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天使に喰われたオーディナリー  作者: 猫飯 みけ
第2章 国内動乱
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Angel 14 C‐フワネ

 鈍痛と共に目が覚めた。全知覚が上昇するmagicaのせいで痛みには慣れているが、左腕にはしるのは、慣れではどうこうできないレベルだ。

 

 体全身の血の気が引き、寒さと同時にどうしようも無い嘔吐感が襲ってくる。それにやけに体が重い。全身が治癒のためにエネルギーを消費しているのか……とも思ったが、どうやらそうでは無さそうである。


 乱れた呼吸を整え、何故か自分の上に乗っかっているやつを見つめる。


「——お前、何で人の上に乗っているんだ」


 仰向けで寝ている直人の上には美月——ではなくセラがまたがっている。


「だってこういうのって“男の夢”でしょう? 文句どころか感謝してもいいと思うのだけれど」


 セラは満面の笑みで直人を見つめてくる。からかえたことにご満悦のようだ。

 そんな彼女を真顔で見つめること数秒。どうやらセラは気まづくなったようで、顔を少し赤らめながら口を開く。


「何かしら? あっ、もしかして、見とれているのかしら?」

「言ってろ。良いから早くどけ。このままだと起き上がれない」


 セラは頬を膨らませた。あまりに直人が冷静だったため非常に不満そうだ。当の本人は左腕の痛みに加え、理解できない状況だったためにそれどころじゃないだけ……なのだが。


「全く、少しくらいは反応しても良いんじゃない? 中身は違っても、体は美月なんだから。正直嬉しいんでしょ?」


 セラは下を見ながら抗議する。全く意識されないのも不思議と腹が立つ。


「美月は妹みたいなもんだ。そういうんじゃない」

「はぁ……あなたたちはそんな事ばっかり言ってるから先に進まないのよ。せっかく人が気を利かせて、進展させてあげようとしているのに」

「お前なぁ……」

「直人も気づいているんでしょ。この際言っておくけど、私には美月の感情が入ってくるんだから全部筒抜けなのよ。なのに……このヘタレと来たら」

「——」


 セラは腰を上げ、ベットから降りる。そして人差し指を直人の眼前まで突き出した。


「一緒に住んでいてもこれなんだから。良い? さっさとすることしないと後悔するわよ。良い結末迎えたかったら、少しは踏み出しなさい」


 セラは目を瞑ると、たちまち髪は赤から黒色に戻っていく。美月に戻るその様は何度見ても神秘的と言わざるを得ない。


「んもう! セラの馬鹿っ! ——あぅ……」


 美月は顔をふさいでその場でしゃがみ込む。真っ赤に染まり切った表情を見られたくないようだ。


「まぁ気にするな。一種の事故みたいなもんだ。セラは言葉通りのテンサイだ。災いの方のな」

「うぅ……でもさぁ~」


 美月は顔を上げて直人の方を見る。心なしか目が潤っている。この空気は耐え切れない。どう転んでも墓穴を掘りそうだ。

 直人は軋む身体を無理やり動かし立ち上がる。体にはいたるところに包帯が巻かれていた。どこからどう見ても立派な重症者である。


「直人はまだ寝てて。すぐコーマン先生呼んでくるから」 

「あぁ、助かる」

「えへへ、じゃあ少し待っててね」


 美月は踵を返し部屋を出ていく。ドアを閉める前には、こちらをちらっと見て微笑んでいた。

 数分後、いつもの様に目にクマを作ったコーマンが現れた。


「やっと起きたか眠り王子」

「おかげさまで」

「君が寝ている3日間で色々とあったんだが……良く戻ってくれた。仕事も終わらせ、天使と鉢合わせて生きて帰っただけで上等と言えるだろう」

「3日間も……」


 直人は随分と長いあいだ意識を失っていたらしい。それほどに心身ともに酷使したのだろう。その自覚はあった。


「——そうですか。まぁセラが居なければ俺も死んでましたけど。それで俺が寝ている間に何があったんですか? 色々って……」


 コーマンはよしよしと頷き、閉まっているドアに向かって声を掛ける。


「うん、それじゃあ重大発表、メインディッシュからだ——入っておいで」


 横開きのドアが開くと、美月に連れられて少女が入ってくる。

 少女は鮮やかな蒼の長髪に、真っ白なニットに身を包んでいる。色合いだけ見ればセラと対称的な存在だ。美月に「挨拶できる?」と急かされ、少女は一歩足を前に出す。


「——どうも、にぃさま。フワネエル、です。フワネ、と呼んでください、です」


 天使フワネエル。アルゴーで対峙した化け物の姿がそこにあった。


「――は?」


    ***


