Angel 40 緋色
「天命にも難しいものから簡単なものまで色々ある。現象のスケールが小さいほど簡単だ」
ケルスィは右手の人差し指を突き出す。
「今からやるのは初歩中の初歩。小さい火種を生成するだけさ。————燭よ」
指の先から、暖かな火がともる。
「これくらいなら、センスが有ればすぐできるさ。マッチ棒に火をつけるようなもんさ。慣れればなんてことは無い」
「————センス……ね」
残念なことに、その言葉に縁はない。すでに半ば落胆しながら手のひらを見つめる。フォティアもケルスィに習って、おもむろに指を構えた。
「燭よ……」
やはり何も起こらない。まぁ、知っていたことだが。才能が有れば遠の昔から悩んでいない。それにこんな捻くれた性格にもなっていない。後ろでケラケラ笑っている師匠にイライラしながらも、何度も何度も試してみる。数をこなせばいい訳ではないだろうが、何もしないよりはマシだ。
「わりぃわりぃ。一回座りな」
多少苛立つフォティアを見かねてか、ケルスィは声をかける。促されるまま、原っぱに座る。暖かな日差しと優しい風が心地よかった。こんなに気を緩めたのはいつぶりだろうか。
「目を瞑るんだ。瞑想ってやつだな。一度完全に無になるんだ。何も考えずに、周りに溶け込み、周りの自然と自分が一体化するように……」
言われるがまま目を閉じると、風の音や鳥の声が聞こえてくる。
「————」
そこからケルスィは何も言ってこない。このままじっとしていろ……ということだろう。しばらくボーっとしていると、時間感覚がなくなり、身体と空気との境目がわからなくなる。身体の輪郭がぼやけ、暖かな空間に浮いている錯覚。
「……さぁイメージするんだ。炎の色は? 暖かさは? 匂いは? 炎はどうやって燃えている? お前だけの炎を描くんだ」
――前のプロメテウスのリーダーの炎は、全てを燃やし尽くす力強さと、全てを包み込む暖かさがあった……あれは目指すべき俺の理想だ。だが、それは俺じゃない。いや、俺にはできなかった。
俺の炎はちっぽけで弱々しい光だ。この程度で、何とかしようとしてるだなんて……馬鹿馬鹿しく見えるだろう。まぁ、そう馬鹿にするやつらは笑わせておけばいい。俺は特別じゃない。ただ、運命に引き寄せられるように今ここにいる。導かれてるなんて言えば格好は着くが、ただただ流されているだけだ。
そんな馬鹿な俺でも、ついてきてくれる馬鹿がいる。命をかけて隣に立つ奴らがいる。……アイツらは俺とは違う。誇れる力も、考える立派な頭もある。正直、もったいないと思う。もっと良い生き方もあったろうに。
「――燭よ」
プロメテウスの炎は、そいつらがいるから燃えているのかもしれない。だから……俺だけなら、こんな小さなもんでいい。見栄を張るな、俺はリーダーであってチームのエースじゃない。身の丈にあった炎で燃えてくれれば、それでいい。あいつらがいるから、俺の炎はたくましく燃えられるんだ。
体の中から言葉にしがたい感覚が湧き出てくる。そう、magicaを使うあの感覚だ。どのようにしたら込められるのか分からない力の奔流が、自然と漏れ出してくる。
magicaはそのまま漏れていたが、今は違う。それが周りに溶け出し、周囲の物に干渉している——そうか。これが天命なのか。
溶け出した力は再び自分へと還ってくる。今ならこの言葉にできない力の使い方が分かる。力は指先に流れこみ、炎という形に置換された。
「――これが俺の炎だ」
「ふふっ、結構綺麗な色じゃないか」
ケルスィは優しく笑っている。その声に安心し、ゆっくりと目を開ける。自分の指の先から、淡く光が溢れでている。とても細く弱い。だが、しっかりとそこにあった。火種……いつかは大きく燃え盛る最初の炎。
ケルスィはしゃがみ、目を合わせてきた。
「よし、受け取りな」
ケルスィは手に持っていた小さな本を渡してきた。おもむろにパラパラ捲っていくが、20ページを過ぎたあたりから白紙になっている。
「あたしが今書いている儀典さ。白紙のところは自分で書き足していきな。これは正式に弟子として認めたって証だと思っておけ。無くすんじゃねぇぞ?」
浜辺に流れ着いた所を助けてもらっておいて何だが、得体の知れない……そうとも言えるこの師匠は、確かな力を持っている。それに、彼女は俺の知らない世界を多く知っている。
「ケルさんはどうして旅をしているんだ?」
彼女はフォティアの隣に腰を下ろし、後ろへ倒れる。ぱさっと草が押される音がする。ケルスィは空を仰ぎ、気怠そうに答えた。
「そんなの、聖派正教会の聖職者を辞めたからだよ」
「——理由を聞いても良いか?」
「隠すこともない、別にいいよ。教会の事、前も話したろ? 教会の主は今でも天使なんだが、そいつはあくまで天命は天使が与えたと言い張ってる。更にあたしは、別の詠唱で天命が発現することをみつけちまった。どうも、重大なことを隠し、嘘をついている。信用ならないだろ? そんな主なんて、な。助けてもらったのも事実だがな」
……儀典を見つけてから発覚した胡散臭さ。天使は何処まで嘘をついているのだろうか。
「聖職者ってそうポンポンやめるものなのか? 盲目的に主を崇めてるもんだと思ってたが」
「あたしが聖職者って柄じゃなかっただけさ。弟は疑いもせずに今も続けてる。あたしはこうして放浪してるくらいがちょうどいい」
「確かに柄じゃないな」
タバコを吸って、明らかにがさつな彼女が、聖職者をやっている想像がつかない。敬語さえも使えるのか怪しいレベルだ。
「放浪の目的とかってあるのか?」
「質問ばっかだな? 今度覚悟しておけよ」
どっちにしろ、いつかは自分の身の上話はするつもりだった。彼女に伝えても、あまり悪いことにはならない気がする。
「目的か……世界を知ること、だな。今この世界はあまりに歪すぎる。それにはあの主から聞き出さなきゃいけないことが多すぎる。今は教会の方へ引き返している途中だ。それが終われば1区の方へ行こうと思ってる。これでいいか? もう質問は終わりな」
ケルスィは立ち上がり、歩き出した。その背中を見ながら、フォティアは考えていた。今まで漠然とアドナイを落とそうとしていたが、そもそもアドナイをどこまで知っているのだろうか。ただの国家とは思えない。
恐らく、アドナイのイスケールも何か重要な事実を知っているはずだ。ケルスィについていけば何かがわかる。今はそう確信している。




