Angel 29 アドナイ軍編Ⅲ
訓練室に着くと、念入りに体をほぐすように指示された。軽く体を動かし、ストレッチをしながら前島に尋ねた。
「俺のmagicaに先があるってどういうことですか」
「具体的には強くなるわけじゃない。お前の現状出力を100として、それを30くらいまでは抑えれるようにしてもらう」
「それで拳銃の音を誤魔化そうってことですか」
「あぁ。毎回鼓膜がやられてちゃあどうしようもねぇからな」
だがそれは過去にも試してきたことだ。触覚の強化により、痛みは果てしないほど強化され、少し掠っただけでも気絶してしまうことさえあった。思考加速により、その状況がゆっくりと感じられるからなおさらだ。地獄のような時間が延々と続いていく。
入隊試験前、自分のmagicaを確かめるように試行錯誤したが、思うような結果は得られなった。
「前に試して見ましたが調整ができません。高めるどころか抑えることもできない。これが俺の最大であり最小です」
直人はmagicaを発現させてみせた。
「高めることも出来ねぇ……か。俺の部下に脚力を強化するmagicaをもっていたやつがいてな」
前島は懐かしむように話し始めた。
「そいつはお前みたいにmagicaのコントロールなんて出来なくてな。異常に跳躍しすぎたり、ブレーキ効かなくて壁に激突したりと散々だった。使うたびに骨折はするわ、壁に穴をあけるわで大変だった」
「下手したら即死しかねませんね、その人」
「だろ? 今生きていることが奇跡みたいな奴だ。だがある日、そいつは気づいたんだ。“この力は自分の力”だとな」
「自分の力?」
直人は疑問に思った。magicaは天使が降り立った後、人間に発現した力だ。よって、世間一般だけでなく研究機関もその前提で研究を進めている。magicaは天使に影響されて生まれた異能だろう。
「そうだ。お前は殴る時に加減できるか? 自由に走ったり歩いたり、急に止まったりできるだろ?」
「もちろんです」
「一緒だよ。天使に与えられた力であっても、その力の持ち主はお前だ。その証拠に、この世のmagicaに己を傷つけるだけの物は存在しない。傷つけるのは代償だったり、そいつがお前みたいにコントロール出来てないだけだ」
研究員でもない素人が何を言っているんだ? というのが直人の率直な感想だった。
「そんなの数少ない母数から得た経験則にすぎません。脚力強化の人がたまたまコントロールできるようになったか、元からそのようなmagicaだったかのどちらかです。俺ができる証明にはならない」
「経験則もバカになんねぇぞ。 それに試すこともせず決めつけるってのは早計じゃないか?」
「――はぁ、やりますよ。でも結果が出なさそうならすぐ辞めますから」
前島は「ぶれねぇな」と言いながら笑っていた。そして、説明を始めた。
「まずmagicaを使っただけで即死したやつはいねぇ。生まれた時から存在するこの力は、自らの限界値を超えて発現することはない。自分の器に見合った力でしかない」
「……そうですね」
これは事実だ。反論するところはない。
「だがこう考えることも出来る。自分自身が限界を知っていて、暴走しないようにリミッターを掛けている――とは思わねぇか? だとすると、自分の力と証明する根拠の一つになる」
「それなら人為的に得たmagicaはどうなんですか?」
「あれは自分の力じゃねぇから、どのくらいの出力で出せばいいのか理解できてねぇんだ。その結果、過剰に出力したmagicaは体を蝕み死に追い込む。そもそも発現しなかったり、拒絶反応で死んだりもする」
理論は分かる。
「だからこれを応用する。自分のmagicaを本能ではなく、知性として理解すれば、限界を超えるのも、抑えるのも出来るようになる」
「言いたいことはわかります。ですが、それをどうすれば理解できるようになるんですか」
