表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使に喰われたオーディナリー  作者: 猫飯 みけ
第3章 過去紀行録 E
28/151

Angel 25 天使に喰われたオーディナリー0

 未だに慣れない高校までの通学路。少し離れているため、自転車で飛ばしていく。周りには家屋や商店が増え、かつての荒地が見えないほどになっていた。ここら一帯は開拓が終わったといえる。昔と比べて、少しは安全に暮らせているのだろう。

 

 桜が散り始めた頃。学校から帰り、2階自室のベットにリュックを投げ捨てる。カーテンをあけ、隣の家に目をやった。美月の部屋に明かりはついていない。まだ帰っていないのだろう。


 小学生の頃は引っ込み思案だったが、ここ最近は生意気……よく言うと気丈きじょうになってきた。イラッとする事もあるが、昔に比べればこの位が丁度いいのかもしれない。……変な心配はしなくて済むのだから。


 夕飯を食べ、20時頃。暇つぶしに携帯をいじりだらけていると、唐突にチャイムが鳴った。どうせ宅配だろうと高をくくって玄関を開ける。


「はいはい、今出ますよっ……おい、それどうした!?」


 息が詰まる。そこにいたのは美月だった――服は泥で汚れ、所々に切ったような出血やあざが見える。


「直人……どうしよう……私……私!」


 声が震えている。何かに酷く怯えているように見えた。パニックになっている美月を見て、ただ事ではないと分かる。焦る気持を必死に抑えながら肩に手をおき、話しかける。


「どうした? まずは落ち着け」


 まるで自分に言い聞かせているようだ。美月は震えながら口を開く。


「――適性体になっちゃった」


 サッと血の気が引いていく。適性体、すべてのmagicaに適応する体質。その特異体質は国にとっての資源そのものだ。


「な……! おばさんたちには?」

「まだ話してない……どうしよう、直人。私、どうすればいいの?」


 直人は道路を見渡し、周りに人気がないのを確認する。


「とりあえず中に入ろう」


 彼女の手を取り、そのまま美月の家に転がり込んだ。適性体であることが発覚した場合、そのまま学校に残り国の機関に引き渡されるはずだ。その彼女が今ここいるという事は、逃げ出したのだ。


 2階の美月の部屋に入り、電気をつけることも無くベッドに座る。現実味のない状況が、心臓の鼓動を早めていた。


 1階のリビングでは親同士で話し合いをしているようだ。少しだけ話し声が聞こえてくる。かくまえばこの場にいる全員が消される。「はいそうですか」と手渡す気もさらさら無い。


「――念のため聞くが、適性体ってあの適性体だよな?」


 美月は静かに頷く。


「そうか」


 適性体は国が責任を持って安全にお守りします。これが表向きの話だ。真偽は分からないが、安全に守るなんて嘘っぱちらしい。本当はモルモット扱いの非道な行いがされている。そんな噂が後を絶たない――まぁ、噂ならどんなに良かっただろうか。


「美月」

「……ん、なに?」

「逃げろ。今すぐにだ。荷物は最小限にした方が良い」


 美月は顔を上げてこちらを見る。


「俺だって一応magicaは持ってる。少しくらいは時間を稼げるさ」

「でも!」

「反国家団体なんていくらでもいる! 此処いえにいるよりそっちの方が安全だ。どこか信頼できる人を見つけて、かくまってもらえ。ここで終わるより幾分いくぶんかはましだろ」

「時間稼ぐって! そんなことしたら直人は――死んじゃう、死んじゃうじゃん! それなら私が生きてる意味なんてない! 私もここで死ぬ!」


 彼女は泣いていた。先ほどまでは恐怖するだけで、涙は必死に堪えていた。それだと言うのに、今は直人の言葉で涙を流している。泣かせてしまったのだ。


「……言ったろ。時間稼ぐだけだよ。俺もすぐに逃げて合流する。この状況、どのちみち俺も片足突っ込むことになるんだ。格好くらいつかせてくれ」

「でも……」


 無意味な押し問答が始まろうとしていた瞬間、この場で1番聞きたくなかった音がした。――チャイムと共にドアを強く叩く音が。


古閑こがさん? いるんでしょう? 娘さん帰ってませんかね!」


 変な汗が止まらなかった。男の怒声で、脳の容量が圧迫されていく。外から聞こえる声からするに、どうやら複数人いるみたいだ。一緒についてきたのだろう、美月の担任も怯えた声で「出てきてください」と懇願こんがんしているみたいだ。


