮人同士。
フォティアはゆっくりと左腰に手を伸ばすが、銃を持っていないことを思い出した。前までならあり得ない、丸腰の状態だ。
「癖は抜けねぇな」
フォティアは呟くと、仕方なく自分の右人差し指を相手に向ける。今はこの指が銃口のようなものだ。
「へぇ……殺されそうなのに動じないんだな? 初めての命のやり取りってわけじゃ無さそうだ」
「あいにくこの手の輩には慣れてるからな」
「これはまたお前の過去が気になるな? 後で聞かせてもらうぞ」
2人は背中合わせになり、詠唱を始めた。指先から文字列が円を描いて回っていく。
「「嵐の群れ、風刃の華美。輪転、風起雲湧の颪。偽装・ヴィントクリンゲ」」
2人の周囲に風が巻き上がり、その乱気流は風の剣を描きだす。フォテイアは7本程度だが、ケルスィはその倍近くの剣が周囲に浮いていた。
動きに合わさるように、風の刃は踊るように盗賊に向かっていく。相手も無抵抗ではない。瞳を輝かせmagicaを発現させる。だが、高速で動くヴィントクリンゲを防げる訳では無い。止まっているだけのカカシを折るように7人の体が引き裂かれ、残るは8人。
ヴィントクリンゲでだめなら他の詠唱をするまでだが、その必要も無さそうだ。フォティアは再びヴィントクリンゲを紡ごうとしたところをケルスィに遮られた。
「ストップ。正面の男を見てみな」
正面には一際若い男がいた。12歳ほどの子どもだろう。明らかに周囲から身長も雰囲気も浮いている。ケルスィは残していたヴィントクリンゲを、躊躇いなく子どもに向けて2つ飛ばした。
彼はポケットに手を突っ込んだまま微動だにしない。ヴィントクリンゲは風切音を奏でながら飛んでいく。首と胴体に刃が突き刺さるのは明白だろう。しかし、風の刃は彼の眼前で軌道を変え横に逸れていく。
「あんな感じで当たりゃしねぇ。無闇に詠唱するのは危険だ。隙を突かれたら殺られる」
「――なんだあの能力……空間をねじまげてるのか? それとも天命自体に作用してるのか……」
「分かるのはアイツだけ実力も経験も頭一つ抜けているってことだな。見てみろよ、あの顔」
子どもは眉一つ動かさず、ただ遠くを見ているようだった。彼と目が合うことはない。生気のない顔から、どこかしら気持ち悪さを覚えた。精神が年齢とかけ離れている。
「フォティア、ちょっと時間を持たせてくれ。奴が動いたらカバーを頼んだ」
「分かった」
ケルスィは握りこぶしを緩め、構えをとる。そしてはじめて聞く言葉を唱え始めた。
「毀せ壊せ。心悸亢進、麟鳳亀竜。駆けろ翔けろ。雲蒸竜変、雲竜風虎。——棄教者は偽典を掲げ、夢想の顕現に世界は進む! 穢・ブルートベシュロイニグング」
長い詠唱の末、ケルスィの身体が輝きだした。




