Angel 21 傑斬幻顕
アジトの更に下。全面が白いコンクリートで固められた部屋は、やけに眩しい。天井に付けられた照明が白い空間に反射し、目が慣れるまではチカチカしそうだ。
ここは全面に衝撃を吸収するmagicaがかけられており、よっぽどの事が無ければ壁にかすり傷が付くことすら無い。
キューヴの訓練場として用いられるこの空間は、普段トレーニング施設として持て余している。
シュテルクストはストレッチをしながら話を進めた。
「magicaに武具、何でもオッケー。でも命にかかわるレベルは無しで行こう。それで良い?」
「分かりました」
直人は拳銃をメンテナンスしながら答える。いくら彼が強いと言ってもシュテルクストは人間だ。変質などの防御面に変化があるmagicaでなければ、弾丸で撃ち抜くことは出来る。
弾丸を全て込め、ホルスターにしまった。2人は準備を整えると、距離を開け向かい合った。
「助手ちゃん、合図よろしく」
「わかりました」
シェリーは2人を交互に見た後、少し面倒くさそうに天井に向けてコインを指ではじいた。説明されなくとも、コインが床に落ちた瞬間が合図なのは理解できる。
コインが空中で数回転し、乾いた音を響かせて落下した。
「内界解放」
「——傑斬幻顕!」
2人はノータイムでmagicaを発動させる。シュテルクストの瞳は紫を強め、滑らかに腰に付けた日本刀に手をかざす。彼を中心に風が舞い上がり、鞘に収まった日本刀は輝きだす。
「抜刀、血桜」
声と同時に抜かれた刀は赤黒く光っている。白い部屋の中では異質に見え、見とれてしまうほどに綺麗だった。美しい刀身を見せた刹那、シュテルクストは直人の眼前にまで接近していた。無駄のない予備動作で、まるで瞬間移動した様にさえ感じる。
地面を滑るような足さばきからは、彼のただならぬ努力が垣間見えた。
「へぇ……面白そうね」
シュテルクストの動きを見るなり、セラは笑う。彼の動きを認知できたものは、恐らくこの場で3人だけ。天使であるセラ、内界解放を発動させている直人、そしてシュテルクスト本人。
シュテルクストの異様な速度と体捌きは、普通の人間では認知できない領域だ。それこそエンジン加速を使ったエリアスに匹敵する速度であると錯覚するほどに。
横に動く刀身を冷静に見ながら、最小限の動きで躱す。そして流れるようにすぐさま彼の眉間に向けて発砲する。
「あれ? 殺しは無しって」
シュテルクストは引き金を引く直人見て呟いた。本来であれば命を奪い取った鉛の塊。だが途中で気づいてしまった。この弾丸は届かない、と。
「そう言わなかった?」
弾丸を刀身で防ぐかそのまま躱す。それらの選択をすると思っていた。
だがどうだろう? シュテルクスト弾丸を日本刀で切断したのだ。それも完璧に中央に刃を入れ、二等分している。薬莢と弾丸の乾いた落下音が響く。
僅か9㎜、さらに超高速で動く物体を斬れる人間は何人いるだろうか。
「素晴らしい反射速度に、銃の扱い。うん、なかなかだ。流石は元軍人だね、身体の使い方も無駄がない。これなら体術も期待できそうだ」
シュテルクストは関心したように頷いている。この1つのやり取りで直人は恐怖した。目の前のこの男のそこしれない力に。彼にとって弾丸を斬るなど、造作もないことなのだ。
理解できない極地にシュテルクストは存在している。顔を引き攣らせながら、ため息のように言葉が漏れる。
「人間に弾丸が斬れるのか……」
「まぁね。俺のmagica、傑斬幻顕は名刀と呼ばれる幻の産物を、仮想的に実体化させる能力。本物じゃないから、本家には劣るけどね。加えて、身体も刀を振るうにふさわしい次元まで跳ね上がる。血桜でもこの程度は朝飯前さ」
