Angel 15 溶解した覇者
「い、良いフワネエル? 私じゃなくて、この身体の持ち主が! 美月が直人に好意を寄せているの……私じゃないの! 分かる?」
「ん……? でもねぇさまは、ねぇさま、だよ?」
声を荒げながら否定するセラだったが、フワネエルは分かっていない様子で顔をしかめるだけだ。
「あぁもう、そうじゃなくって! 美月どうにかして!」
セラは乱暴に美月に変わる。勝手に身体を使っておいて、不利になった途端美月に戻す。実に都合のいい天使だった。
「セラ!? ——う、うーんと……なんて言ったら分かるかな……そうだ! 私が美月で」
「私がセラ。ね? 違うでしょ?」
2人は交互に変わって見せる。これなら髪色に口調も変わるため、直感的にわかりやすい。その様子を見ても、ワネエルは首を傾げるだけで、一向に理解出来ずにいる。
「口を出すようですまない。私の思い違いかもしれないが、フワネは元々は仮体だ。であれば身体の持ち主と意識は共存していたはず——それなら、もとより理解しているのではないか?」
コーマンの発言に、ここにいる全員がフワネエルの方に目をやる。
「——ごめんなさい」
理解してたようだった。セラが真顔でフワネエルのこめかみに、握りこぶしを合わせて圧迫させている。
「ねぇさま、いたい、です」
痛いと言いながらまったく痛そうではない。フワネエルは表情を変えずに腕をプラプラさせている。
「でもねぇさまが、にぃさま好きなのは、多分ほんと」
「――」
セラは顔を真っ赤にしたかと思うと、直ぐに拳に力を込めた。圧力は次第に上がっていき、流石のフワネエルも顔をしかめている。
「いたい、です。ほんと、やめて、ほしぃ。われちゃうから……ごめんなさい」
「――直人? 黙りなさい」
「ちょっと待て、俺はまだなんも言ってねぇよ」
「まだ? これから何か言うのかしら?」
セラは手を緩めることはせず、横目で直人に睨みをきかせ続けている。ここで茶々をいれようものなら――死ぬ。間違いなく死ぬ。なら答えはひとつだ。
「痛てぇー。左腕の痛みに気を取られていた――どうかしたのか? なんも聞いていなかったぞー」
「ならいいのよ――別に……」
セラは動きを止め、誰にも聞こえない位の小さな声で呟いた。
「これは……私の感情じゃないもの」
セラの表情は哀愁さえ感じさせる。
この恋慕は、美月という身体の持ち主の思いが流れ込んでくるだけ。セラ自身が持っている感情では無い。セラはその事実が少し悲しく思えてしまった。
セラという人格はなんなのだろうか。自分の身体を持たず、気持ちも考えも美月に引っ張られる。それなら、セラのオリジナルの人格は存在しているのだろうか――この気持ちは、想いは誰のものなのか。
「――そうだった。直人君、病み上がりで申し訳ないがさっそく仕事だ」
コーマンは傍から見たら他愛ない会話を打ち切り、直人に1枚の紙を渡してきた。上部には「アドナイ4区興信所」と記載されている。
「見ての通り興信所からの委託だ。興信所が受けた仕事なんだが、“興味がなくなったからやりたくない”らしく、うちに回ってきた」
「何ですかその興信所……明らかにまともじゃないですね」
「腕は確かなんだがな……まぁそれでだ。その仕事にフワネエルを連れていってくれ」
直人は再び紙に目をやる。不法滞在者の抹殺、と不穏な文字が並んでいる。
「こんな所にフワネを連れて行っても大丈夫なんですか? 見たところあまり適しているとは言えないと思いますが」
「フワネのことなら問題は無いわ。幼く見えるかもしれないけれど、私とそう変わらない——私の年齢もバレちゃうから具体的には言わないけれど」
セラは遠くを見つめながら呟く。空気が漏れるずいぶんと下手くそな口笛だ。
「それにしては言動が子どもそのものだが」
「それに関しては昔からよ。原体天使の頃からずっとこんな感じ。そういう存在なの」
「だそうだ。セラくんも含めた3人で当たってくれ。ついでにフワネくんの戦力としての計測を頼むよ」
仕事内容を見るに、アルゴーと比べるとさほど難しくはない。左腕がつぶれていても問題なく殲滅できるだろう。今の直人ひとりでもこなせる程度だ。
「そういえばフワネがキューヴに入ることは確定事項なんですか? フワネの意向は」
「ねぇさまがいるから、はいる、よ」
フワネは真っ直ぐに直人を見ている。
「――分かりました。早速明日あたり行ってきます」
「それならこれを持っていきたまえ。前みたいに使えなくなった時に困るだろう?」
コーマンは直人に向かって黒い物体を放った。
「スペアだよ」
直人の手元には真新しい拳銃が収まっていた。直人は右の胸ポケットにそっとしまうと、静かに頭を下げた。おそらく裏ルートで入手したのであろう。実弾を用いる拳銃は、キューヴの財政を圧迫させるほど高価なのは知っている。
***
アドナイ1区にある王宮は、時代に不釣り合いな装飾が用いられている。街中にある無機質さとはかけ離れ、権力を誇示するかのように絢爛だ。
その中でも、皇の間は頭一つ抜けている。大理石を基調とした白い空間の奥には、現アドナイ国皇が鎮座していた。
トラヴィスは国皇の前で片膝を付き、頭を下げた。
「お父様。フィリップは問題なく処理いたしました」
「トラヴィスよ、それは既に耳に入っておる——まさかとは思うが、そのようなつまらんことで、我に時間を取らせたのか?」
実の息子に対して、酷く冷たい態度を取っている。皇にとっては息子であろうが、使える駒でしかない。血の繋がりは重要ではなくなった。
――何故なら皇は《《代替わり》》の必要が無くなると確信していたからだ。
「めっそうもございません。——例の件、準備が整いました。いつでも取り掛かれます」
「ははは! そうかそうか! ではすぐに始めよう。一刻も早く克服しなくては。これで世界は……永久に我の手中に収まる」
「……えぇ、それではお父様、《《さようなら》》」
どうしてか別れを告げるトラヴィスは、言葉とは裏腹に笑顔だった。しばらくして開かれた大きな扉からは、トラヴィスだけが出てきた。フードを被った従者は深々と頭を下げた後、口を開いた。
「トラヴィス様。遂に始まりましたね」
「あぁ、これでこの国は俺の物だ。いい加減お父様に対する国民の不満も高まっていたからな。適性体の誘拐に人体実験、ましては逆らったら殺されるという恐怖感。世界統一という過去の栄光に縋っていた悪逆の王を倒したのが、その息子とはいいシナリオだろう?」
「まったくもってその通りです。アドナイの新国皇、トラヴィス・アラン・アドナイ様」
トラヴィスは父親から奪ったマントを雑に肩にかける。口角を上げ、歩みを進めていく。
「さぁ始まりだ! 人類は2度目の臨界点を突破する!」
無駄に広く、長い廊下からは陽の光が差し込んでくる。鮮やかな光が新国皇の誕生を祝しているように思えた。




