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天使に喰われたオーディナリー  作者: 猫飯 みけ
第3章 過去紀行録 E
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Angel 30 アドナイ軍編Ⅳ

「どうした雨宮くん!!! かわしてばっかで覇気を感じないよ!」


 ジュイの独特な構えから繰り出される足技は、1発1発が鉛のように重く、銃弾のように早かった。


 近距離で向けられた蹴りは、防御していても、当たればただでは済まないことは明白だ。風を切る音は人体から出ているとは思えないほどで、風圧だけで頬が切れそうな気がする。

 一般人であれば何度死んでいるのかわからない。


「――ッ!」


 躱すことに全てを注いでいた直人だったが、次第に余裕がなくなってきた。じりじりと壁に向けて後退していたが、もう後がない。数歩下がれば壁に背中が当たってしまう。


 加えて、いくらスローで見えたとしても、常に相手のフェイントに気をつけながら動きまわるのは体力的に、集中力的に限度がある。かといって、今の技量では反撃する暇もなさそうだった。


「おい雨宮! どうだ? 限界超えそうか!」


 訓練場の入口付近から、鬱陶うっとうしく前島が叫んでいる。


「限界って! 具体的に! どうすれば!?」

「言ったろぉ! 死にかけてみろ!」


 と言われても、今まさにその最中だ。何もできない自分に歯がゆさを覚えながら直人は考えていた。


 ——前島の言っていたことはこれか。確かに拳銃でもあれば少しの動きで、相手に死のリスクを与えることができる。加えて急所を狙うこともさほど難しくなさそうだ。

 

「もう逃げ場、ないみたいだね!」


 思考に気を取られたせいか、ジュイの蹴りが直人の回避能力を上回った。顔面に飛んできた足を、仕方なく腕で受け止める。


 ミシミシと腕から聞こえる異音と、伝わる痛みを堪えながら、直人は後方に吹っ飛んだ。まるで車と正面衝突したほどの衝撃が直人を襲う。


「カハッ……」


 壁に背中を打ち付け、視界がかすみ意識がとびかかる。——だがこの程度で気絶するわけにはいかない。このままでは美月を救うどころか、自分の身を守ることさえ難しい。


 ジュイは直人の倒れた様子を見ると、チャンスだと言わんばかりに距離を詰めてきている。 このままだとお陀仏だぶつだ。本当に死にかねない。ジュイは獲物を狙う獣のようにニヤリと笑っている。

 

 ——殺される。 

 

 ジュイは右足を上げ、躊躇ためうことなくかかとを直人に向かって振り下ろした。直人は無様にも床を転がり、それをギリギリのところで躱した。訓練場の床が蜘蛛くもの巣状に割れ、木片が細かく飛び散っている。


 ジュイは首を傾げた。——これでもダメか、と。


 とりあえず躱せはしたが、両腕の損傷と、背中の負傷具合から立てそうもない。まさしく死に直面したはずなのに、直人のmagicaに変化は訪れない。


「はぁ……はぁ……これでも、まだ死にかけてないってことか……」


 直人は理解した。いくら戦い方を覚え、スローモーションの世界で動いても、この力はシンプルな力には勝てないと。技量があがれば多少はどうにかなるだろが、いっても雀の涙ほどだろう。


 諦めかけている直人に追い打ちをかけるように、前島が叫んでいた。


「寝てないで続けるぞ!」


 前島の声にジュイはとっさに否定した。


「もうやめましょう、ダメですね。一向に変化が見られないし、戦い方に慣れられれば、死に近づくことも無くなっていく。それに俺が勝てなくなるのは非常に気に喰わない。後輩のくせに」


 ジュイの裏側に秘めた、本音が漏れてる。直人はジュイの発言に苦笑いしつつも、困ってしまった。


「俺にはコントロールが出来ないと……?」

「そうは言ってない。君は心のどこかで“死”を否定しているだけだ。どうせ君にとって俺は身内だから、本当に死ぬことはない……ってね――前島中尉。“アレ”、そろそろですよね」


 前島は首を傾げたと思うと、なにか心当たりがあるようで、しかめっ面をした。


「ジュイ、お前まさか!?」

「こいつ連れてきましょう。やるなら早い方がいいでしょう」


 前島は「はぁ」とため息をつくと、直人の方を向いた。


「雨宮、まだお前に同行させる気は無かったんだが……来るか? アドナイ1区、コンフェッサー研究棟に」


 ――あまりに急で、驚いてしまった。願ってもない。さらにコンフェッサーの研究棟ともなれば尚更だ。少しでも情報が欲しい。 だが疑問がある。


「――何故研究棟まで?」


 前島とジュイは、困ったように顔を見合せた。そして前島は、酷く言いにくそうに、口を開く。


「その、なんだ。ちょっくら人を殺めに、な」


   ***

 

 アドナイ軍には世間には認知されていない職務が多い。適性体を回収することもその1つだ。そして、前島部隊は戦闘部隊。アドナイでも変わり種で指折りの戦闘員が集められていた。そんな彼らには特殊な任務が与えられている。


実験体グナユの処理……ですか」

「本来であれば研究機関がそのまま焼却処理するんだが、稀に訳あって殺せない奴らが出てくる。それを処理するのが仕事だ。気はすすまねぇけどな」


 自動艇での移動中、前島は直人に説明をしてくれた。


「訳っていうのは」

「色々さ。再生しちまうとか、火に耐性があるとか、そもそも凶暴すぎてそこから動かせないとか」

「なぜ俺たちがこの仕事をしなくちゃいけないんですか? それこそ一区のエリートがすれば良いじゃないですか。わざわざこんな長距離移動をして……」

「誰もやりたがらねぇんだよ。やったところで評価はないし、命の危険だってある。せっかく戦争が終わったのに、人を殺したがる奴なんていねえ。——俺は断れない立場だからな」

 

 グナユというのは実験体の中でも、magica実験に使われる呼称であり、明確に他と差別化されている。


「この仕事、どのくらいの頻度であるんですか」

「わからん。そんなこと上の都合次第だからな。半年に一回の時もあれば、毎月の時だってある。少ないに越したことはねぇがな。手当もつかねぇしよ」


 表面上では何事もなく話している直人だが、内心は気が狂いそうだった。今この瞬間も美月は命の危険にさらされている。さらに言うならば、今から殺しに行くのは美月なのかもしれない。そんな嫌な想像をしてしまう。

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