シュテルクストは楽しそうにペラペラと口を動かす。
「そんなに手の内喋って大丈夫か? あまりに……」
バカにされている、そう直人は感じた。内心イラつきを覚えながら発した言葉も、シュテルクストによって遮られた。
magicaの強み。それはその秘匿性にある。一人ひとり固有の能力のため、対策がされにくい。その強みをシュテルクストは放棄した。
「大丈夫さ。だって負けないから」
恐らくこれは事実だ。だからこそ、ちゃちな直人のプライドを刺激した。直人の内にいる輩が湧いてくる。
「俺の能力も分かっていないのに? よく負けないなんて言えますね」
『——そうだよなぁ直人。まだ俺がいる。俺ならやれる』
自分の内側から声が響く。あぁ分かってる。イラついてんのはお前も俺も同じだ。クソみたいなプライドくらいはある。
「そうさ。直人君の能力なんて分からなくても、そのmagicaでは僕に勝てない」
直人は一度目を閉じ、喉奥から言葉と神秘を捻り出す。
「なら見せますよ……」
直人の右目は黄金色に光りだす。
「こい、幸運因子」
自分の身体と結びついていた意識が、肉体の内側に飲み込まれていく。直人の中にあった神秘とそのまま入れ替わる。正体も確かでない《《こいつ》》は、今は力を貸してくれている。
力を誇示したいだけのようにも思えるが、それでもかまわない。こいつが身体を利用するのなら、俺は力を利用してやる。
「――それか……それなんだね直人!」
何かを感じ取ったかのように、シュテルクストの表情が変わった。欲しかった玩具を買い与えられた子どもみたいに、やっと仕留めた肉にかぶりつく猛獣みたいに、酷く昂った顔だった。醜いとさえ言えるほど、欲望がむき出しになっている。
「それがてめぇの本性って訳か。知的好奇心に喰われてるみたいだな」
フォルトゥーナは嘲るように語り掛けた。
「どうやら君は直人ではないね? そうだよ、天使が平常を喰らったように、僕の脳は“知”を喰らいたがっている。僕が興信所をやっている理由もそれさ。興味のある仕事しか受けないけどね。だけどそんなことはどうでもいい。さぁ、直人の根源を教えてくれ」
シュテルクストはニヤニヤしながら、棒立ちの直人を斬り伏せる。周囲からは数えることが出来ないほどの速度と回数で刀は振られていく。
1秒間の間に7回は死んだ。しかし防御行動をとらず、立っていただけなのに切り傷ひとつも付いていない。
「——なんだいこれは? 確かに僕は君のいる所を斬った。何回も何回も何回も」
「いくらお前でも俺は斬れねぇ。これならあのウォータースのほうがマシだったな」
流石のシュテルクストでも理解出来ずに困惑している。首を傾げながらも刀を振り続け、その速度はどんどん増していく。
「幸運因子……幸運……ははは! そういうことか!」
シュテルクストは手を休めることはせず、そのまま笑い出した。
「どおりで血桜じゃ斬れないわけだ。君は幸運因子じゃない。今はまだフォルトゥーナと呼んでおくけど、君の真の名は別にある。——と言う事は、あの戦いに生き残った高位な存在がいたんだね!」
突如としてフォルトゥーナは、感情を剥き出しにして睨みつける。
「おまえ……どこまで知ってやがる!」
「ごめんごめん、他意は無いんだ……ただ僕は本質を探すのが好きなだけなんだよ」
この会話に付いて行ける人物など、周囲にはいなかった。彼らだけが知りえる知識だった。天使に匹敵する……これは知識量でも同じことが言えそうだ。
「それじゃあ改めてフォルトゥーナ、君の次元に合わせよう。君相手に血桜じゃ失礼に当たる」
シュテルクストは血桜を鞘に戻し、詠唱を始める。
「——擬神抜刀、布都御魂」




