Angel 19 オーバードライヴ
大剣は唸りを上げる。刀身の背に付けられた5個の小型ジェットエンジンが炎を上げたのだ。直人は咄嗟に左目を光らせ、内界解放を発動させる。聴覚などの感覚が研ぎ澄まされ、大剣から聞こえる轟音が頭に直接響く。
「行くぞ……小僧!」
エリアスは目を見開くと、両手で柄を掴み、刃を寝かせた状態で右に構えた。構えに呼応するように、炎は勢いを増し青色に変色する。
その瞬間……目で追えない速度で刃が振られた。ジェットエンジンによる瞬間的な加速は、速度と共に受けきれないほどの威力となり直人を襲う。上半身を仰け反らせ、刃をかわした。スローモーションで顔の上を通過する刃からは、風圧と熱波が伝わってくる。
直人は仰け反った反動を利用し、バク転。ひとまず距離を取る。エリアスから放たれたそれが、洗練された動きであるのは一目瞭然だ。
これほどの威力にしているのは、大剣の特殊な機構であることに間違いはない。だが、動きを可能にしているのはエリアスのあの肉体だろう。
「どうりでな。シュガンツァーがまだ生き残っていたのか分かったよ。こんな奴がいるとはな……magicaに対抗出来るわけだ」
「……これを初見で交わしたやつは初めてだよ、小僧」
「それだと推進力に負けて身体が付いていかねぇだろ。いったいどんな鍛え方してやがる」
エリアスは刀身の背、ジェットエンジンを下に向け、大剣を掴んだまま両足を刃に乗せた。
「何、ちょっと人間の限界を試したくなってな。magicaが無いならこうするしかあるまい」
当たり前だが人間は飛べない。しかし、どういうことかエリアスは天井すれすれまで浮遊している。エンジンを下に向け、姿勢を維持しながら飛行しているのだ。並みの体幹ではない。
直人は上空に向け発砲する。
エリアスは刃から足を外し、大剣で身をかくす。弾丸は鋼鉄で防がれたが、それは問題にならない。直人の狙いはダメージを与える事ではなく、奴の足を地面につけるためだからだ。重力に反する力を失ったエリアスは、そのまま落下を始める。
「なるほど、狙いは悪くない。年の割に頭が回るようだ……どれほど実践慣れしている!」
エリアスは落下中に大剣を上に構える。上空で縦に回転しながらこちらに向けて急降下した。雷のように速さと威力で降下する。
直人はエリアスのとほぼ同時に回避行動をとっていたが、風圧に巻き込まれるのは必至だった。衝撃で吹き飛ばされるも、なんとか受け身を取り、エリアスの姿を探す。着地地点には瓦礫が散乱しているだけで、彼の姿は見えなかった。どうやら一気に最下層までぶち抜いたらしい。
エリアスはエンジン音と共に大きく空いた穴の中からゆっくりと上昇してくる。……驚異的だ。
「お前がmagicaを持っていたらと考えると……末恐ろしいな」
「それは違うだろうな。magicaが無いからこそ、得られるものがあるんだ」
「俺の知り合いにもそういう奴がいる。力が無いから、がむしゃらに努力して突き進んでいる野郎が」
「なら、シュガンツァーの名前と共にそいつに示してやらないとな。人間の力ってやつを」
エリアスは地に足を付けると、再び大剣を構える。
何度も大剣を振るい、直人を追い詰めていく。隙を見て発砲をするが、ほとんど有効打にはなっていない。それどころか防戦一方とも取れるほど、何も出来ていない。
大剣は圧倒的なリーチがあり、威力も高い。その代わり隙が大きいというのが常識だ。しかしその弱点を完全に克服しているこの機構。
内界解放を発動していても、時々刃が体をかすめていく。お互い決定打が生まれないまま、体力だけが削られていく。だがそれは相手も同じだ。エリアスの戦い方は、長期戦には向いていない。筋力の疲労は相当の物だろう。時間をかければ勝機があるはず……。狙うはやつのスタミナが切れる瞬間だ。……そう思っていた。
「——オーバードライヴ」
突如、大剣は壊れそうなほどに振動し、エンジンが壊れそうなほどの炎が立ち込めた。先ほどは軽々と振っているように見えたエリアスも、顔をこわばらせている。推進力を無理やり抑えるため、左足を前に出し、上半身を仰け反らせている。それでも抑えきれずに、ジリジリと前に進んでいる。
「そんな使い方して大丈夫か? ガタがきているみたいだぞ。剣もあんたも」
「確かに言う通りだ。オーバードライヴを使えば、当分の間は動かなくなるハリボテになっちまう。だけどな」
ここのフロア、いや、空間自体が振動している錯覚が直人を襲う。
「こいつを見せたからには、負けることはない。許されない」
エリアスが刃を向けて、こちらに迫ってきているのが見える。見えるのだ。だが、身体が動かない。いくらら認識できたとしても、肉体が追いつかない。
内界解放では身体能力の向上はされない。そのため、直人の弱点はそこにある。だからこそ、身体能力は上限と言っていいほど鍛えている。人間が回避できる能力を遥かに逸脱したユリアスの攻撃は、すぐそこまで迫っている。攻撃を防ごうとした直人の両腕は動き始めたばかりだ。
(短期決戦用に残してやがった……! どうやっても間に合わない!)
死を悟った瞬間、視界にあざやかな蒼い髪が映る。
「にぃさま、大丈夫?」
フワネエルは右手で大剣を止めていた。顔色一つ変えず、さも当たり前かのようにこちらを見ていた。彼女の足元は床ごとへこんでいて、その異様さが伝わってくる。
「すごい音がして、みにきたら、にぃさまが危なかったから……もしかして、ダメだった? じゃま、しちゃった?」
「——天使だと!?」
エリアスたちはフワネに生えた羽を見るなり、驚愕する。
フワネエルはエリアスの方を見上げると、少し不機嫌そうにしながら、右手を払った。飛んでいた羽虫が鬱陶しく、ただ払い除ける……その程度動作のはずなのに。
大剣を握りしめていたエリアスは抵抗することもままならず、そのまま高速で吹き飛び、無残にも壁に衝突した。背中を強く打ち付け、胃液を吐き出す。
「むっ……にぃさまが死んだら、ねぇさまがかなしむの……!」
駄々をこねる子どもみたいに、狂気のような力をふるっている。
「エリアス!」
国王が呼びかけるも、エリアスは白目をむいて倒れている。
片腕が使えないとはいえ、間違いなく押されていた相手を、いとも簡単に落としてしまった。仮に両腕がつかえていたとしても勝てていたかは分からない。フワネとの力の差が露呈する。
「にぃさま、早く終わらせよ? フワネちょっと、疲れちゃった」
フワネは手をかざし、水球を生成させる。その水球はまるで意志を持っているかのように、シュガンツァー一人ひとりの顔に付着し、命を奪っていく。彼らは苦しそうに藻掻いている。肺にたまった酸素が、水の中に溢れそのまま意識を落として行く。――引き笑いするしかなかった。
「にぃさま、どうかした? フワネ、何か間違えた?」
フワネは少し困った顔をしながら尋ねてくる。直人はそんな彼女の頭に手を置いて答える。
「何でもない。ちょっと、な」
時は《《聖歴》》。天使という絶対的な生物の前に、人間はどう抗う事が出来るのだろうか。セラやフワネが敵であったならば……考えたくもない。




