Angel 23 国内動乱
シュテルクストの思惑通り。数日後、瓦礫が片付いてない訓練場では、直人とセラは向き合っていた。
「ねぇ、いい加減辞めない? そろそろ限界でしょう」
塞がったっばかりの傷跡も開き、身体はボロボロ。内界解放の左目からは血が滲んできている。白い床にポタポタと瞳から垂れた血が落ちていく。視界は赤く霞み、意識だって途切れそうだ。疾うの昔に限界を迎えている。
「いや、まだだ……何か、何かが掴めそうなんだ。続けてくれ」
乱れた呼吸は一向に戻ることを知らない。肩を上下に動かし、それでも前を向く。
「あなたが反応できるギリギリの速度を保つのも大変なのよ? それに、こんなのでmagicaの能力に気づけるとは思えないし。それに本当のmagicaの力? ってものがあるかも定かじゃない。見たでしょ、あの狂った男の顔を。信憑性なんてないわよ」
「狂ったって……お前も大概だろ」
「ともかく、一回落ち着きなさいよ。こんな本能に任せた無茶苦茶なやり方は貴方らしくない。もっと頭を使う人種でしょ」
「俺は……何が何でも強くならなきゃいけない」
思い詰めた顔をする直人を、セラは真顔で見ていた。
「俺は軍人の時は確かに天才だった。プロメテウスの時は主力にもなれた。言葉通り、周りに敵はいなかった……。全てこの左目が解決してくれたんだ」
直人の口調は次第に強くなっていく。
「だがなんだ? アルゴーの時、お前がいなかったら俺は死んでいた! シュガンツァーはmagicaのない奴に負けかけた……ふざけるな! この程度で美月が護れるか!」
困った様子のセラを無視し、直人は組手を再開するために拳を構える。
「続きだ、付き合ってくれ……」
スローモーションに見える世界の中で、再び拳を交わし始める。何度も何度も、倒れて動けなくなるまで、その無謀は続いた。
どれくらい経っただろうか。直人はふらつく身体を無理やりに動かしながら、汗と血を洗い流した。排水溝に流れていく赤い液体を見つめながら、自分の無力さに下唇を噛みしめる。
シャワー室から戻ると、コーマンは立ったままテレビを見ていた。感情を取り乱さないはずの彼女の後姿は震えていて、持っているマグカップから黒い液体が床に落ちている。声にならない笑いを漏らしていた。珍しい光景だ。
普通じゃない。直人はスッとテレビに目をやる。
『アドナイ皇帝、ローカス・アラン・アドナイ様が崩御あそばされました』
死んだ? アドナイのトップ、あの皇帝が死んだのか?
『ローカス様は持病との闘病の末……』
病で死んだ? そんなわけがない。奴は健康そのものだった。それにあの戦争を勝ち抜いた男だぞ。こんなあっけない終わり方なんて信じられない。これはメディアの情報がおかしい。
直人の引っかかり以上のものをコーマンは感じていた。
「……これはクーデターだ! トラヴィス、あまりにも雑な情報操作だな! 実の父を手にかけて焦ってでもいるのかい? それともこの程度で問題ない段階まで来ているのか……どちらにしろ《《死という事実》》は変わらない」
整理が付かない頭に血を巡らせて、口を開く。
「先生、これは……皇子派がアドナイを束ねるとなると面倒ですね」
「皇帝以上の悪逆無道の皇子が実権を握るとなると、アドナイの我々に対する動きは悪い意味で拍車がかかる。皇帝派と皇子派で分かれていた頃よりも面倒になるだろう——トラヴィス・アラン・アドナイ、あの首を落とさないと勝利はないだろう」
液晶の中には、涙目で話をするトラヴィスの姿が映し出されている。
『私には、我が父ローカス・アラン・アドナイが創り出したこのアドナイを、そして民を護る義務がある。先日起きた平和の祝典、アルゴーのテロ事件にはじまり、反アドナイを掲げているおぞましい団体は、決して許してはならない。彼らには私と、この黒翼の天使、イスケールが鉄槌を下そう!』
イスケールは原体の象徴、天使の輪を黒く輝かせ眼光を尖らせた。まるで画面越しにこちらを睨むように。
「イスケール、これが新たなmagicaを生み出す天使……」
アドナイが世界を取れた理由のほとんどがイスケールにある。万物を無から生み出すその権能は、magicaすら作り出してしまう。それが戦力を増強し続けていることは言うまでもない。イスケールも倒す必要があるのかと思うと、イメージが一切わかない。
「あら、イスケールったらまだ原体だったのね。力が残っているだなんて羨ましい」
セラはローカスの死には興味がない様で、ただ同族、イスケールにだけ関心があるようだ。
「なぁセラ。仮体のお前でもイスケールに勝てるか……?」
「愚問よ。私の今の器は天使じゃなく美月。仮体だと本来の力の7割も出ないのよ」
「——そうか」
セラとフワネエルの2人がかりなら何とか……いや、別の手法を考えるしかないのかもしれない。内界解放と幸運因子の両方を強化できさえすれば……考えるのバカバカしい。そうだ、《《人では天使には敵わない》》。
***
静かな波とパチパチとした音が耳に触る。腹部からは暖かさを感じる。出血でもしているのかと思ったが、そうでは無さそうだ。あぁそうか、この音と暖かさは焚火だ。
「……生きてるのか?」
「お、やっと起きたか少年。運がよかったな」
プロメテウスのリーダーはアルゴーの爆発に巻き込まれ、砂浜に打ち上げられていた。そして今、目の前に居るのは1人の女性。胡坐で焚火を弄っている様子から、さばさばとした印象を受ける。
「あんたは……」
「あたしか? 昔は教会のシスターって言えば良かったんだが。今はどう言ったらいいんだろうな。……放浪している旅人? 探究者? どれもしっくりこねぇな。そうだ、見せた方が早い」
彼女は唐突に右人差し指を、星空が輝く上空に向けた。指の先には円形の文字列が回転している。それは星よりも光り、輝き、鮮やかだった。
「あたしは元聖派正教会の天命の使い手。んでもって、今は儀典の書き手だ」
彼女はそういうとニヤッと笑った。
第2章 国内動乱 完
これにて第2章終了です。
ブクマ、感想などいただけると励みになります。ぜひお願いします!
さて、謎の女性が登場して終わった本章ですが、第3章は少し時を戻して過去編となります。
今後ともよろしくお願いします。