「という訳で、彼女は新しくキューヴのメンバーなったフワネだ。仲良くしてやってくれ」


 コーマンは、学校に転校生が来た程度のテンションで告げる。


「——え?」

「だからフワネだ。知っているだろう」

「詳しい説明を求めます」


 頭が混乱している。アルゴーで対峙たいじした時とは全く違うふわっとした雰囲気だ。本当にフワネエルなのだろうか、と意味のない疑問が頭に浮かぶほど印象が違う。

 言われてみれば、確かに容姿は全く一緒だ。


「そうだね、ちょっとまってて」


 美月は目を閉じる。


「私から説明したほうが良いかしら」

「ねぇ、さま」


 姉さまと呼んだフワネの頭を、セラはなで始める。


「この娘はフワネエル。昔から私の妹分みたいなものね。ま、天使に年齢みたいなものはないんだけど……私より後に発生したのと、見ての通りやけに懐いちゃってて」

「ん~ふぅ……」


 撫でられているフワネエルは心地よさそうに、猫なで声を出している。


「いや、お前たちの関係性じゃない。俺が聞きたいのはこの状況の事だ。なぜフワネエルがここに居るんだ?」

「あぁ~……この子もあの爆発の後に気を失っちゃって——そのまま連れてきちゃった☆」


 セラはてへっと頭に手をやり、半ばとぼけてみせた。


「本当にお前って奴は……! それで、あの連中は?」

「あぁ、あの直人の知り合い? 知らないわね。煙で全く見えなかったわ」

「……そうか」


 少し直人の表情が曇る。あれほどの爆発に飲まれたのだ。無事とは言い切れない。そんな直人の肩に手を置いて、コーマンは一息つく。


「何はともあれ天使を手に入れたのは幸運だった」


 コーマンの発言に直人は下を向いたまま答えないでいる。

 そして何かを考えたのちに口を開く。


「——コーマン先生は知っていたんですよね」


 直人の発言で空気が一瞬にして硬直する。このことはセラも薄々気づいていたはずだ。


「直人君、それはどういう事だい」

「どういう事って言っても、そんなのあの船にフワネエルがいた事ですよ。あなたほどの人間が知り得ない情報のはずがない——恐らくプロメテウスの連中は、フワネエルを目的に潜入していた。これは大した情報網を持たない彼らでさえ、簡単に入手できる情報だったと言えるはずです」

「——あぁ勿論知っていたさ」


 コーマンは観念した様に、やれやれと首を振る。


「では、なぜ俺たちに教えなかったんですか。黙っておくメリットがない」

「簡単な話さ。私たちが依頼されたのはウォータースの殺害だけだ。直人君に教えればフワネエルの確保を考えただろう? そのリスクは抑えたい」


 直人自身分かっている。直人はキューヴとして動く以上に、アドナイに対する恨みがある。天使を抹消できるにしても、確保できるにしても、飛びつかないわけが無いだろう。


「でも天使ですよ? そんな国一つ動かせるレベルの代物を黙っておくのは……」

「いいかい? キューヴの立場上、重要なのは信頼だ。ただでさえ仕事を振ってくるのはきな臭い連中ばかり。そんな中、信頼を失えばそれこそ打つ手が無くなる。失敗なんかした日にはそれこそ詰んでしまう。分かるだろう?」


 コーマンは厳しい表情で直人を見つめる。コーマンの話は長期的に見れば酷く合理的で間違いはない。結果として資金不足によりキューヴの活動が出来なくなる方が問題だろう。


 だが納得できない。直人を信頼していない事と同義だ。

 

「ねぇ、さま……これって、フワネの、せい?」

「違うわよ。ただの方向性の違い。軍人上がりと学者上がりだから、食い違うのも当たり前よ。フワネエルは気にしなくていいの」

「う、うん」


 フワネエルの哀しそうな表情を見るや、直人は肩をすくめる。フワネエルの見た目は子どもに近い。仮体の主が15歳程度の少女のためなのだが、それを分かっていても、いたたまれなくなってしまった。


「すみません。熱くなりました」


 逃げるように部屋を後にしようとする。しかし、袖に伝わる僅かな抵抗感に足を止めた。


「にぃ、さま?」


 フワネエルは首を傾げながら直人を見つめている。直人は屈み、目線を合わせた。

 

「俺はフワネのお兄様じゃないし、そんな柄でもない。フワネは気にしなくていいよ。多分、俺が間違っていただけだから」

「ふふっ……兄様って」


 セラは口元を抑えながら笑っている。いちいち癪に障るやつだ。


「——だって、ねぇさまと、にぃさまは、《《好き同士》》、でしょう? だったら、《《結婚》》、する。だからにぃさまは、にぃさまだよ? フワネあってる」 :


 沈黙が流れた。セラと直人は完全に硬直。対してコーマンは腹を抱えながら静かに笑っていた。

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