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天使に喰われたオーディナリー  作者: 猫飯 みけ
第4章 聖派正教会
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Angel 40 緋色

「天命にも難しいものから簡単なものまで色々ある。現象のスケールが小さいほど簡単だ」


 ケルスィは右手の人差し指を突き出す。

 

「今からやるのは初歩中の初歩。小さい火種を生成するだけさ。————ともしびよ」


 指の先から、暖かな火がともる。


「これくらいなら、センスが有ればすぐできるさ。マッチ棒に火をつけるようなもんさ。慣れればなんてことは無い」

「————センス……ね」


 残念なことに、その言葉に縁はない。すでに半ば落胆しながら手のひらを見つめる。フォティアもケルスィに習って、おもむろに指を構えた。


ともしびよ……」


 やはり何も起こらない。まぁ、知っていたことだが。才能が有れば遠の昔から悩んでいない。それにこんな捻くれた性格にもなっていない。後ろでケラケラ笑っている師匠ケルスィにイライラしながらも、何度も何度も試してみる。数をこなせばいい訳ではないだろうが、何もしないよりはマシだ。


「わりぃわりぃ。一回座りな」


 多少苛立つフォティアを見かねてか、ケルスィは声をかける。促されるまま、原っぱに座る。暖かな日差しと優しい風が心地よかった。こんなに気を緩めたのはいつぶりだろうか。


「目を瞑るんだ。瞑想ってやつだな。一度完全に無になるんだ。何も考えずに、周りに溶け込み、周りの自然と自分が一体化するように……」


 言われるがまま目を閉じると、風の音や鳥の声が聞こえてくる。


「————」 

 

 そこからケルスィは何も言ってこない。このままじっとしていろ……ということだろう。しばらくボーっとしていると、時間感覚がなくなり、身体と空気との境目がわからなくなる。身体の輪郭がぼやけ、暖かな空間に浮いている錯覚。


「……さぁイメージするんだ。炎の色は? 暖かさは? 匂いは? 炎はどうやって燃えている? お前だけの炎を描くんだ」


 ――前のプロメテウスのリーダーの炎は、全てを燃やし尽くす力強さと、全てを包み込む暖かさがあった……あれは目指すべき俺の理想だ。だが、それは俺じゃない。いや、俺にはできなかった。


 俺の炎はちっぽけで弱々しい光だ。この程度で、何とかしようとしてるだなんて……馬鹿馬鹿しく見えるだろう。まぁ、そう馬鹿にするやつらは笑わせておけばいい。俺は特別じゃない。ただ、運命に引き寄せられるように今ここにいる。導かれてるなんて言えば格好は着くが、ただただ流されているだけだ。


 そんな馬鹿な俺でも、ついてきてくれる馬鹿がいる。命をかけて隣に立つ奴らがいる。……アイツらは俺とは違う。誇れる力も、考える立派な頭もある。正直、もったいないと思う。もっと良い生き方もあったろうに。


「――ともしびよ」


 プロメテウスの炎は、そいつらがいるから燃えているのかもしれない。だから……俺だけなら、こんな小さなもんでいい。見栄を張るな、俺はリーダーであってチームのエースじゃない。身の丈にあった炎で燃えてくれれば、それでいい。あいつらがいるから、俺の炎はたくましく燃えられるんだ。

 

 体の中から言葉にしがたい感覚が湧き出てくる。そう、magicaを使うあの感覚だ。どのようにしたら込められるのか分からない力の奔流ほんりゅうが、自然と漏れ出してくる。

 magicaはそのまま漏れていたが、今は違う。それが周りに溶け出し、周囲の物に干渉している——そうか。これが天命なのか。


 溶け出した力は再び自分へと還ってくる。今ならこの言葉にできない力の使い方が分かる。力は指先に流れこみ、炎という形に置換された。


「――これが俺の炎だ」

「ふふっ、結構綺麗な色じゃないか」


 ケルスィは優しく笑っている。その声に安心し、ゆっくりと目を開ける。自分の指の先から、淡く光が溢れでている。とても細く弱い。だが、しっかりとそこにあった。火種……いつかは大きく燃え盛る最初の炎。

 ケルスィはしゃがみ、目を合わせてきた。


「よし、受け取りな」


 ケルスィは手に持っていた小さな本を渡してきた。おもむろにパラパラ捲っていくが、20ページを過ぎたあたりから白紙になっている。


「あたしが今書いている儀典さ。白紙のところは自分で書き足していきな。これは正式に弟子として認めたって証だと思っておけ。無くすんじゃねぇぞ?」


 浜辺に流れ着いた所を助けてもらっておいて何だが、得体の知れない……そうとも言えるこの師匠は、確かな力を持っている。それに、彼女は俺の知らない世界を多く知っている。


「ケルさんはどうして旅をしているんだ?」


 彼女はフォティアの隣に腰を下ろし、後ろへ倒れる。ぱさっと草が押される音がする。ケルスィは空を仰ぎ、気怠そうに答えた。


「そんなの、聖派正教会の聖職者を辞めたからだよ」

「——理由わけを聞いても良いか?」

「隠すこともない、別にいいよ。教会の事、前も話したろ? 教会の主は今でも天使なんだが、そいつはあくまで天命は天使が与えたと言い張ってる。更にあたしは、別の詠唱で天命が発現することをみつけちまった。どうも、重大なことを隠し、嘘をついている。信用ならないだろ? そんな主なんて、な。助けてもらったのも事実だがな」


……儀典を見つけてから発覚した胡散臭さ。天使は何処まで嘘をついているのだろうか。


「聖職者ってそうポンポンやめるものなのか? 盲目的に主を崇めてるもんだと思ってたが」

「あたしが聖職者って柄じゃなかっただけさ。弟は疑いもせずに今も続けてる。あたしはこうして放浪してるくらいがちょうどいい」

「確かに柄じゃないな」


 タバコを吸って、明らかにがさつな彼女が、聖職者をやっている想像がつかない。敬語さえも使えるのか怪しいレベルだ。


「放浪の目的とかってあるのか?」

「質問ばっかだな? 今度覚悟しておけよ」


 どっちにしろ、いつかは自分の身の上話はするつもりだった。彼女に伝えても、あまり悪いことにはならない気がする。


「目的か……世界を知ること、だな。今この世界はあまりにいびつすぎる。それにはあの主から聞き出さなきゃいけないことが多すぎる。今は教会の方へ引き返している途中だ。それが終われば1区の方へ行こうと思ってる。これでいいか? もう質問は終わりな」


 ケルスィは立ち上がり、歩き出した。その背中を見ながら、フォティアは考えていた。今まで漠然とアドナイを落とそうとしていたが、そもそもアドナイをどこまで知っているのだろうか。ただの国家とは思えない。


 恐らく、アドナイのイスケールも何か重要な事実を知っているはずだ。ケルスィについていけば何かがわかる。今はそう確信している。

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