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天使に喰われたオーディナリー  作者: 猫飯 みけ
第3章 過去紀行録 E
34/151

Angel 31  グナユ 

 車窓から眺めるアドナイ1区は、15区と何もかもが違った。目の届く範囲すべてに、ビルが突き刺さっていた。ガラスに反射する太陽光が、地面の温度を上げ、熱く感じる。空中に投影された映像からは、常にアドナイを称賛するコメンテイターが映し出されていた。


『アドナイに栄光を!!!』


 ——洗脳そのものだ。 直人はそう思い、嫌悪感を覚えたが表には決して出さない。

 

「着いたぞ」


 自動艇から降りると、眼前には巨大なガラス球のような建造物がそびえ立っている。下からでは、どのくらいの高さなのか理解できないほどだった。建造費だけで幾らかかっているのだろうか。


 前島に付いていき、エレベーターに乗り込む。永遠に上昇するような錯覚につつまれた頃、一行は目的の階層に到着していた。


 白衣の研究員に案内されるまま、足を進める。この階層は、まるで刑務所のように、狭い部屋が敷き詰められていた。ここに入っている実験体グナユは、まともな扱いを受けていないことは明白だ。ドアの向こうから罵声が聞こえてくる。

 

「彼をお願いします」


 白衣の研究員が淡々と呟く。目の前には4畳ほどの白い部屋。そこにあるのは静寂だけだった。においも、音も、風も、色もない。


 そんな部屋の中央に座り込んでいる男が一人。ただ静かに床を見つめている。ガラス越しの男は、人間ではなくただの物体にしか見えない。生きているのかも分からないほどに、彼は動くことはなかった。


「それで状況は?」


 前島が頭をかきながら尋ねる。


「彼には即時再生を与えました。焼却炉に何時間放り投げても、このままの身体ででてきます。研究棟の枠には限りがあるので、処分をお願いします」


 前島はため息をつき、研究員の方を睨んだ。


「それって不死にならないか……?」

「えぇ。彼はそもそも、私たちロロネイ研究室の目的、人造天使の失敗作ですからね。不死ほどの耐久性を目指すのは普通のことです」


 研究員は悪気もなくあっけらかんとしている。


「で? どうすれば殺せるんだ?」


 ジュイが床を足で叩きながら尋ねた。かなりイライラしているのが見てわかる。


「――さぁ? それを考えるのがあなたたちの仕事でしょ。何のために呼びつけたと思っているんですか」


 唖然あぜんとした。一体こいつは何なんだ。人としての倫理観や道徳観が欠落している。こいつは実験体グナユを人とは認識していない。実験用マウスと何ら変わらない。――こんな連中に美月は捕まっているのか?


「おい、お前。勘違いしてるんじゃないか? 研究者だからって、俺たちと階級は変わらねぇだろ?」


 ジュイは、上から目線の研究員に対して感情をあらわにする。


「これだから軍人は……誰のおかげで戦争に勝ったと思ってるんだ? まさかお前らの功績だと? 笑わせるな。我々のmagica実験がなければ——」


 ジュイは無言で、脚を研究員の眼前まで近づけた。脚によって生み出された風圧が研究員を襲う。その場で座り込んだ研究員の額には、冷や汗が滲んでいた。


「ロロネイの金魚のフンごときが……黙ってろ。——お前は戦いを知らないだろうが……」

「ジュイさん、それ恐喝ですよ」


 直人がジュイをたしなめる。ジュイを抑えながら、研究員に尋ねる。


「改めて聞きますが、どうすれば彼を殺せるんですか?」

「——彼の再生速度を超えた損傷か、magicaそのものを無力化するくらいしか……」


 しぶしぶ返答した研究員を横目に、前島はジュイの肩に手を置いた。


「人体が燃える以上の損傷ね……ジュイ、中に入れ」

「自分で言いたくはないですが、俺だと殺せないと思いますよ? 特殊兵器持ってこないと」

「雨宮にも実態を見せたいからな。とりあえずやってみろ。出来そうならそのままやっちまえ」

「了解」


 ジュイは自動扉に手をかざした。鋼鉄の白いドアは、ゆっくりとスライドしていく。


「……あのっ! 今は動いていませんが、彼は防衛本能からか、反撃に出る様子が確認できています。——気を付けて」


 研究員は、中に入るジュイをまっすぐ見ていた。


「あいよ」


 ジュイは部屋に入るなり、magicaを発動した。ジュイは両脚に力がみなぎるのを実感しながら、実験体グナユに近づいていく。至近距離まで来たというのに、眉ひとつ動かない。


「雨宮、magicaを使っとけ」


 前島は煙草に火をつけ、直人に指示をした。


「何故ですか?」

「即時再生とはいえ、何処かしらに欠点があるはずだ。実際、この実験体グナユは意識が欠落するほどの負荷を受けている。その欠点をお前が見つけるんだ。観察は得意だろ」

「――やれるだけ、やってみます」

「おう、頼むぞ」

 

 ジュイはゆっくりと右足を後ろに引き、体をひねらせる。


「防衛本能って……どうせたいしたことねぇだろ」


 そして、最大出力の回し蹴りを頭部に命中させた。——が、それはグナユの左腕だけで軽々と防がれた。


「————は?」


 そうジュイが呟いた瞬間、彼は壁に体を打ち付け、意識を飛ばしていた。

 グナユは目に追うことすら難しい速度で、ジュイの脚をつかむと、放り投げてしまった。わずらわしい羽虫を追い払うかのように。だが確かに、ジュイの脚にふれた左腕は、ダメージを負っていた

 

 損傷を受けていた左腕は、時間を巻き戻すかのように、修復していく。地面に落ちた血は、地面にこびり付きそうなほど、散乱している。直人はその様子を見ると、口元を緩め、背伸びをした。


「前島中尉。恐らくですが俺なら行けます」 

「行けるってお前……今の見てたか? 振っておいてなんだが、正直厳しいと思うぞ」

「見てましたよ。だからこそです」


 直人は勝手に部屋の中に入っていく。前島は、黙って直人の背中を見送る。


「――具合はどうだい?」


 部屋の外にいる前島に、女性が声をかけてきた。長い紫色の髪はぼさぼさで、目元には濃いクマができている。


「メアリー・アン・コーマン……」

「ははは。そんなに警戒しなくても問題ないさ。ちょっとロロネイの失敗作が面白いことになっているっていうから、見に来ただけさ。面白い実験体グナユだろう? 即時再生とロロネイは言っているが、恐らくは言葉通りの即時再生じゃない。変わり種だろうね」

「……?」


 コーマンは直人を見ると、軽い笑みを浮かべた。


「見ない顔だね。彼は?」

「うちの新人、雨宮直人です。行ける……そう言って入っていきましたよ。いったい何がなんだか」

「そうか。それじゃあ、お手並み拝見といこう」


 直人はゆっくりとグナユに近づく。


「————内界解放リベラシオン


 直人はいきなり腹部中央に右拳を叩きつけるが、それを手のひらで止められる。脇腹に左脚で蹴りを入れるが、それも腕でガードされた。どれもジュイの攻撃には遠く及ばない速度と力だった。当たり前だが、いくらやっても攻撃は受け止められている。


「いわんこっちゃない……そもそも即時再生すら発動させられてねぇ」

「おや、気づかないのかい? 彼は《《グナユに一度も掴まれていないよ。》》 そこに横たわっている金髪君は、素晴らしい脚力を持っていたのに、簡単に処理されたが、彼は違う。——どうやら、想像以上に面白そうだ」


 コーマンはにやりと口角を上げていた。 

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