Angel 17 シュガンツァーⅡ
ショッピングモールの5階。フロアの全体が簡易的な管制室となっている。そのうち、奥まったところの店内にはいくつかの人影があった。シュガンツァーの国王を筆頭に、その護衛などが連なっている。
――加えて、国王の後頭部に銃口を向ける青年が1人。気配や物音を一切立てずにそこに立っていた。
「貴様、いつの間に……! つい先程前線から引いたばかりだろう」
20代ほどの男が顔を引き攣らせ、声を震わせている。ここまでの接近に一切気づかなかった……それほど実力のかけ離れた相手だと悟り、本能的に恐怖しているのだ。
「馬鹿を言え。姿が見えなくなった敵を警戒しておくのは基本だろ。《《愚王》》ってだけじゃなく、その側近は馬鹿野郎ってことか?」
青白い顔をするシュガンツァーの面々に対し、直人は冷めきった顔をしている。
『にぃさま、一階と二階は、終わったよ。それで、全員、magica持ってない』
「——みたいだな。そのまま上層を制圧していってくれ」
『ん、わかった』
直人は管制室を見渡すが、こちらも誰一人としてmagicaを発動させる気配がない。装備は特殊兵器に加え、変哲もないただの武具だけだ。前時代の武装である。
「——陛下を愚王と言ったか! その言葉だけは……それだけは訂正しろ!」
「……構わん。傍から見れば愚かにも見えるだろう」
「ですが!」
国王は護衛の男を制した。自分の命が刈り取られようとしているのに、どこか優しい顔つきだった。いや、既に諦めているだけなのだろうか。
「貴殿はアドナイのものか?」
「いや、むしろその敵だな。反アドナイを掲げる小規模なグループだ」
「ならなぜだ……なぜ我らを襲う。思想は貴殿と我々、そこまで遠くはないであろう?」
「何、簡単な話だ。シュガンツァーも困っているんだろ? 資金調達だ。今回はたまたまお前たちの排除が仕事だった——だがその特殊兵器は何だ? どこからそんな金が出てくる」
資金を全て特殊武器に投資していてたとしても、ここまでの装備の充実はあり得ない。下に配置されていたMPBだけではなく、特殊銃だけでも非正規ルートで手に入れようとするなら、幾らかかるか想像もつかない。
国王は困ったように顔をしかめると、おもむろに口を開いた。
「戦時中、我々は一切magicaの研究をしていないからだ。加え、早々に首都が陥落。長期戦を想定していた我らは、ある程度の資金を残したまま離脱した。これでは不十分かね」
magicaの研究に異様なまでに金がかかることは知っている。それも初期であればなおさらだ。後から特殊武器を買った方が安く済むだろう。ただ、直人には引っかかるところがいくつかあった。
「なぜ資金があるにも関わらず撤退を選んだ。もっとアドナイに抗えたんじゃないのか?」
かつての事情なんてものはどうでも良い。本来であれば、早々に首を取るところだろう。ここから先はただの興味本意だ。
「確かにそうだろうな。シュガンツァーは小国であったが、技術力もそれなりにはあったと自負しておる。結果は変わらずとも多少の抵抗はできたかもしれん」
「そんなものは分かっている。俺はその理由を聞いているんだ。逃げる時にかなりの額を持ち出しているんだ。――それなりに戦争の準備をしていたんだろ?」
国王は銃口を向けられたまま、含み笑いを見せる。
「良い事を教えてやろう。国というのは国民が必要だ。それを蔑ろにした瞬間、国家としての形は崩壊する。今のアドナイはその典型例だ。吸収した他国だけでなく、元々の国民からもいくらか反政府勢力が出ているだろう」
キューヴをはじめとした中小勢力はある程度存在している。プロメテウスの現リーダーもアドナイ出身者だったはずだ。
「余もmagicaという神秘的で、驚異的な力に惹かれなかった訳ではない。だがどうだ? magicaを持つのは天使が降り立った後に生まれた子のみ。その子らが大人になり、国防に力を注いでくれるまでいくら時間がかかる? それが待てないから各国は人体実験をし、大人が扱えるよう研究をしたのだ」
「それが普通だろ。少しでも出遅れたら喰われるのは目に見えてる」
直人は怪訝な顔を見せる。国王の言葉はどこか回りくどく、直人をイラつかせた。
「今ではそう考えるのが自然であろうな。だが当初、未だ見たことのない代物の実戦投入など、現実的だとは思わなかった。——イスケールの力を知っていれば、結果は変わっていたかもしれないがな」
「それじゃああれか? あんたは国民を護ろうとした結果、民を含めた全てを失ったって訳か」
「……そうだ。余の見通しが甘かったとしか言いようが無い。今ではこの有様だ」
国王は冷たい床を見つめ、握りこぶしを作りながら笑った。下層からは地響きと、水流が作り出す絶望とも近い音が聞こえてくる。
「余は……余はただあの国を護りたかった! 取り戻したかった! ——幸せな国民の笑顔を、見たかっただけなのだ……」
***
聖歴0年。天使が現れてから約半年後。
自然豊かで、長閑な時間が流れていたシュガンツァーの姿は既になかった。アドナイと何とか冷戦で保っていた関係性は、今すぐにプツリと切れようとしていた。天使が現れなければこんな事にはならなかっただろう。
シュガンツァーの宮殿には似つかわしくない武装した軍人がいた。彼は息を切らしながら声を上げる。
「陛下! 始まりました……アドナイが攻めてきました!」
国王は静かに頷く。前からアドナイの侵攻の兆しはあった。焦ることは無い、待機させてある部隊をぶつけるまでだ。
アドナイもさほど大きい国ではない。となれば、一瞬で攻め落とされることも考えにくい。兵糧はこちらの方が明らかに上だ。長期戦になれば勝てる見込みは大いにあるだろう。
「今すぐ第5部隊までに指示を出せ! 予定通り長丁場に持ち込めば勝てる戦だ!」
「はッ!」
軍人は敬礼すると、宮殿を後にした。――だがこの数時間後、状況は一変した。
「ご報告いたします! 第1部隊から第4部隊まで既に壊滅いたしました! ノイン隊長も戦死されました……現在、全軍はポイントλまで後退しております」
「あのノインがか!? ……何故だ!」
「分かりません……今は連絡部隊も帰還せず、情報が混乱しております。ただ、ここが崩落するのも時間の問題かと……ご決断を」
国王は玉座で項垂れた。全軍のうちの4割を消耗し、ノインの戦死により士気も下がっている。完全な判断ミスだった。
「ご報告いたいします! ポイントμにてアドナイ軍を視認いたしました! アドナイ軍は、ほぼ全員が天使の御業を使っている模様です! 我々の軍事力は……時代遅れと言わざるを得ません」
「——既に完成しておったのか……」
今にも倒れそうだった。今まで築き上げてきた全てが終わった気がした。自分が王位についてから戦争が無かったとはいえ、あまりにも警戒心が無さ過ぎた。平和ボケとでも言うのだろうか。
だが、国民は護らなければならない。
「使者を出せ。シュガンツァーはアドナイに降伏する」
軍人は辛そうに、下唇を噛みしめた。しかしすぐに顔を上げると、胸に手を当て頭を下げた。
「——承知いたしました、国王陛下」
降伏すれば間違いなく自分は処刑される。だが、それでも護るためにはこれしかない。父上、先代が今の現状を見たら酷くお怒りになるだろう。どっちにしろ処刑されそうだ。
降伏宣言をしてすぐ、目を疑いたくなる惨状が広がった。
……シュガンツァーの国民はアドナイ軍によって無防備に虐殺され始めたのだ。




