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天使に喰われたオーディナリー  作者: 猫飯 みけ
第3章 過去紀行録 E
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Angel 27 アドナイ軍編Ⅰ

 体が冷たい。昨日雨に打たれたせいだろう。公園のドーム型遊具の下で寝てみたが背中がひどく痛い。気づけば、黒い野良猫が雨宿りがてらとなりで毛づくろいをしている。猫はこちらを見て不思議そうに首を傾げた。


「別に……何でもねぇよ」


 ガチガチに固まった体を動かす。寒さをしのぐために手をポケットに入れると、何かが指先に触れた。


「お前に頼りはしない」


 美月をさらい、2人の両親を殺した軍人に頼るなど侮辱ぶじょくとさえ言える。


「――なぁ、美月は今どこにいんだよ」


 猫はにゃーと鳴くだけで、答えなんてかえって来やしない。


 実行犯は軍人だったが、美月は軍に捕まっている訳では無いだろう。人体実験や天使の器として拉致されたのだ。今はどこかの研究機関にいると考えるのが自然だ。


「軍……そうか!」


 直人は走って公園の隅にある公衆電話に向かった。残り少なくなった硬貨をいれ、紙切れに書かれている数字を打ち込んでいく。呼び出し音がなると、すぐさま相手は電話を取った。


「雨宮だ」

「おう、思ったより早かったな。罵声か? それとも頼み事か?」

「頼み事だ。――俺を……軍に入れてくれ」

「軍に? 一体どういう風の吹き回しだ」


 不幸中の幸い。今は戦後復興の真っ最中。軍を志望する理由なんていくらでも作れる。


「両親がいない――詳しくは言わなくてもわかるだろう」

「そうか。その、すまなかった……」

「問題ない。俺みたいな奴が就ける職なんて……限られてるだろ? 知っての通りな」


 学のない戦争孤児が出来る仕事なんて、ほとんど存在しない。軍人はその中で最も社会的地位が高い。

 

「まぁ……そうだな。よし、特例で場を設けることは出来ないが、定期の入隊試験の時に基地に来い。今から枠にねじ込んでやる。素人にしてもあのmagicaなら合格できるだろ。お前みたいな境遇の子どもに手を差し伸べるのも仕事の内だ」

「まるで正教会の聖職者だな」

「よしてくれ。慈愛なんてもんじゃない。そう思われるだけで気分が悪くなる」


 電話越しに詰まった笑いが聞こえた。公衆電話のメーターは残り時間が少ないことを伝えていた。


「前島中尉」

「……なんだ?」

「また基地で会いましょう」


 直人は返答を待つことも無く電話を切った。そしてmagicaを発動させ呟く。


「それまでにコイツを扱えるようにならなきゃな」


 入隊試験までそれほど時間はない。ほとんど使ってこなかったこの異能。最低限でも使えるようにならなくては。


   ***


 アドナイ軍、第15区36支部の広大な土地の一角。前島中尉の所有する部屋のデスク上には、すさまじい量の書類で埋め尽くされている。前島は耳元から受話器を離すと、机の端に置いた。


「あの小僧……切りやがった。マナーも知りやしねぇ」

「前島中尉、今の電話は?」


 若い金髪の隊員が前島に向かって尋ねる。


「あぁ、ちょっと前に面白いやつにあってな。なんでも入隊したいだとさ」

「ま〜たすぐ首突っ込むんですから。一体、今まで何人に連絡先教えたんですか」

「今回はかなりの期待株だ。俺の見立てが間違ってなければあいつは化けるぞ」


 隊員は、はぁ……とため息をつくと、追加の書類をどさりとデスクに置いた。


「それ、前も言ってませんでした? 変なことしてないで仕事してくださいよ。書類溜まってるんですから。これも、今日中に頼みますからね」

「ははは! そうだったかもな。そうだ、8日後の入隊試験今から申し込み間に合うか?」

「今からですか!? はぁ……出来ないこともないですけど、前島中尉が頭下げてくださいよ。僕あの人事苦手なんですから」

「任せとけ。俺は土下座だって出来る」

「やめてください。部隊の格が落ちます。ただでさえ汚れ仕事ばっかりなんですからね」


 隊員がブツブツ言いながら部屋を去り、前島1人になった。


「雨宮直人か……あのmagicaはなんなんだろうな。一般人の拳とは言え、2対1であの捌き方が出来るのか……?」


   ***


 8日後、アドナイ軍第15区36支部には数十名の若者が集まっていた。腕っぷしに覚えがあるもの、magicaに恵まれたものなど様々だ。それらに共通するのは、自信と闘争心。

 他者を見定めるような気持ちの悪い空気間の中、直人は地面を見つめながら、面倒くさそうに座っている。周囲には何の興味もない。入隊し、適性体の行方に検討さえついてしまえばこちらのものだ。同期や上官などどうでも良い。


「入隊希望者諸君! 今日は集まってもらってありがとう。俺はアドナイ軍中尉ブラウン・シュリット。早速だが改めて試験の説明をさせてもらう。昨今の情勢から、軍は幅広い人材を求めている。magicaに精通している者から、運動能力の高い者に頭の回るもの……だが使えない頭数は要らない。必要なのは質だ」


 スキンヘッドの30代くらいの男が、手を組みながら話し出す。


「今回は実技と筆記、それぞれの成績上位者10名を入隊許可とし、同時に養成校への入学とする。まずは筆記からだ。全員指定された部屋で受講してくれ」


 直人たちは少人数に分けられ、筆記試験を受けさせられた。歴史、簡単な数学、兵法など。専門知識に関してはからっきしだが、それ以外は及第点といったところだった。このご時世に学校に行ける家庭が全てではない。直人は恵まれた境遇だったのだろう。

 

「次に実技だ。全員外に出てくれ」


 試験教官に促されるまま外に出る。周囲はひどくやる気に満ちていた。


「本来であれば我々試験官と組み手をしてもらい、有能なものを見定めるのだが、今回は人数が多いため、組手を行ってもらう。ペアを組み、開始合図までに位置についてくれ」


 直人は周りを見渡していた。magicaをもっているやつより、ただの力自慢のほうが倒しやすい。そのため、明らかにmagicaを持っているようなやつ、そう、このような体の細いやつは相手をしたくない。


「お前、ペア決まってる?」


 顎を上げ、ふんぞり返っている男が話しかけてきた。明らかにこちらを見下している。どれだけ自信があるのだろうか。


「決まってない」

「なら決まりだ。俺とやろうよ」


 こいつ、断られる可能性を一切考えていない。周囲もペアが決まりだしている。仕方がない。


「分かった……さっさと開始位置に付こう」


 しばらくして合図がかかる。


「当たり前だが、相手の生死に関わるほどの交戦は禁止だ。良いな? それでは開始!」


 男は意気揚々と雄叫びをあげながら突っ込んできた。両手には炎をまとい、熱気が頬を刺してくる。なるほど、どおりでその自信を持っていたのか。

 拳についた炎はバスケットボールほどのサイズで、一般人ならかわすことも難しいだろう。加えて恐怖で足もすくむ。

 

 だが、直人は恐怖しない。殺意のこもった特殊銃の弾丸を浴び、身近な人間の死を見ている。トラウマになりそうなその経験は、ただの暴力には屈しない。


内界解放リベラシオン


 直人は相手の拳をゆっくり見つめ、ため息をつく。——それだけか。ただ炎を拳にまとうだけ。魔法とも言われる力を持っておきながらその程度か。


 ゆっくりと体を傾け大ぶりな打撃をかわす。そして鳩尾みぞおちに一発、拳を叩き込む。相手が衝撃によって後方に倒れ始めると、顎をめがけて回し蹴りをした。


 相手は土煙をあげながら軽く吹っ飛び、倒れこんだ。


「はぁ……せっかく鍛えてもこの程度じゃ意味なかったか」


 スキンヘッドの試験官、ブラウンは直人のもとに近づき、声をかける。


「うん、悪くない。どうだ? 私と組み手をしよう。私はmagicaを持っていないが、君は自由に使っても構わない。どうだ?」

「——お手柔らかにお願いします」


 気づけば周囲がこちらを見ていた。誰が相手であろうがやることは変わらない。直人はmagicaを発動させ相手を見つめる。あちらから動き出す様子は一切ない。


 直人はゆっくりと間合いを詰め、右の拳を振りかざす。試験官はそれに即座に反応し防御姿勢をとった。しかしそれは直人の期待通りの動きだ。下から左腕を伸ばし、足をつかみにかかる。相手の行動を見てから対応できるこのmagicaは対人戦において間違いなく強かった。


 掴めると確信したその瞬間、教官は直人の左腕を見ることなく足で手を払って見せた。


(嘘だろ……コイツ、こっち見てなかっただろ!)


 思考が疑問で埋め尽くされ行く。人間は行動をするには目視して、認識し、行動するといったプロセスを踏む——《《そう思っていた》》。直人はされるがまま右腕を掴まれ、投げ飛ばされる。


 背中に伝わる激痛が直人を襲った。いくら動きが見えた所で自分の行動が早くなったわけじゃない。そこら辺の不良にも、腕っぷしにも負けたことは無かった。それだと言うのに……


「狙いは悪くないが初動があからさまだ。対角線にある足を狙うのもバレ易い」

「——」


 直人は心の中で舌打ちをした。


「名前は?」

「雨宮直人」

「ふっ、お前が前島の言っていた奴か。改めて俺は指導教官のブラウン・シュリットだ。《《今後とも》》よろしくたのむ」


 倒れている直人に対し、ブラウンは手を差し伸べた。

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