Angel 38 How am I supposed to Ⅼive?
コーマンに仲介してもらい、シュテルクストに連絡を取った。教会の具体的な位置が分かれば、美月たちを追いかけることができる。
『聖派正教会の位置? なんだそんな事か。あぁ分かるとも』
いくらシュテルクストであっても、早くて数日はかかると思っていた。だというのに、彼はその場で答えてくる。
『78区から南下すると広大な森がある。森の中央には湖があるんだが、そこの湖に面して教会が建っているはずだよ。あまり整備されていないからアクセスはちょっと面倒くさいけどね』
「なぜ知っているんですか……」
『少し前に興味があってね。自然を崇め精霊様を信仰する正教会。そこから分かれた聖派正教会は一体何を崇めているのか。まぁ文献をあされば、予想できるつまらないものだったよ』
そこまで知っているのであれば、聖派正教会が天使に接触する理由も分かるのではないか?
『……それは知らない、興味がないからね。正しく言うならば興味が無いから知らないのさ。人間は知的好奇心がなければ、知ろうとはしない。ただ、そうか……。動いたか』
ごく当たり前のことだ。だが、不思議と彼が言うと不気味に聞こえる。彼ほどの力がありながら、自分の欲求だけで判断しているからだろうか。だが、シュテルクストにそれを期待するのも、間違っている。
「教えて下さりありがとうございました」
直人は電話を切ろうとした。
『そうだ――前は悪かったね』
簡単な謝罪が聞こえると、たちまち無機質な電子音に切り替わった。返答を待たずに切られたのだ。色々と調子が狂う。
「どうだった? 有益な情報は得られたかい?」
「えぇ。それなりに」
「それにしては浮かない顔だね」
「シュテルクストは苦手なので」
コーマンはふふっと笑っていた。
肝心の教会までの向かい方だが、78区までは海路と陸路……船と鉄道で向かえる。そこはさほど問題はないだろう。しかし、広大な森の中を徒歩で探すというのも骨が折れる。だが、やるしかない。
「先生、78区までの船と鉄道のチケットを。どれほどで準備できますか?」
「明日の朝までには用意しておこう。今日はもう帰ってゆっくり休みたまえ」
直人はコーマンに頭を下げ、アジトを後にした。
「ただいま」
誰もいないリビングに向かって声を出す。いつもなら、美月やら、セラやら、抜け出し遊びに来ていたフワネ辺りが返答してくる。だが、その声は聞こえてこない。耳を割くようなシーンとした音だけが響いている。
この静けさはあまりに苦しかった。美月と話している間は、色々なことを忘れられた。懐かしい子どもの頃に戻れたのだ。両親がいた、あの当たり前な日常を感じられていた。また明日学校に行って、友人たちとふざけて。そんな生活を感じていた。彼らは今頃何をしているのだろう。まだ大学生だろうか、もう働いているのか。神崎直人という人間を覚えているのだろうか……
美月は今、何をしているのか。苦しい思いはしていないだろうか? セラがいるから寂しくはないだろう。何かあってもセラが守ってくれるかも知れない。思えば何だかんだ彼女は信頼しているのだろう。
美月は、俺がいなくても大丈夫だろうか……俺は耐えられない。
***
聖派正教会のチャペルに続く身廊。ステンドグラスから差し込む光はとても暖かで、優しかった。目の前に立っているのは聖派正教会の主。目元に純白の布を巻き、笑顔でこちらを向いている。それ以外には従者もおらず、3人だけが立っている。
「久しぶりね、セラフィム。フワネエル」
「————エルブラム」
天使エルブラム。セラやフワネと同じ天使。
「何百年ぶりかしら。聖戦の終末以来だから……考えるのも恐ろしいわね」
「ん。久しぶり」
セラとフワネは警戒することはなく、古き友人との会話を淡々とこなしていた。
「本当に。そちらでは上手くやっていますか?」
「そうね。楽しくやっているわよ。貴方こそ教団なんて立ち上げて、偉くなったものね」
エルブラムは口元に手を当てて、静かに笑う。
「いえいえ。わたくしはただ、人たちに知恵を授け、人生のお手伝いをしているにすぎません」
「エル、昔は、もっと、怖かった」
フワネが悪態をつく。それでも彼女は笑顔を崩さない。笑って受け流している。
「さて本題に移りましょうか。エルブラム、今のあなたは私たちの敵?」
「……同族のよしみで一体何を」
「そんなのどうでも良いのよ。この体の持ち主と、そのパートナーがあなたを警戒しててね。昔からの付き合いだからこそ、そこだけは今はっきりさせて」
エルブラムは数秒数えたのち、声のトーンを落として答える。
「あなたたち次第……と言っておきましょう。そう、舐めた真似したら、あなたたちを消し炭にだってできる。海に沈めることも、窒息させることも」
威圧感を感じる口調から、セラとフワネは懐かしさを覚えた。これが彼女の裏……本性と言える。
「そう。言うこと聞けば、うまく使ってやる……ってことね。でも私が使われるだけなのは嫌いってこと、知ってるでしょ?」
「ええ知っています。わたくしの目的は《《古き天界の再建》》とだけ伝えておきます。邪魔さえしなければ悪いようにはしません」
「————これは驚いた。ずいぶんと大きく出たのね」
セラは目を見開き、驚いている。エルブラムの発言に含まれる意図、強欲さ、野心に恐怖した。エルブラムが聖派正教会を作り上げた意味もそれで分かる。
「わたくしが聖戦の後、天界に帰らなかったのは、それが理由です。あのくそったれな神に穢された場所などに、帰る気はない」
「お父様に知られたらどうなるか……ただじゃすまないわね」
この女は、天使エルブラムは————神に反旗を翻そうとしている。
「神だとしてもお父様だとしても、わたくしが傲慢な男は嫌いなのセラフィムは知っているでしょう?」
同族嫌悪。フワネはそう口にしそうになったが、自分の口を抑えて止めた。さすがにエルブラムの逆鱗に触れると察したのだ。
「そこまで言うのだから聞くけれど、お父様は今どこにいるの?」
「わたくしにも分かりません。すでにこの地に降り立っているか、いまだに聖戦の傷を癒しているのか……わたくしの瞳でも見ることはできません」
「なら私たちと敵対はしなくて済みそうね。私たちはアドナイとイスケールに歯向かっているだけだから」
アドナイに反旗を翻すキューヴと、神に敵対する聖派正教会。交じり合わないであろう2つの線。わざわざ天使同士で敵対することも協力することもなさそうだ。
「わたくしがあなた方を呼んだのは、今話した、わたくしの邪魔をしない公約を結んでほしいこと。それにもう1つ」
「もう1つ?」
「セラフィムの身体の持ち主に用があるのです。これでも一応は教会の主としての立場がありまして、慈悲くらい持ち合わせていますので」
エルブラムはそういうと、おもむろに目元の布を取り始めた。