検討もつかない。magicaの発動は身体が理解しているものだ。使おうと思えば使える。どうやって心臓を動かせているのか、と聞かれて答えられる人間がいるだろうか。magicaは反射と随意の間にあると言える。
「何、簡単だよ。一瞬だけでも限界を越えちまえばいい。固定値の能力じゃないと認識するんだ。そうすれば調整する手がかりになる。だからな――1回、死んでこい」
「……は?」
直人は何を言われているか理解出来ず固まった。その時、後方でガチャリと訓練室のドアが開く音がした。
「前島中尉、言われた通り来ましたよ」
「ジュイさん」
ジュイは同じ前島部隊の1人で、チャラい金髪があまりにも軍人らしくない。見た目に反して、仕事面ではやたらと真面目な性格をしているためジュイという人物がよく分からない。
「やぁ雨宮くん。相も変わらず冴えないねぇ。赤く染めてみない?」
「特に面白みもない人間で悪かったですね」
「いやいや、君みたいな神童や天才は見てて面白いに決まってるよ! 面白くないのはその見た目の事」
「ジュイ、いい加減本題に入っていいか?」
「すんませんすんません。良いですよ、さっさとやっちゃいましょ」
はぁ、と前島は溜息をつき、直人のほうを見た。
「今日はジュイとやり合ってもらう。もちろんルールのある組手なんかじゃねぇ。殺し合うつもりで、な?」
「ってことは暴れてもいいんですね!? 軍の期待株とやり合えるのは願ってもない……楽しみになってきた!」
ジュイは右肩を回しながら笑顔を見せた。殺し合いと言われておきながら、この表情。狂人とさえ思えた。
「ジュイ……訓練室は壊すなよ。怒られんの俺なんだからな」
「えぇ〜少しくらいなら」
「だめだ。お前なら《《調節できる》》だろ」
「ってことはジュイさんが?」
「あぁ。馬鹿げた脚力の持ち主だ」
前島と直人はジュイの方を見る。今度は左肩を回している。脚を使うんじゃないのだろうか?
「ん? 俺の話?」
「なんでもない。ジュイ、直人。さっさと始めるぞ――死ぬ気でやれ。だが死ぬなよ」
前島は煙草に火をつけ、壁に寄りかかる。
「前島中尉。それは難しい要望ですね。ジュイさん、手加減知らなそうなんですが」
「雨宮くんも割とこっち側の人間じゃない? 戦うの楽しいでしょ……違う?」
2人は5Mほど離れたところで見合っている。
「しゃべってねぇで準備はいいか? それじゃあ――始め!」
開始を告げる声とともに直人はmagicaを発動した。
「それじゃあ神童クン。全力でいくよ」
ジュイは右目を光らせると姿勢を低くした。そしてこちらを見つめニヤッとした笑みを浮かべる。
「俺、翔ぶよ」
その言葉通り、ジュイは超低空で飛翔した。3Mの距離を軽い踏み込みだけで距離を詰めてきている。軽い踏み込みとは言ったが、恐らくかかっている力は相当なものだろう。ジュイの居た場所の床は軽く割れている。
ジュイは空中で体を倒しながら、右足を上げている。狙いは直人の左側頭部だろう。直撃したら首ごと吹っ飛びそうだ。
高速化される思考の中でも、直人はまともに考えられなかった。目では追えているが、見た事のない速さで接近している。直人は咄嗟に後ろに倒れ込んだ。
背中に伝わる床の硬さが伝わったのとノータイムで、目の前にジュイの脚が通過していく。脚は風を切り、凄い風切り音を立てている。風圧が直人の顔を襲った。背中に変な汗が出ているのが伝わってくる。
躱されたのを見るとジュイは首を傾げた。
「本気で首落としに行ったんだけど……まるで未来でも見られているみたいだ。やっぱり化け物だね」
「――お互い様でしょ」
ジュイは両手をポケットに入れ、右脚を畳んだ状態で持ち上げた。独特な構えだ。
「それじゃあもう一段階ギア上げちゃおうかな」
「一応言いますが、お手柔らかにお願いしますよ……?」