 部屋の中を見渡す。ここから出るには窓しかない。屋根を伝って降りればいけるだろうが、ほぼ間違いなく視認される。——素直に逃げる選択は取れないだろう。


「……ちょっと様子見てくるよ。でないとドア壊されそうだしな。おじさん、まだローン残ってるだろ?」

「危ないよ……」

「俺は大丈夫だって。美月は隠れておけ。電気は消したまま、な」


 美月の頭をさすり、ゆっくりと部屋を出る。聞いたこともないほどに躍動やくどうしている心臓が「ここは危ない。今すぐ逃げろ」と警告しているようだった。


 階段を下りている途中だというのに、今にも吐きそうだった。玄関が見えると美月の父親が、今まさに扉を開けるところだった。でしゃばらず、様子をうかがう。


「どちら様でしょうか? 宅配にしては随分と乱暴ですね」


 扉の先にいたのは想像通り軍人だった。鍛え抜かれているのが良くわかる。


「古閑美月さん、帰ってませんかね?」

「美月ですか? 今日は部活で遅くなるはずですよ。どうやら大会が近いらしくてね」

「——正直に答えたほうが貴方のためだ。このローファーは? 美月さんには姉も妹もいないのは分かっている。だとするならこれは彼女のものだ」

「スペアくらいあってもおかしくないでしょう。変な言いがかりはやめてください」


 まずい。どうすれば良いのか分からないが、漠然ばくぜんとした危機感が直人を襲う。


「入るぞ。我々は家宅捜索を容認されている」

「それはいくら何でも……」


 1人がおもむろに白い機械をとりだす。形状からしてあれは——拳銃だ。近年主流になっているエネルギー弾を放つ特殊銃。


「そうか……それは残念だ。安心しろ、音は小さいから近所迷惑にはならない——お前は上を探せ」

「了解」


 探されたら時間の問題だ。階段の前に立っている直人に対して、ひとりの男はにらみを利かせる。


「少年、悪いことは言わない。どきなさい。そうでないと君も殺さなきゃならない」

「——」


 感じたことのない圧が襲ってくる。すべての面で絶対に敵うことのない相手だ。どう返しても止められる未来が想像できない。それでも決して道を開けるわけにはいかない。


「やめて! 美月をつれていかないで!」


 唐突にリビングから美月の母親が飛び出してきた。そしてそのまま二階に上がろうとしていた男にしがみつく。


「だめだ! 無理に止めたら!!!」


 美月の父親が制止させるも間に合わない。今、この軍人を……特に銃を構えている男を刺激してはならない。これでは彼らに公務執行妨害という免罪符が出来てしまう。


 銃口がゆっくりと母親に向いていく。直人にはどうすることもできない。ただの高校生であった彼には、放たれた弾丸、薄い水色のエネルギー弾を瞳に映すことしかできなかった。

 

 無惨むざんにも脳天に着弾した弾丸は、赤い液体をき出しながら進んでいく。脳が理解を拒んでいた。戦後、世界統一国家アドナイにより訪れるはずだった平和はここにはない。あるのは傍若無人な暴力と権力の横行。


(人は……死ぬんだ。こうも、あっさりと……)


 ——戦争がなくっても、平穏な日常などは存在していない。自分の見ていなかったこの世界は、常に死と隣り合わせだったことを理解する。


「きゃあああああああああああ!」


 声にならない悲鳴が鼓膜を貫いた。幾度いくどとなく聞いてきた自分の母親の声だ。

 ——動け、動け、動け動け動け!


 震える膝は自身の意識とは乖離かいりしている。再び慈悲もなく放たれる弾丸。優しく動いていた母親の心臓を貫いていく。


 ——止めろ止めろ止めろ止めろ! 


 父親たちが狂った表情で男に向かっていく。敵うわけがない。戦争を生き抜いた軍人が現代兵器を持っている。丸腰の男2人ではどうすることもできやしない。


 ——倒せ倒せ倒せ倒せ……


 気づけば銃口は直人に向いていた。自然と死を悟る。あっという間だった。抵抗すらできずに死が向かってくる。


 magica。その名の通り『魔法』。どういう訳か、魔法は本人の意思に反して力を示した。弾丸はまっすぐ直人の頭部めがけて飛翔している。だが、その弾丸は目で追える。どうすれば死をまぬがれるのか《《分かる》》。


 直人は体を横にそらし、弾丸をギリギリのところで避けようとした。だが、弾丸は頬をかすめていく。味わったことのない異常な苦痛とこの光景は、直人の意識を刈り取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